人の価値――ルナ・アルバーン

“ハウンド”


 外務省庁舎の中と言えど、どこで聞き耳を立てられているか分からないからだろう。コードネームで呼ぶ大尉に、わたしは“ガルルル”と巻き舌を交えて唸った。

 苦笑を浮かべながら、ついてこいとハンドサインを見せる大尉について行くが、“軍用犬には向かないな”と呟いているのが聞こえた。


 いら立ちを覚えつつ大尉の案内に従うと、大臣の執務室に案内された。


 部屋の入口を見れば分かる。扉の防音は完璧だし、壁も厚い。電波も通りにくいのだろう。

 なんとも物々しい部屋に招かれたものだ。


 中はそれなりに飾り付けられている。歴史を感じさせる飾り付けがちらほらと。世襲にも近く、諸国の貴族のような立場の司教の部屋ともなればそうだろうが。


 先導してわたしを部屋に入れた大尉は、白い髪の青年の前に立たせた。その青年はソファーから立ち上がり、お辞儀をして出迎えてくれた。


「大臣代理。この度の作戦で、連合帝国より派遣する、ルナ・アルバーンです。現在軍務を離れておりますが、プライド隊所属の一等兵曹です」


 大臣代理と呼ばれた彼は、二十歳になったかも怪しい若い司教だった。上下白の服装に紫のタイは、司教の礼装。まだ大司教ではないということだけど、先日若葉霞大司教が亡くなったばかりだから、しばらくすれば大司教にでもなるだろう。


 それにしても、アルビノとは珍しい。その瞳は赤みがかった紫で、髪も混じり気のない白。白雪王子といったところか。

 髪もあまりに長いものだから、お辞儀をすると床に髪先が着きそうになる。


「若葉さつきです。臨時で外務大臣代理を拝命しております。なにとぞご協力のほど、よろしくお願いいたします」


 こういう、馬鹿丁寧な人は苦手だ。感情が読めない。特にさつきなんか、人形みたいで赤い血が通っているのか怪しい。


 後ろにはべらせているボディーガードたちも、わたしを疑うような目で見てくるものだから、はっきり言って印象が悪い。

 眼鏡のほうは、若いけどわたしに対しては嘲笑的。

 がたいが大きく、襟足を青く染めているほうは、期待していないというように、無表情で見つめていた。


 どいつもこいつも、冷めきっている。


「打ち解けていただけましたか?」


 どこがだ!

 わたしが目で抗議するが、コナーは無視して話を進めた。


「現在立案されている作戦についてですが、匿名で提供された情報によると、GeM-Huのうち2人が佐世保の警察病院にいます。告発が信頼できるものかは、この病院への調査ではっきりさせます。フェーズ1ワンは、情報提供の信ぴょう性の確認です」


 大尉は壁に飾ってある瑞穂地図の、佐世保辺りを指さし、つついた。皇室海軍にも佐世保を母港とする艦艇が在籍しているし、馴染みはある。

 防衛警察としても重要拠点だし、さつきもよく知っているだろう。


 大尉がタブレットから画像を見せて作戦を説明し始める。作戦の概要はわたしも事前に聞いている。

 改めて聞いても変更点はなさそうだ。



 わたしは書き留めた内海所長の話を整理する。

 生物工学部で親父と協力関係にあったのは、鈴谷すずや優士ゆうし博士。充分に第一線で活躍できる研究者だったけど、それを越える親父を一方的にライバル視。親父が自殺する1年前くらいから研究所を休みがちになり、ライバルに死なれたあとはそう時を置かず退所。以降音信不通。

 常識的に考えれば、鈴谷博士がこの青薔薇会に協力している。


 そして、青薔薇会が黒百合会の傘下にあるということは、わたしたちが彼らを妨害していると気づかれた時に、必ずグァルディーニGuardiniが出てくる。

 黒百合会のボス、ルルーLerouxと近しいグァルディーニは、椿会のボスでもある。椿会が関わるドンパチはグァルディーニの仕事だ。武器商人として銃火器ならいくらでも持っているから、実力行使してくる可能性が高い。


 そういえば、タブレットを覗き込んでいる青いメッシュの彼も、椿会出身だったっけ。


「ねえ、元椿会の君。この件で――」

「武蔵で頼む。たちばな武蔵。それで?」


 彼が明らかに怪訝な顔をした。紳士的だと装ってはいるけど、細事にこだわる神経質さがあるようだ。


「武蔵はこの件でグァルディーニが関わってくると思う?」


 武蔵は顎に手を当てながら、小声で考えを述べた。


「この研究の重要性にもよる。どれだけ金になるか、ルルーの伯父さんがGeM-Huをどう見ているか。ただ、かなり長い間研究を重ねてきたように見えるから、黒百合会はそう簡単に手放さないだろう」

「こういう話なら、充分金になるだろうさ」


 眼鏡の彼が話に入ってきた。


「どうして?」

「考えてもみろよ。自分の子どもをデザインできるとすれば、金持ちはいくら出す? 相手にもよるが、販売価格はかなり吊り上げられる。独占状態なら尚更だ。

 あとは、優秀な奴隷になりうるという事実もある。市民権のある国民に労働させるより、最初から労働者として育て上げた人造人間は、誰かが関心を持つはずだ」

「その発想ができるお前が怖いよ、大和」


 大和は淡々と心ないことが言える人間のようだ。肝が据わっていそうな武蔵にドン引きされている。

 ドン引きされても微笑んでいるような彼は、要注意人物だろう。


「つまり、黒百合会にとってはわたしたちが妨害者になるってことだね」

「素性がばれた途端、しつこく付きまとってくるだろうな」


 金髪の黒人って瑞穂じゃ目立つんだけど、わたしかなりリスク負ってない?


「コナー大尉、先程の作戦ですが――」


 さつきが大尉と話を進めているのが聞こえた。


「この作戦チームにはわたしの付き人たちを参加させようかと思っております。松島まつしま大和と、橘武蔵、そしてルナ・アルバーン一等兵曹という編成でいかがでしょう?」

「かしこまりました。確認までですが、実力はいかほどですか?」


 あー、こいつらがわたしのチームメイトになるんだ。印象よくないけど、大丈夫かな?


「松島は元十月革命のメンバーで、時には特攻隊長をしていたようです。橘も、椿会で多くの経験を積んでおります。二人とも、元の組織に身元が悟られないよう本籍は誤魔化しておりますが、そのほうが足がつかないかと」

「では、決まりです。ラングレー大佐が最終的な計画を立案いたしますが、大まかには先程説明した通りになるかと存じます」


 武蔵はわたしを品定めするように下から上まで見て、呆れたような顔をする。

 わたしがプライドだと知らないようだ。


 今のうちさ、見ていろ!

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