皮肉屋の大尉――ルナ・アルバーン
バイクを造船所の正門まで走らせる。
待っていた将校の肩章には、二本のストライプが縫いつけられていた。大尉だ。
“先程電話をいただいた大尉ですか?”
“そうだ。ヘルメットはそのままに被っておいてくれ。造船所には話を通してあるから、バイクはそこの駐輪場に”
バイクをそばにつけて大尉の正体を確認する。バイザーを上げて改めて見ると、コナー大尉はいかにも事務職という雰囲気が漂っていた。クレオールらしく栗色の毛で、スクエア型の眼鏡が良く似合う綺麗な顔立ちだ。
体格こそ男性的でしっかりしているが、秘書をさせれば似合いそう。バインダーを小脇に抱えているし。
それにしても、何を持ってわたしをルナ・アルバーンと判断したのか。顔を見られないようにという意味だとは思うけど、フルフェイスを被った初対面の何をもって特定しているのか。
気になって、駐輪場から戻ったタイミングで聞いてみた。
“金髪の黒人は一定数いますよ? なんでわたしがルナだと分かるのですか?”
“ある幽霊たちからの知らせでな。
つまり、わたしにゴーストが張り付いているってことだ。
誰がゴーストか疑い始めると会う人全員怪しくなるから、深く考えないほうがいいけど、この様子だと身辺調査もされているんだろうな。
乾ドックに入渠しているサリエリに乗り込み、
CICに並ぶ通信機器のいくつかは扱えそうだけど、射撃指揮システム関連は分からない。わたしは歩兵科寄りの特殊科だから、船務関連のスキルはないし。
手近なデスクを選び、コナー大尉が資料を広げる。
わたしも脱いだヘルメットをその近くのデスクに置いて、資料を一通り眺める。
“今回、シップ・ボーンヤードにある旧瑞穂警察隊基地で、青薔薇会が極秘の研究開発を行っていると情報提供があった。
ここに衛星写真があるが、例の島の基地だ。公式には無人島だが、建物の周囲に獣道のような跡がある。発電所も稼働した形跡がある上、桟橋も使われている様だから、疑うには十分だ。近いうちに偵察機からの情報もあるだろう”
偵察衛星は衛星軌道があるから、監視できる時間帯に制限がある。青薔薇会もその時間を知っていれば、隠蔽、欺瞞はできる。
偵察機を飛ばすということは、敵に防空能力がないと確認が取れたということ。そもそも同盟国の領海内だと思うけど。
“今回の作戦の問題点は主に三つ。
まず、これは非対称闘争になると思われる。
相手は犯罪組織である程度強力な武器を持っているとはいえ、正規軍ではない。公にしないほうが話が丸く収まる。
だが同時に、あなたを救援することが難しくなる。皇室海軍が公的に作戦行動を取っていないからだ。作戦が失敗した際は、あなたの身を保証できない”
“つまり、わたしは捕まれば無人島かどこかで勝手にドンパチをした犯罪者として扱われるということ?”
“端的に言えばそういうことだ。停職処分になった海軍下士官が、同盟国で銃を乱射したとしても、皇室海軍は責任を取らない”
話がおかしい。リスクが大きすぎる。
いや、普段から命を懸けてきたけど、犯罪者として死ぬのは勘弁だ。
“酷い話じゃないですか?”
“だが、特別手当を出すし、軍への復帰を早めることができる。忘れるな、今回の作戦でヴィオラ殿下の駒にならなければ、あなたは不名誉除隊になる”
思わず悪態を吐いた。
飴と鞭がしっかり用意されている。
軍務に復帰したいし、金だっている。もともと貯金も少ないし。不名誉除隊なんて、人生に汚点を付けるようなことはできない。
作戦を成功するしか生きる道はなさそうだ。
“それでも、わたし一人で乗り込みませんよ? 青薔薇会も椿会と姉妹関係、銃火器で武装していると想定されます。そこに単騎で飛び込むほど馬鹿ではありません”
“もちろん、ヴィオラ参謀大佐も馬鹿ではない。
そしてここが二つ目の問題点だが、今回の作戦は国外で遂行する。瑞穂で非正規作戦を行うからには、同盟国としても相手国の協力がいる。
今回は瑞穂外務省に話を通す。そこはわたしがやるが、あなたが動きやすいよう全力を尽くす。
外務省も諜報機関を抱えている。理解はあるはずだ。そこから人員をあてがってもらえれば理想だ”
“まだ決定事項ではないんですね”
コナー大尉が苦笑した。既に暗雲が立ち込めている。
“立案した時点では外務省も乗り気だったが、今外務大臣が空席で……。
ほら、外務大臣が暗殺されただろ? 若葉大司教に直接話を通す算段だったんだがな。今、話が宙ぶらりんだ。
だがそこはわたしが話をつける。心配はしなくていい”
この暗雲は分厚いぞ。
心配させたくないなら余計なことは言わないで欲しい。
三つ目の問題点を説明されるのを待っていたが、コナー大尉のほうを見ると、なんだか言いづらそうにしている。
“最後の点なのだが、これは君の心理的な問題なんだ。身辺調査で君の出自を知ったのだが……”
やけにばつが悪そうだ。
わたしの出自がどうした?
