地獄の天使――若葉 さつき

 武蔵さんと大和さんは、念の為救急車で別の病院に運ばれた。ここも病院だから診てもらうことはできるだろうが、青薔薇会と手を組んだ病院は信頼できないし、わたしが手を回した。


 まさかここで独りぼっちになるとは思わなかったな。鹿島さんが家宅捜索を切り上げ、わたしのもとにいてくださるが、今日会ったばかりの人とどこまで信頼関係を築けるだろうか。

 いつも護衛としてついてきてくれている二人が、どれだけ心強い仲間だったか、思い知らされる。


 現に爆弾と思われる爆発があった。椿会のメンバーもいて、銃を持っていた。わたしは、結局は防弾のバンから出られずにいた。

 為政者という立場が分からなくなってきた。重責を負わされている身なのに、身動きができない。


「大臣代理」


 鹿島さんが、無線越しにわたしの役職を再認識させてくれた。

 声も通らない防弾ガラスの窓の向こうで、鹿島さんがお辞儀をしている。


「連帝軍の方が帰ってこられました。お子様を連れています」


 振り返って分厚いガラス窓の向こうを見ると、バイクに乗った二人が見えた。ルナさんの後ろに乗っているのが例のGeM-Huだろう。


 ……もう一人はどちらに?


 わたしが乗っているバンに、ほかの皆さんが警戒しながらルナさんたち二人が乗り込む。ルナさんの顔は、非常に険しかった。


「何があったの!? 病院が丸焦げじゃん!」

「青薔薇会の関係者が武蔵さんたちもろとも証拠を爆破しようとしたようです。武蔵さんたちは無事です。しかし手術室は全焼したようなので、もうそこで何が行われていたかは分からずじまいです。

 その様子だと、あのトレーラーからその子を連れてきたらしいですね。どうやって止めたのですか?」

「そりゃあ、トレーラーヘッドを自走不能にして――」

「まさか事故を誘発してないでしょうね?」


 思わず食い気味に訊いてしまったが、ルナさんの顔が心配とは違う意味で引きつったので、この不安は的中しているのだろう。


「こう、タイヤをパンッパンッと……」

「動かなくなったトラックは、道を塞いでいますか?」

「国道の4車線を塞いでます……」


 ルナさんは、思ったよりも荒っぽい仕事をする方だ。

 連帝軍に一言添えておこう。


「ところで、そちらの女の子は?」

「えっ? 確かにちょっと分かりにくいけど、この子男の子じゃないの?」

「これは失礼しました!」


 男性にしては腰の幅が広いから、てっきり女の子だと思っていた。


「どうして男の子と?」

「いや、バイク後ろに乗せていて、『ああ、この子は男の子なんだなぁ』って……」


 なるほど。


 でも話題になっている本人は、さもあどけない顔をしながら、わたしたちの予想を裏切る。


「今の僕は両方だよ?」


 ――――。

 理解の追いつかないわたしと同じように、ルナさんはこの子どもを凝視しながらも黙りこくってしまった。


「……両方と言うと?」


 黙っている訳にはいかず、本人に尋ねる。


「えっと、僕はもともと女なんだけど、あの病院で男にもなるように手術したの。

 お医者さんは9から移植したって言っていた」


 そういうことか。つまり、ある。

 女性であるこの子に、女性器を残したまま男性器を移植したということだろう。


 反吐が出る。


「待って、じゃあΑΩ-9は――……」

「もう要らなくなっったって、処分された」


 ルナさんが最後まで言い切れなかった質問に、この子は驚くほど淡々と答える。まるで心がないかのように。


 どんな環境で育てばこうなるのか。

 ともすれば天使を思わせる姿なのに、地獄から来たらしい。


「そっか、じゃあ寂しいね」

「GeM-Huが死ぬのはいつものことだけど、9はいつも一緒だったから、ちょっと寂しいかも」


 ΑΩ-10は表情がとても淡いようだが、今ばかりはその目に悲しさを滲ませる。

 この子は冷めきった心の持ち主かと思ったが、違うようだ。そもそも、心を温めるものがほとんどなかったというほうが正しい。そして今は、わずかにでも心の拠り所だった、ΑΩ-9すら失ったということだ。


 ルナさんが、ΑΩ-10の頭を優しく撫でる。


「アオは、まだ小さいのに大変な思いをしてきたんだね」


 初めてかもしれない温かいスキンシップに、ΑΩ-10はとても驚いた顔をする。


「じゃあ、いいこと教えてあげる。おいで!」


 腕を広げるルナさんだが、ΑΩ-10はその意味も分からない様子だった。

 仕方ないといったように、ルナさんが迎えにいかないといけなかった。


「こうすると、温かいんだよ? お母さんや伯母さんがよくこうしてくれたんだ。寂しい時や泣いた時は、これが一番温まるよ」


 背中に腕を回すことも知らないこの子は、黙って抱きつかれながら、何をされているのか理解しようとしている。でも、心地は悪くなさそうだ。


「大丈夫。わたしが、アオたちの地獄をぶっ壊してあげる。絶対に……!」


 ルナさんの大きな目が、力強さを増す。


 「地獄をぶっ壊す」か。いい響きだ。

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