傷だらけの経歴――マーク・バトラー

判決文


被告:ルナ・Iアイ・アルバーン一等兵曹


罪状:

1. 命令不服従5件

2. 規律違反18件


 本軍事法廷は、被告ルナ・I・アルバーン一等兵曹の罪状に関して審議し、次の判決を言い渡す。


1. 命令不服従について:

 被告は5件の命令不服従の罪状において有罪と認定された。これらの行為は軍の規律に対する重大な違反であり、他の隊員や部隊の安全に影響を及ぼす可能性がある。


2. 規律違反について:

 被告は18件の規律違反の罪状において有罪と認定された。これらの規律違反は軍隊の適切な運用に対する妨げとなり、軍の規定に反する。


判決:

 本軍事法廷にて、被告ルナ・I・アルバーン一等兵曹に対し、以下の判決を下す。


1. 命令不服従について:

 各命令不服従の罪状に対し、停職1ヶ月を言い渡す。これにより、合計5ヶ月の停職となる。


2. 規律違反について:

 各規律違反の罪状に対し、停職1週間を言い渡す。これにより、合計18週間の停職となる。


 被告は合計で279日間の停職を課される。停職期間中、被告は給与の7割を差し引かれ、軍務に就かない期間を過ごすことになる。


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“何か言うことは?”

“停職期間が長すぎませんか?”

“長い。だが査問委員会でお前の問題点が芋づる式に出てきたんだ。ツケが回ってきただけだ”


 真正面から文句を言うのだから大したものだ。


 空色のその目は、わたしを睨みつけてくる。

 下士官が大佐にこの態度なのだから驚きだ。士官候補生時代に上下関係を叩き込まれなかったのか?


 彼女の経歴書をもう一度見る。

 アルバーン一等兵曹は、確かに士官学校に入学している。二期目で退学だが。退学に伴い二等兵曹まで降格。

 そもそも退学の理由がありえん。“教官への反抗”、“連帯感の欠如”、そして“規律違反”。

 軍人にすら向いていない。


 そもそも士官学校を退学処分になっておきながら、未だに海軍所属なのだから驚きだ。

 21歳で一等兵曹という高い階級にいるのも、士官学校を退学になったときのお情けみたいなものだ。普通なら下士官としての訓練を一からやり直しだが、個人としての能力は認められ、二等兵曹に落ち着いた。


 それでも士官学校退学という大きな傷がある経歴だ、もう出世が見込めない。


 そんな彼女に、敬意を期待するのが間違いなのだろうか。



 改めてアルバーンを見ると、その長い髪が規律違反そのものか、とも思う。


 軍人は、格闘戦で髪を掴まれる可能性がある性質上、髪は短く刈り上げるか、女性ならまとめるなりするものだ。アルバーンの場合、ファッションとしてまとめている。

 後頭部の高い位置から括り、その髪の房は太ももまで伸びている。襟足や横の髪はショートカットにしているあたりも、個性を全面に出しすぎだ。髪型についての規律を一切無視している。

 女性軍人については、確かに規律を緩めている風潮もあるが、さすがにやりすぎだ。


 髪型のことは今回審議された規律違反に含まれていないのだがな。



 わたしの娘にも似て栗色の肌をしているから、見た目の印象だけで言えば高評価だ。はっきりと見開いた、猫のような眼には鋭さがあるし、金髪と黒い肌のコントラストは、大胆な力強さを感じる。

 女性としては、しなやかで細身な体格に憧れる者も多いだろう。

 だが軍人として見ればどうか。逸脱者だ。



 アルバーンの人事評価で目立つのはその反抗的態度だが、体力的能力や座学の評価はとても高い。特に言語能力はずば抜けていて、瑞穂語を母国語と同等に駆使でき、丹陽語、オイゲン語、オリョールОрёл語、マルセイエーズMarseillaise語にも精通している。プライドとしては手放せない人材とも思える。分隊内では通信特技下士官を任せられているが、言語能力もさることながら暗号解読も得意で、適任だろう。

 女性軍人の中でも彼女に並ぶ格闘能力を持つ者は限られているだろうし、サバイバル能力も十二分にある。

 士官学校時代の教官も上官のハリガン大尉も、個人としての能力を高く評価している。

 何より、士官学校の在学中、そのまま卒業すれば首席になれただろう。


 ただ、態度が問題。

 軍人として致命的なほど、ただ態度が悪い。



“以上をもって、閉廷とする。アルバーン一等兵曹、もう帰っていいぞ”


 ルナはため息をつきながら、流れるように会議室を出ていこうとした。


“280日”

“はぁ!?”