なかなか説明しないコナー大尉を睨んでいると、決心が着いたらしい彼が話を進めた。
“青薔薇会がシップ・ボーンヤードに隠れてまでしている研究開発というのが、あなたのお父さんに関わる技術なんだ”
確かに、わたしが大嫌いな話だ。
“本当に降りたら駄目ですか?”
“海軍を辞めたら、どういう余生を過ごす?”
“く〇ったれ!!”
こいつ真顔で嫌味が言える人間だ!
でも弱みを握られてしまったせいで、何も言い返せない。
生殺与奪をこいつに握られているのが気に入らない。わたしが隻眼姫の駒にならなければまた“不名誉除隊”を突きつけるだろう。
“ああもう!! どの技術です? HP3S!?”
“いや、GeM-Huというヒューマノイドの――”
“評判が最悪の論文じゃないですか!”
親父の、生命を軽視する態度がありありと出ていた論文だった。仲間内からも嫌われたと聞いているが、あれは当然だ。
“論文は読んだから内容を知っているし、君の言いたいことは分かる。問題は、彼が提唱したが研究所が凍結した研究を、青薔薇会が引き継いだことだ。軍用のGeM-Huが開発されているとも言われている”
“もう試験されている……”
“市場に出回るの一歩手前らしい”
研究開発とは言っていたけど、まさか実用化に漕ぎ着けているとは思っていなかった。
あー、やだ。なんで親父の尻拭いをしないといけない。
――待って、どうしてGeM-Huという名称を使っているんだろう。デザイナーズベビーという言い方のほうが定着していて、GeM-Huと公式に呼んでいるのは親父の論文だけ。遺伝子組み換えヒューマノイドをこんな略称にするのも珍しいと思う。
“GeM-Huの論文は父の1本だけですか?”
“……そうだ。シャドウの報告だから確かだ”
わたしが突飛な質問をしたからか、コナー大尉は戸惑う様子を見せながら頷いた。
GeM-Hu呼びしているのは親父の論文だけ。つまり、その時同じ研究チームの人間が青薔薇会に関わっている。
“ディニティコス研究所の人事を確認しないと。親父の研究に携わった全員を洗い出せば、誰が青薔薇会に関わっているのか分かるはず……”
“おっ、やる気を出したな?”
しまった。
感情任せに推論を口にしていたが、コナーに不都合な形で捉えられてしまった。
いや、コナーは分かっている。揚げ足を取って、なんとしてもブラック・オプスに参加させるつもりだ。
“丁度ディニティコス生命科学研究所に聴取に行かないといけなかった。作戦としても、下準備の段階で研究所に話を聞くのはルナ・アルバーンということになっている。頑張れ”
薄ら笑いを浮かべる大尉に、むかっ腹が立って仕方がない。
“この野郎、海に沈めるぞ!? 降りる!!”
“人生、暇するのはよくない。仕事を貰っているなら大切にしろよ?”
“あ゛あ゛!!”
沸き起こる怒りに奇声をあげる。
今なら誰も見ていない……、こいつを……。
殺意を抑えて、冷静になった頃にはもう大尉はいなくなっていた。
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クレオール――クレオール人。アルビオンからネヴィシオンに入植した白人。現代ではその子孫のことを言うが、クレオール人とネヴィシア人(黒人の先住民族)の混血が増えているので、死語になりつつある。
CIC――戦闘指揮所。イージス艦など、高度な作戦能力を求められる艦に備えられる部屋。ここでレーダーや火器の制御など、戦闘に関わる指揮を執る。
射撃指揮システム――ミサイルや艦砲など、武器を制御するシステム。
非対称闘争――本来は非対称戦争と呼ぶが、今回は戦争ほどの規模ではないのでこの名称。正規軍対正規軍の闘争ではなく、正規軍対非正規軍の闘争に対して使われる言葉。正規軍にとってはやりづらい闘争。非正規軍の戦闘員は民間人と見分けが付きにくいので、不祥事が起きやすく長期的な闘争になる。非正規軍は紳士的でない戦法を使うという点も、泥沼化した闘争になる一因。
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