忌中の白――松島 大和

 かすみさんと信濃さんを殺したのは、沖島おきしまさんだ。確信がある。


 大聖堂の聖歌隊による染み入るような鎮魂歌を聞いていても、そんな考えが離れない。


 完全共和主義に魅せられた沖島さんは、リュッツォウを仰いで十月革命を決起した。そして、リュッツォウに気に入られるためなら、なんでも躊躇なく行う人間になった。

 ターゲットになる人物以外も巻き込むようなテロや、部下の犠牲を顧みない突撃。「罪をそそぐチャンスをやろう」と、失態を犯した幹部に自爆を命じたこともあった。


 僕は運良く若葉家に迎えられたが、十月革命から抜け出せなければいつか野垂れ死んでいた。


 霞さんには、まだ返せていない恩がある。なのに、こんなことになるなんて。まるで、僕が買った恨みに、霞さんが巻き込まれたみたいじゃないか。

 それがとても、重い。


 しかも、近侍として色々教わっていた信濃さんまで。



 総大司教猊下が、祭壇に安置されている霞さんにしのびごとを奉上される。警備上、教皇聖下が参列できないとなり、猊下が摂津大聖堂まで出向いてくださった。ほかにも大勢の枢機卿猊下が参列されている。準国葬とはいえ、教皇聖下の真摯さが伝わる采配だ。


 鎮魂歌も止み、総大司教猊下が弔辞者ちょうじしゃ席に戻ると、辺りは異様な静けさに包まれる。

 喪主もしゅであるさつきさんが立ち上がり、祭壇の前まで歩み出る時も、服の擦れる音しかしなかった。


 いつもより潤むその菫色の瞳は、参列者を力強く見つめた。


「本日は、若葉霞のためにお集まりいただきましたこと、厚く御礼申し上げます」


 さつきさんが礼をすると、その長い髪がサラサラと流れるようにしな垂れる。

 礼拝堂の脇に控えている僕からは見えたが、さつきさんが肩を震わせている。爪が食い込むまで拳を握りしめている。


「霞は、高く志を持った、強い父です。強い芯の通った手腕と、世界を見据えた広い視野。偉大な親を奪われたと存じております」


 頭を上げたさつきさんは、目頭から涙を零していた。それでも、濡れた眼ではあっても、闘志とでも言うべきか、決意を秘めた眼だった。


「わたしは、若葉を継ぐ者として、外交に携わります。外交官としてのいろはを、父にご教示いただきたかったのですが、それも叶いませんでした。

 父に代わって皆様に、為政者としての心構えをお教えいただければと存じます。

 そして、若葉の名と共に、父の志を継いで参ります!」


 さつきさんは、首にかけていたペンダントを外すと、それを祭壇に向けて掲げた。


「見ていてください! お父様!」


 とても、おごそかとも思える時が流れる。誰も音を立てないし、ただたださつきさんに皆が注目する。

 僕のほかにも、何人かは気づいたようだ。あのペンダントトップは、霞さんの勾玉まがたまだ。紫水晶でこしらえられた勾玉で、摂津大司教に代々受け継がれてきた伝統の宝珠でもある。



 若葉家は、代々外務大臣を任せられている。長い伝統のようで、外務大臣が外務卿や聖座代表と呼ばれていた時代から、若葉家が外交を担ってきた。

 その外務大臣という責務が突然、若いさつきさんの肩にのしかかってきたのだ。皆で支えねばと、若葉家に残された使用人たちで話し合っていたのだが――。



「光あれ!!」


 さつきさんの唱えた祈りに、その場にいた信徒は皆礼をした。


 案外、彼は芯が強い方だそうだ。兄貴面はやめよう。


 彼の掲げた紫水晶の煌めきが、どこか悲しげに見えた。

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