死神

髮「蟲カ縺九i縺ョ繝。繝シ繝ォ――ヴィオラ・ラングレー

“で、なんでこれが俺のところに回ってきた?”


 特殊作戦艦隊本部に届いた、文字化けしたメールが、なぜか俺の担当になった。


 執務室にいた俺のデスクに差し出された資料は、明らかに俺の専門外だ。

 表紙になっているページには、謎の記号の羅列が並んでいる。次のページには、それを十六進法に直した数字とアルファベットの羅列。


ワイリーWiley大将、ヘイルHale中将のお考えです”


 副官のコナーConnerに尋ねると、思いのほか断れない話だと判明する。

 変に力が抜けるな。


 なんで迷惑メールの案件が艦隊司令長官や特殊作戦局長にまで上がるのか分からない。そしてプライド担当の作戦参謀に割り振るのもおかしいだろ。

 誰か文官に対応を任せられなかったのか?


“シャドウはどこまで?”

“文字化けの解読や発信者の解析までで、メール本文の内容への対応を、別の部署に投げたようです”


 コナーは呆れたように、左手でで眼鏡を眉間に押し付けた。

 投げるだろうな、こんな話。


 仕方ないし、シャドウが解読したという内容に目を通す。




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 救援のお願い




 ネヴィシオン連合帝国皇室海軍御中


 お騒がせいたしておりますことをまずはお詫び申し上げます。


 わたくしは黒百合会傘下青薔薇会のもとで働いております、ηイータ-3スリーと申します。

 この度は折り入ってお願いしたい案件がございまして、ご連絡させていただきました。

 くれぐれも瑞穂国警察大臣冬月ふゆつき陽炎かげろうの耳に入らないよう、お気をつけください。



 かつての瑞穂国航空警察のレーダーサイト、西部航空方面隊第15警戒隊の旧通信基地に、GeM-Huジェミューの研究施設がございまして、そこが青薔薇会の拠点となっております。

 現在は海上警察や皇室海軍のモスボール処理されている艦艇が繋留されているので、皇室海軍の方には、艦の墓場Ship boneyardと呼ばれている群島でございます。


 52RDA 38607 39765


 近海からご覧になっても、艦艇が囲んでおりますので分かりにくいかもしれませんが、航空写真、衛星写真ならば、ご覧いただけるかと存じます。

 青薔薇会の監視下のもと、GeM-Huの子どもたちは島に監禁されており、劣悪な環境で生活してています。



 そのGeM-Huの中に、近々納品を控えているGeM-Huが何人かいます。

 どなたに納品するかは菫会のほうで情報管理されていますので、詳しくは存じません。


 その中に、Zズィー-1ワンと呼ばれる軍用のGeM-Huがいます。引渡しが可能な状態で、先方から接触があればすぐに納品されます。

 またΑΩアルファオメガ-9ナイン、ΑΩ-10テンと読んでいるGeM-Hu2人が、佐世保警察病院に連れていかれています。外科的な処理を受けた上で納品されるかと存じます。



 私からのお願いは、私の兄弟たち、GeM-Huの子どもたちの救助です。

 彼らは今までも実験台でしたが、これから兵器や愛玩奴隷として扱われる運命にあります。

 由々しき事態であり、生命に対する冒涜です。


 諸事情により、直接顔を合わせることができませんが、このようにお願いするしかないのです。


 どうか、弟と妹を助けてください。


   η-3 拝



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 少しづつ噛み砕こう。



 黒百合会か。

 瑞穂系の裏組織で、黒百合会そのものは闇金融をしている。だが子会社のように参加にも花の名前がつく組織を抱えている。

 例えば、椿会は武器などの密輸を担当。だが同時に、武器を手に入れやすい立場上、黒百合会が実力行使する際の殴り込み役でもある。

 そして菫会。情報屋だ。情報を商品として売り買いしている意地の悪い奴らだ。ヤバい情報をダシに政治家など有力者相手に駆け引きをするような連中。マスメディアや警察内部まで、色々な方面に情報網を張り巡らせていると聞く。


 だが青薔薇会は最近名前が知られるようになったくらいで、ほかと比べて小規模だったはず。闇医者や人身売買という、人体に関わるようなことを専門としているが、道徳的に汚い仕事をしている。


 そうそう、黒百合会系は冬月陽炎の得になるような動きをよく見せる。その点からゴーストがよく冬月家をマークしている。警察大臣としての立場を利用していると思われる。

 このシップ・ボーンヤードを青薔薇会に使わせているのも、冬月か。



 シップ・ボーンヤードと言えば、東丹陽海ひがしタンヤンかいの瑞穂の無人群島だ。航空警察がこの島の基地の機能を福江島ふかえじまに移行して以来、そこの基地は放置されている。

