ひとりの女――佐渡 未来
車の音がしたから、玄関まで出迎えに行く。
いつもの白いセダンが車寄せに入ってくる。でもその後ろから、聞きなれないエンジン音がした。
「おかえりなさい。彼女は?」
車から降りてきた武蔵君に尋ねてみる。
ヘルメットを脱いですぐに長い金髪を後頭部に纏める黒人女性。髪を束ねたから分かったけど、襟足は短くカットしている。
「訳あってうちで預かることになった、連帝軍の一等兵曹だ。信濃さんの部屋があるだろ? あそこに泊められるか?」
「片付けてはあるから、できるのはできるけど……。ベッドメイクとかしたほうがいい?」
「そういう客じゃないから大丈夫だ」
どういう客なんだろう。
バイクに括り付けてある荷物を彼女が降ろしている中、車を駐車してきた大和君が戻ってきた。そして、背負っているバッグに気づいて、何か注意をしているようだ。
あのバッグ、釣りの道具か何かが入っているような細長いケースだけど……。
「おい武蔵! 散弾銃はどこで預かる?」
銃!?
武蔵君は、割と落ち着いた足取りで女性のもとに行く。
慣れた手つきで銃を取り出すと、下に向けて構えて何かを確かめているみたいだった。
「
で、腰のピストルもよこせ。ホルスターに入れたままでいい」
元武器商人の血が騒ぐのか、銃の種類や状態を真っ先に調べ始める武蔵君。わたしには何が何だか。
女性は上着に隠れるように拳銃を差していたみたいで気づかなかったけど、外したベルトにはナイフまで付いていたみたい。
「
「自前だよ。まあプライドは規定の銃じゃなくても大目に見てくれるし――」
「お前プライドなのかよ……」
よく分からないけど、呆れた様子で武蔵君が女性を睨む。
さつき君がルナさんを案内することになった。大和君も念の為一緒に。
わたしが信濃さんの部屋を最低限整理していると、ルナさんの銃を金庫に片付けた武蔵君が手伝いに来た。
ルナさんを家に泊めることになった理由を知りたくて、武蔵君に聞いてみる。
「ルナさんは連帝軍の人なの? どうしてわたしたちのところに?」
「非公式で表に出せない話だが、連帝軍が瑞穂国内で青薔薇会の研究所をぶち壊したいらしい。防衛警察に任せてもいいが、警察省に任せると冬月大司教がもみ消す可能性が高い。だから外務省に声がかかった。
今回打診されている話では、瑞穂側で作戦を遂行するのだが、さつきさんと大和と俺が参加する。そして、連帝も俺たちに任せ切りにしないために、プライド所属の一等兵曹を派遣したって訳だ。
見方を変えれば、監視役にも見えるし、手柄を瑞穂だけにはやらないって魂胆も見えてくる」
重大なことを淡々とわたしに言ってくるけど、国家機密じゃないの? わたしが知っていい話なの?
知ってしまったからには漏らさないように気をつけるけど。
「ねえ、『いっとーへーそー』って偉いの? ルナさんってすごい人なの?」
わたしはこういう軍隊のことには詳しくない。聞いているとルナさんは特殊な立場にいるみたいだけど、イマイチどんな人かが分かっていない。
武蔵君は困ったように笑って、できるだけ噛み砕いて説明してくれた。
「一等兵曹と言えば、連帝軍で言えば下から6番目くらいの階級だ。兵士たちのまあまあ偉い姉貴分くらいで、親分ではない。陸上部隊なら30人ほどをまとめることもある。
だがプライド所属となると話が変わって、特殊部隊でも下っ端だ。特殊部隊所属ってだけですげえことだがな。言うならば、選抜されたグループにいるから平凡なだけで、能力はヒラの兵士の数段上だ」
分かりそうだけど、わたしが何を理解できていないのかが分からないよ。
カバーに枕を詰めていたけどその手が少し止まって、武蔵君が苦笑いした。
「大丈夫さ、歳は21。
まあ21で一等兵曹は昇進が早すぎるとは思ったけど、あの人士官学校に通ってたんだな。退学なんて聞いたこともないが」
いっとーへーそーにしては若いんだ。
「退学するとどうなるの?」
「士官学校、つまり指揮官になる軍人のための学校はエリートしか行けない。出世街道に乗っていたのに、事故ったようなものだな。
指揮官としての昇進は見込めないだろうな。経歴として印象が悪すぎる。
指揮官にできないから、部下がいないがランクの高い一等兵曹に落ち着いたんだろう。
しかも――」
ルナさんの荷物をまとめ終えた武蔵君が、わたしに向き直って、深刻そうに言う。
「態度が悪い。
話し合いの場に、大尉がいた。彼女から見れば親分だ。
大尉が話しているのに別の資料を見ていたり上の空だったり、姿勢も楽にしていた。
軍隊の世界であれはないな。
連帝も、色物を俺たちに押し付けてきたな」
「エリートの中の問題児」、といったところかな。
もっと言い変えれば「異端児」。「異端児の娘」。
少し、ルナさんのことが気になるかもしれない。
異端児はいつも独りぼっちでもある。誰とも分かり合えないから。
でもルナさんは、独りぼっちであることを望んでいるのかな。
さっき紹介してもらったとき、彼女の碧眼は、寂しい色に見えたから。
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