家族の記憶――ルナ・アルバーン

 この街に来てまず目を引くのは、この巨大クレーンだ。

 造船所の赤錆だらけのトタン屋根やクレーンのレール。フェンスの向こうには、もはや何に使うかも分からない鉄パイプが転がっている。


 坂から見下ろせば、乾ドックでエンジェルAngel級駆逐艦が整備されている。艦番号が112だから、フライトIIトゥーAエーだと思う。ヘリコプターの格納庫もあるように見える。

 バルバス・バウが見えるのはやはり興味深い。いつも水面下にあるから分からないし。


 高所作業車やフォークリフトがふねをメンテナンスしている光景を見て、やはり自分は海軍の人間だと思わされる。


 艦が好きだ。




 坂を上がり、よく遊んだ庭先にバイクを停め、懐かしい玄関のチャイムを鳴らす。

 ドアを開けてくれたのは、わたしに少し似た顔の女。でも目は深い緑で、金髪の色も少し違う。


「おや。久しぶりだね、ルンLunちゃん」

「久しぶり、マイクMike。しばらく泊めてもらえる?」


 ミシェルMichelleはわたしのお母さんのお姉さん、つまり伯母だ。わたしの親族と呼べる人は彼女だけだ。

 ボーイッシュな趣味で、ショートヘア。たまに後ろから見て男と間違われるくらいだ。だからなんとなく、ミッキーMickeyとかではなくマイクが定着している。


 何も言わずに、ただ笑みを浮かべて家に招き入れるマイクに、どこか見透かされているような感じがした。


 ネヴィシオンで生活しているのに、マイクがプライベートで瑞穂語なのは、彼女が幼少期を瑞穂で過ごしているから。そのほうが感情を伝えやすいらしい。


 よく知っている家だけど、リビングのテーブルまで案内してもらう。昔とテーブルの配置が変わっていることに、ちょっと寂しさを感じた。


「コーヒーの趣味は変わっていないかい?」

「うん」


 17歳まで世話になったから、わたしの好みもよく知っている。コーヒーに砂糖は入れないけど、ミルクは多めということも。


 海軍に入隊してから、兵舎でほとんど過ごすようになったけど、休暇中はマイクの家に泊めてもらっている。

 上官の目があるところではくつろげないし、休暇中は仲のいい隊員も帰ってしまうし。


 マイクは母親代わりにわたしを育ててくれた。海軍に入隊するときは反対したけど、わたしの意志が固いと見ると、それからはわたしを応援してくれるようになった。まだ複雑そうな何かは感じるけど。


「今回はどれくらい泊まっていくんだい? 1か月くらい?」

「半年……、いや、9か月くらい……、かな?」


 コーヒーを持ってきてくれたマイクの口角が一瞬下がったが、また優しく微笑んだ。


「もう住み込みじゃないか。何をした?」

「上官を怒らせちゃった」

「ブチ切れだね」


 そりゃ9か月は長い。いっそのこと除隊にならないのが不思議だ。それくらいは自覚している。


「でもまだ、必要とはされている。クビじゃない。君が優秀ってことさ、ルンちゃん」


 コーヒーをブラックで飲むマイク。

 男受けより女受けする彼女だが、40歳目前で未だ独身。こだわりが強いらしく、「可愛い男が好き」だとか。もうマイクにお似合いの男を見つけるのは妖精を見つけるより難しそうだ。


 しかし、マイクは独りででも楽しそうに生きている。趣味は多いし、船の設計士として造船所で高く評価されている。羨ましい生き方をしているものだ。


「マイクは、ちゃんと評価されているけど、わたしは逆みたい。

 わたしがどれだけ頑張っても、最後には『態度が悪い』、で評価は悪くなる。結果を見れば、わたしは確かに任務を遂行しているはずなんだよね。本当に上官はわたしのことを分かっているのかな?」


 わたしも、差し出されたコーヒーを飲む。


 マイクは聞きながら、小さく頷きつつ、微かな笑みを浮かべた。


「ちょっと問題点が分かった気がする」

「どんな?」


 マイクのいたずらっぽい表情に、聞かずにはいられなかった。なのに、返ってきたのは質問だった。


「君は、上官をどう思っている?」

「分からず屋」

「多分、それはそのまま君の評価になっている」


 思わず、眉をひそめた。

 わたしが「分からず屋」?


「つまり、互いへの信頼がない。君は上官から見れば言うことを聞かない子だろ? それは、君が上官の言いなりになったら力が発揮できないと思っているからさ」


 言い当ててはいると思う。でも、だからどうした?

 まだ疑う顔をやめないわたしに、マイクは吹き出すように笑った。


「わたしだって独りで船は造れない。

 技術者たちとのチームワークで船を造り上げているが、中には技術者たちの要望で、わたしの理想とは違う設計を採用することもある。でも、技術者たちのために、譲歩するんだ。そうすれば、技術者たちは理想の船を作ってくれるってね」


 譲歩。譲歩ねえ。

 わたしには嫌いな話だな。


 コーヒーを飲み終えたマイクは、わたしのキャリーケースを抱え上げた。


「わたしが持っていくよ」

「いや、いい。ゆっくりしていってくれ

 ところで、ダンDanの墓参りでもするか? レオLeoだってもうそろそろ命日だし――」

「いい。行かなくても」


 わたしが食い気味に突っぱねると、マイクが寂しそうな顔をした。

 分かっている。お母さんの墓参りくらいしないと。マイクにとっては、お母さんは大好きな妹だった。


 でもあそこには、大嫌いな奴が一緒に眠っている。



 レオナルドLeonard・アルバーン。

 わたしを残して、犬死にした奴が。




━━━━━━━━━━━━━━━

フライト――エンジェル級駆逐艦は年代ごとに少しづつ設計が変わっている。その設計ごとにフライトIワン、フライトIIと呼んでいる。さらに、フライトIIの小規模な改良をした型があり、それをフライトIIAとしている。最新型はフライトIIIスリー

バルバス・バウ――船首の形状の一つで、水面下に球状の突起がついたもの。大型船舶にはよくある設計。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る