 皇室海軍もその島を借りていて、予備役に回った艦艇を繋留している。幽霊艦隊とも呼ばれ、廃艦予定の艦も、一時的な保管場所としてシップ・ボーンヤードを使っている。

 だが確かに、その島の警備は海上警察が受け持つし、島の施設や陸地には俺たちとしても関心を持ったことはない。


 それにしても、ご丁寧にMGRSエムジーアールエス座標まで書いてある。

 緯度経度座標や地名でもある程度分かるのだがな。はっきりさせたかった訳だ。




 で、何よりも分からないのはこのGeM-Huと呼ばれる何かだ。

 青薔薇会の商品らしいが、“子どもたち”と書いていることから、おそらく人間だ。人身売買のたぐいか?


“このGeM-Huについて、何か情報は?”


 事前にシャドウから情報を得ているか、資料を調べているかしているだろうコナーに聞いてみる。


“シャドウの調査で、そのGeM-Huに関する論文が1本ありました。瑞穂のディニティコスDynitikos生命科学研究所の生物工学者、レオナルド・Dディー・アルバーンが1996年に書いた論文です”


 また資料が渡された。

 論文の表紙だけ確認して、コナーに直接結論を聞くことにする。もう長文を読む気にならない。


“GeM-Huとは何なんだ?”

遺伝子組み換えヒューマノイドGenetically Modified Humanoidの略で、つまりはヒトゲノムを改変したヒト、もしくはその技術のことを指します”


 論文を読む手間が省けた。

 こういう資料を整理させれば、コナーの右に出る奴はいない。


“分かった。つまりシップ・ボーンヤードの施設で、改造人間の研究をしているって訳だな。


 よし、コナー。お前に頼みが二つある。一つは、この論文の著者を探してくれ”

“アルバーン博士は亡くなっています”

“――そうか。なら話の分かるやつをこの研究所関連で調べろ。そもそもGeM-Huが技術的に可能か知りたい。


 もう一つの頼みだが――”


 ここまで言ったところで、躊躇してしまった。証拠もなく、ただの直感で話している。

 だが胸騒ぎを無視できず、話を続けることにした。


 この科学者と同じ苗字の通信特技下士官がいる。


“ルナ・アルバーン一等兵曹の身辺調査だ。ゴーストを使ってもいい”

“確かにアルバーン一等兵曹はレオナルド・アルバーン博士の娘ですが、シャドウはアルバーン一等兵曹の書いたメールではないと断定しました”


 コナーは、俺が何を考えているか数歩先に分かっていたようだ。もうシャドウに話を通していたか。


“アルバーンじゃねえって根拠は?”

“このメールは瑞穂国肥前県の冬月陽炎の娘のパソコンから発信されています。しかもそのメールの発信者情報の暗号化技術が高く、冬月家の人間とは考えづらいです。専門のハッキング部隊だから見抜けたレベルで、アルバーンでも難しいレベルだということです。シャドウは有能なハッカーが現れたと、躍起になっています”


 だが何にしろ、アルバーンは監視対象だ。


“どういうつもりかは知らねえが、この前停職処分になって、数日後にメールが届くのは時期として妙だ。タイミングがよすぎる。誰か知り合いにハッカーがいるかもしれねえし”


 コナーは身辺調査はいらないと考えていたようだが、俺の指示に従った。


“かしこまりました。ゴーストに調査を依頼します”


 彼は俺の前にあった資料を整えると、執務室に用意されている自分のデスクに向かった。



 このメールを真に受けるとして、いくつか問題点がある。

 海外での作戦で、未知の救出対象。さらに言えば、警察大臣が関わっているかもしれない事案で、下手に動けば同盟国と外交問題になる。


 隠密作戦ブラック・オプスでいくか。


 まずは、このメールの真偽を確認しよう。

 差出人もそのつもりだろうか。ちょうど分かりやすい確認方法を用意してくれた。


 佐世保警察病院を調べよう。




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シャドウ――簡単に言えばハッカー部隊。サイバー戦を担当する特殊部隊。暗号解読にも精通している。

モスボール――食材を保存するときにラップをするのと同じように、「今は使わないけどいつか使うかもしれない」状態の航空機、艦艇などを保存処理すること。内部の酸素を抜いたり、ラテックスで開口部を塞いだりする。

ゴースト――皇室海軍の諜報部隊。様々な分野に多くの潜入捜査官や内通者がいる。

MGRS――地球上の座標を、ユニバーサル極心平射図法の地図上でマス目状に表すシステム。1メートル単位で座標を指定できる。例えば東京タワーは《54SUE 86440 46806》。

ブラック・オプスBlack ops――Black Operationの変化形で、直訳すれば「黒い作戦」。軍として公式に行っていない作戦で、つまりは国際的に見てヤバい作戦も多い。

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