“計算しやすいだろ? 40週の停職だ。家に帰ってよく考えろ、なぜ停職処分を受けているのか”


 上官に対する敬礼もなしに下がる奴がいるか。

 アルバーンは怒りを隠すこともなく血走った目を向けているが、これ以上停職期間を延ばすとプライドの運営に関わる。9か月も欠員が続くのはヤバいだろう。


 雑に敬礼したアルバーンが荒々しくドアを閉めると、会議室のピリピリとした緊張感が薄れ、その代わりなのか呆れたようなため息が聞かれた。



“すまないな。あなたも忙しいだろうに”


 横を見やれば、髪を青く染めた参謀大佐が資料を眺めていた。


“いや、プライドに瑞穂語の堪能な奴は少しでも欲しい。俺がこいつを手放したくなかっただけだ。無理を聞いてくれたことを感謝する”


 ヴィオラViolaレベッカRebeccaバーバラBarbaraラングレーLangley参謀大佐。特殊作戦艦隊特殊作戦局所属の彼女は、ラングレー皇家の第一皇女であるにも関わらず、もう帝位継承に関心がない。しかし指揮幕僚大学を早くに卒業し、28歳で大佐というのは、やはり皇族として用意されている出世コースに乗っているからだろう。

 “艦隊のサイクロプス”と呼ばれ、事故で失明した左眼を隠すように前髪を長く伸ばしている。

 隣から見ていると、白人らしい減り張りのある横顔で、基地の執務室に詰めることが多い彼女の肌はきめ細かく、淡い。

 男みたいな口調だからガサツかと言うと、化粧にもよく気を使っているからそうとも言いきれない。高貴な血を隠せないのだろう。

 青く染めた髪を伸ばし括りもしないが、参謀将校は前線に出ないという前提から、髪型についての規律は下士官や兵科部将校よりも緩い。何よりも皇族だ、指摘できる人間がいない。


 どこか、アルバーンに似た臭いがするが、黙っておこう。



“アルバーンの何を気に入っている?”


 実は、アルバーンに対する今日の判決には、ヴィオラ参謀が強く干渉してきた。

 検察側の求刑は不名誉除隊だった。わたしもそれが妥当だと思っていたが、ヴィオラ参謀はそんなわたしを押しとどめた。停職期間が半年以上あるのだから、除隊させたほうが欠員を補充できるが、“アルバーンには利用価値がある”と、彼女は譲らなかった。


 アルバーンについて好奇心で聞いてみた訳だが、殿下の凍るような視線に、尋ねたことを後悔した。陛下譲りの銀の瞳に、影が射した。


“俺は特殊作戦局の参謀だ。公式の作戦も扱うが時には――。

 そういうときの手駒は欲しい。アルバーンは、今はもう俺の手駒だ”


 なるほど。特殊作戦局でヴィオラ参謀はプライドの作戦を主に担当していると聞いているが、中には軍主導の裏工作もあるのだろう。そこに、軍務から離れているはずの人間を使うのか。


 髪型など、規律を軽視する二人だ。もしかしたら仲良くできるかもな。


“だがアルバーンのようなじゃじゃ馬を、あなたは乗りこなせるかな?”


 わたしは冗談めかして笑ったが、参謀大佐は冷ややかな雰囲気を崩さなかった。


“簡単さ。そのときは切り捨てる”




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軍事裁判・軍事法廷――軍法会議という言い方もある。軍隊は特別な法律が適用されるため、軍人は一般人が裁かれる裁判とは異なる形式の裁判を行う。傾向として、軍内部の規律について厳しく、さらに一般の裁判より罰が重い。

特殊作戦艦隊――プライドやゴーストGhostシャドウShadowなど、特殊部隊が所属する艦隊。艦隊という名前だが艦艇は持っていない。

特殊作戦局――特殊作戦艦隊の中でも、作戦を立案する、参謀らしい仕事をする部署。

指揮幕僚大学――一般的な士官から、将来的に将官になれる参謀将校になるための学校。卒業後は参謀少佐になる。

不名誉除隊――クビ。懲戒免職。軍人として受けられる年金などの福利厚生も受けられず、退役後の就職にも響く。

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