GeM-Huのアオ――ルナ・アルバーン

 銃口を向けると、ベリーショートの女は両手を挙げ、降参の意思を示す。

 運転席の男も同じく、両手のひらを見せていた。


「失せろ!!」


 わたしが叱りつけると、二人は素直に従った。

 銃口を下に向けている間に、彼女たちはトラックの向こう側に逃げていった。


 国道を横滑りし、反対車線まで塞いでいるトレーラートラックに、周りの車が迂回したりクラクションを鳴らしたりしている。

 一応、わたしも非合法な作戦行動を取ったからには、早めにさつきたちのところに帰ろう。


 トレーラーのドアは頑丈な南京錠で留られていたので、散弾銃マスターキーで叩き割る。射線が上になるようにして。


 鍵が砕ける音に紛れて、甲高い悲鳴が聞こえた。

 中にいる!


 無理やりにでもドアをこじ開ける。

 さすが運送屋、しっかりロックしてやがる!


 ドアを開け放つと、中は荷崩れした家具で散らかっていた。トラックが横滑りした時に崩れたのだろう。


 そして、その奥、二台のベッドの隙間に、小さな子どもがいるのが見えた。8歳か9歳、といったところか。


「ねえ君! 大丈夫!?」


 肩を震わせ縮こまっているその子に声をかけると、何故か呆気にとられた顔をする。


Σシグマ-1ワン? ……違う……」


 何かを呟くが、言っている意味が分からない。何かの通し番号か?

 何にしても、この子は救助対象だろう。


 トレーラーの中に乗り込み、その子の近くまで、乱雑に積まれた家具を掻い潜りながら歩み寄る。


 近づいてよく見ると、彼女は――いや、彼なのか? とにかく、ショートヘアだけど艶のあるプラチナブロンドが綺麗な子だった。色も白くて、その眼も、明け方の白む空のような淡い碧だ。

 でも、どこかわたしの知っている子どもとは違う。あどけない顔だけど、どこか大人びている。

 それに、どこの人種か分からない。ネヴィシアでもクレオールでも、瑞穂でもない顔。

 GeM-Huの技術で、こんな不思議な人種も作れるのか。


「わたしはルナ。君の名前は?」

「ΑΩ……。僕は10テン


 ということは、どこかにもう一人いるはず。

 でも、この子の言うことには違和感がある。


「違うよ、名前は?」

「……ΑΩ-10……」


 名前がない。この子は、通し番号しかない。

 この考えに至るまで少し時間がかかった。捕虜や囚人じゃないのだから、番号で呼びたくはないが、この子にはほかに名前がない。


 まさに、実験台という訳だ。

 これが親父の研究の結果かと思うと、寒気がする。


 さっきわたしを見て呟いた通し番号は、知り合いのGeM-Huとわたしを見間違えたということか。


 でももたもたとしていられない。警察とややこしい揉め事になる前に行かなきゃ。


「それじゃあアオ、ついてきて! もう一人いるはずだけど、ここにはいないの?」

「アオ?」

「わたしが君にあげる名前だよ」


 ΑΩは、アルファベット通りに発音するならアオーになる。呼びやすいように、アオと名付けた。


 可愛らしい目でわたしを見つめていたアオは、納得した様子を見せ、頷いた。


「僕は、アオ……。じゃあ、9ナインは?」

「その子を見つけてから名前を付けるよ。ここにはいないんだね?」

「うん」


 そういえばΑΩは二人いるのに、この子に先にアオって付けちゃった。もう一人は何て名前にしようか。アカでいいかな?


 アオを手招きしつつ、トレーラーの外に出る。

 野次馬が集まりつつあり、わたしの顔も何人かに見られただろう。慌てていたにしてもヘルメットを着けなかったのはまずかった。


「おい、あの女鉄砲を持ってるぞ!」


 誰かがわたしの背負っているショットガンに気付き、野次馬がどんどん離れていく。

 あー、多分隻眼姫に怒られるな。あの副官がわたしの所に来て、嫌味を言ってくるだろう。


 倒れたバイクを起こし、素直についてきてくれているアオを後ろに載せる。


「バイクに乗ったことは?」

「バイクは初めて……」

「わたしが前に乗るから、わたしに抱きついて、振り落とされないようにね」


 しっかり指導したいところだけど、騒ぎになる前にここから逃げないと。


 バイクに跨り、アオを振り落とさない程度に急いで現場を離れる。


「胸じゃなくて、お腹に手を回すの!」




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射線――弾の軌道になる線。弾道とも言い換えられるが、この場合は弾の放たれる方向を意識したいので、射線を使う。

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