感情の暴発――松島 大和

「今のは!?」


 第三病棟の爆発に、さつきさんが跳ね上がるほどの反応を見せる。


「武蔵を狙ったんだね。――あいつか!?」


 ルナが見る先に、建物に入っていく男の姿があった。椿会らしく、髪の一房が白かった。



 同時に、その建物の裏手からトレーラーヘッドが顔を出した。

 勢いよくディーゼルエンジンを吹かすそのトラックは、大きなトレーラーを牽引して駐車場を出ようとしている。



「ルナさんは武蔵さんを助けに行ってください! 大和さんはこの車で今のトラックを!」


 さつきさんの指示に、僕たちは後部座席から飛び出し、それぞれ走り出す。

 だがルナが妙な動きを見せる。


 何故か病棟とは違う方向に向かっていた。


「おい! どこに行く!?」

「トレーラーはわたしが止める!! あんたは武蔵のところに行って!!」

「指示が違うだろ!!」


 何を言っても無駄なようだ。

 僕を無視して駐輪場に走っていったルナは、そのまま自分のバイクに跨った。


 不本意だがルナを止めるほうが労力の無駄だ。


「さつきさん、すみません! ルナが言うことを――」

「分かりました。大和さんは武蔵さんを助けてください!」

「はい!」


 悩む暇もなく、病棟に飛び込む。

 おそらくさっきの男と同じルートを進んでいるだろうから、急ぎつつ、出くわした時に対応できるように。


「無抵抗だからって殺さない訳にはいかないんだよ」

「それは困ったな……」


 思ったよりも声の若い男と、武蔵のやり取りを、階段を登りながら聞いていた。

 踊り場で一度立ち止まり、陰から男の様子を伺う。


 するともう、男は拳銃を構えていた。

 猶予がないから、慌てて飛び出す。


 上手いことにこちらに気を散らした彼は、僕に牽制の一発を撃ってきた。その頃には、僕はまた階段の陰に戻って隠れていた。



 僕の撹乱で武蔵から目を離してしまった男は、形勢が逆転したようで、武蔵から後退る。

 拳銃を構えながら階段の前まで出てきた武蔵は、僕と合流する間を作るためだろう、そこで立ち止まる。それに合わせ、僕は階段を登る。


「助かった。ダルドが話の通じない男になっているとは思わなかった」

「やっぱり君の知り合いか」


 椿会は髪のどこかを白く染める習慣があるし、こいつも前髪にメッシュが入っているから椿会だとは思っていた。だが武蔵とはかなり近しい仲らしい。ダルドと言うのか。


 ダルドは僕を凝視して、銃を寝かせた状態で構える。黒い銃口が僕の目を見据えている。


「お前、あの時邪魔した十月革命の野郎だろ。

 アルゴ、お前何敵側に寝返ってんだよ!」

「別に十月革命には入ってねえよ……」


 なるほど。

 いつか誰かには指摘されると思っていたが、霞さん暗殺未遂事件でドンパチしていた二人が仲良く肩を並べているのが異様なのだろう。

 僕からしても異様さ。


 ダルドは、見るからに苛立ちを募らせていく。

 拳銃の銃身が震えているじゃないか。


「気に入らねえ」


 震える拳銃は武蔵を捉え、火を吹いた。

 武蔵が胸を押さえ、打撃に悶える。


「貴様!」


 武蔵を撃った男は、すぐ奥の通路へ走っていく。

 追いかけようとしたが、武蔵は無理やり僕の腕を掴み、手術室に引きずり込んだ。


 息をする間もなく、炸裂した手榴弾の破片が空気を割く。跳ね返った一部の破片が、顔に当たった。威力が落ちていたから大した傷ではないが、頬を抑えると手のひらに血の跡が。


「よく気付いたな?」

「あいつ、爆弾が大好きだからな。逃げる時には周りを吹き飛ばしていく」


 乾いた笑みを見せる武蔵。

 武蔵は下に防弾ベストを着ていて、ダルドの撃った弾は食い止められたようだ。痛いのは痛いだろうが。


 ふと、話を聞いていて疑問を持った。


「ここに、何か証拠はあったか? ΑΩは?」

「あのバイオハザードの袋の中がそれだろう。袋を開けてはいないが、状況からしてここで何か外科手術をしている」

「……ダルドが、おちおちそんな証拠を残しておくのか?」


 武蔵と目を合わせ、ヤバい可能性に気づいた僕たちは、慌てて手術室から逃げ出した。


 ダルドが逃げた方向には何か油がまかれていたようで、燃え盛っている。

 反対側に逃げたところで、手術室が吹き飛ぶほどの爆発が起きた。


 手術室に釘付けにしておいて、僕たちごと証拠を木っ端微塵にしたかったようだ。


 熱風が通路を伝って僕たちのもとまで吹き付けた。

 あの燃料はかなり広範囲にまかれているし、突破は難しそうだ。燃料が燃え尽きるのを待つ余裕もない。


 何か背の高い橋のような物があれば――。


「武蔵! ベッドかストレッチャーはあったか?」

「手術台が2台あった。あの爆発で壊れているかもしれないが……」

「骨組みだけでも残っていればいい!」


 熱く、すすけた手術室に戻り、中を確認する。


 手術台の一つは爆発で構造から壊れているようだが、もう一つは使えそうだ。


「キャスターはあるが……、動くか?」

「無理にでも押せ!」


 思ったよりも重そうな手術台に僕が逡巡している内に、武蔵が力任せに台を押し始めた。

 キャスターの車輪が歪んでいるようだ。力を合わせて押し出すが、滑りにくい床との相性は最悪だった。


 やっとの思いで手術台を火の中に突っ込む。あとは火の輪くぐりと同じ要領で、手術台という橋の上を走り抜けるだけ。



 化繊が少し焼けた臭いが自分からすると感じながら、廊下を走り抜け、建物を脱出する。

 消防車がちょうど消火活動を開始するところだったようだ。



 命からがらだったな。

 駐車場のアスファルトに寝転がり、天を仰ぐ。


 緊張から解かれた身体は、とても重い。

 煤と、プラスチックの焦げた臭いが辺りを包み、忙しない消防士たちの掛け声が響く。


 救急隊員が心配して駆け寄ってくれる中、ふとじゃじゃ馬娘のことを思い出した。

 トレーラーを追っていったルナはどこまで行ったのか。トラックを止められたのか。

 そもそも、GeM-Huを見つけたのか。


 彼女が戻るまで答えが出ないだろう考えが、頭を巡る。

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