不安の渦――若葉 霞
外務省への登庁がかなり遅くなってしまった。
なんでも、ディニティコス生命科学研究所の
今集中治療をしていると聞いているが、同じ
暗殺の事案があれば、外務大臣で
県庁からの報告を聞く限り、摂津県警も本気で捜査をしている。その辺りは知事に任せることにする。
そして、外務省に行くにも防弾車を使うことになった。普段は仰々しくて使わないが、皆を安心させるためにも、これを使うのがいいだろう。
さつきには、家にいてもらうことにした。月曜日だから神学校に通うはずだが、万が一を考えて登校を控えた。さつきも
何よりも、胸騒ぎが凄まじい。
近頃、オ連が挑発的な動きを見せている。国際情報局としても、オ連が大使館や領事館の監視を強めているため、思うような活動ができていない。インターネット回線も電話線も見張られているし、大使たちの安全を確保しようと思えば下手な行動はできない。
在オ連大使館の前で、
全面的に宗教を廃絶しているオ連で神鏡を手に入れるには、瑞穂の大使館か領事館に侵入し、神棚から盗るのが一番手っ取り早い。実際、領事事務所の神鏡がなくなっているという報告も大使に上がっているらしい。
一番単純な推測では、丹陽に味方する瑞穂への嫌がらせだ。そもそも思想に起因する外交問題も抱えている。
外交上、我が国が最も警戒している国はオ連だ。そこが喧嘩を売るとしても、驚くことではない。
最近だって、明らかにリュッツォウの手先であるテロリスト、「十月革命」の構成員が
衛視隊が止めたにしても、教皇聖下の聖座までもが脅威に晒された。看過はできない。
陽炎にも強めに言って、公安部を使って十月革命に対する取り締まりを徹底してもらわないとな。
階段を下り、
「お父様!」
決して張り上げた声ではないが、どこか焦りを感じる声だった。
「さつき。どうした?」
振り返ると、見慣れているのに眩しい息子の姿があった。
白く長い髪を揺らしながら、さつきが階段を駆け下りる。
「挨拶はしてください!」
「すまん、わたしも焦っていたようだ。
暗殺事件もあって、教皇聖下からお呼び出しも賜っている」
「存じております。だからこそ、心が騒いでいるのです」
わたしの前まで来たさつきが、菫色の瞳でわたしを心底心配そうに見つめる。
絹のように白い肌が、今日は陶器の人形を思わせるほどに青ざめているように見えた。
確かに、気にかかることも多い。安全に抜かりがないように心がけているが、用心に越したことはない。
「よし分かった。
信濃君、今日は遠回りしてくれるか? できるだけいつもの道を使わないように。外務省へは裏口から入ろう」
運転手にそう告げると、心細く思っているであろう、さつきの頭を撫でる。
「起きてもいないことで気を病むよりも、今起きていることに向き合わないといけない。
さつきの心配も嬉しいが、何かが起きるという確証もない。
何かあった時には、それに合わせて対処しよう」
さつきは賢い子だ。こんなことは言わなくても分かっているはず。
でもどこか、焦っているようだ。
落ち着いてもらわないと。
「よく、存じております。
しかし、今日はアルバーン
なるほど。何かが気になると思っていたが、アルバーン博士が
それにしても、世話になっていたのに、朝から取り乱して失念していた。もう18年か。
またお祈りしておこう。彼の
「名残惜しいが、予定が押している。もう行かないと」
さつきをホールに残し、防弾車に乗ることにする。
車に乗る一歩手前で振り向き、心配してくれているさつきに一言投げかける。
「光あれ」
「お父様こそ、光があらんことを」
━━━━━━━━━━━━━━━
大司教――各都道府県を司教が治めているが、その中でも重要な都市を抱える道府県は大司教が治める。首都である山城都は総大司教の管轄。
防弾車――見た目は一般的な公用車だが、装甲車並みの防御力がある車。噂では、大統領専用車ほどになると対戦車兵器にも耐えるとか。
神学校――八百万教の神学を教える学校。瑞穂の場合、神学校で習う教科には為政者としての教育も含まれる。
国際情報局――外務省の中の機関で、各国大使館や領事館から集められる情報を統括する。合法的な方法で活動するスパイとも言える。
神鏡――八百万教の神具。円形で、魂を写すという概念から神聖に扱われる。
十月革命――瑞穂で共和革命を果たすことを目的に決起したゲリラ。10月に決起した。多くの政府はテロリストと認定している。
衛視隊――聖座の警備隊。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます