プライドの不和――ガイ・ヤング

 ハリガン大尉の連絡通り、男とルナが走ってきたようだ。


 もう密輸の証拠を押さえ、タマネギでロケット弾などを埋めていた男や機関士たちも拘束した。あとはあの男を捕まえればいいだけだ。


“14、こっちは任せてくれ。お前は早く7を応援に行ってくれ”


 “分かった”と一言答えたロジャースRodgersは、素早く応援に向かった。


 運び屋たち7人は拘束したし、持ち物をすべて取り上げているから、この場の心配はない。

 ただ、ルナが早まらなければいい。


 先程の連絡があってから、顕著なほどではないがウィックスの機嫌が悪い。おそらくルナが持ち場を放棄したことに怒っているのだろう。捕まえた被疑者に対する口調が辛辣だ。



 足音が近づいてきた。様子を見て捕まえるか。

 事前に、運び屋をどこで拘束するかを決めている。だから、ルナもわたしたちが艏にいることは知っているはずだ。


 コンテナの陰から姿を見せて、相手の足を止めるつもりだった。ただ逃げているということは男は丸腰で、ルナと挟み撃ちできるはず。


 だがいざ飛び出してみて、肝が冷えた。



 男の後ろで、ルナが銃を向けている。


 今のまま撃てば、被疑者だけでなく、彼の退路を塞いでいるわたしまで散弾を浴びることになる。



 男はわたしを見て、コンテナとコンテナの隙間に隠れた。袋小路だが、彼にとってはそれでよかっただろう。

 わたしも急いでコンテナの陰に戻ると、勢い余ったであろうルナが放った散弾が掠めた。


 コンテナを強かに叩いた鉛の音と硝煙の臭いに、その場にいた皆が音のしたほうを向いた。


 冷や汗が吹き出るな。



“動くな!!”

“分かった!! もう逃げない!!”


 コンテナと隙間に隠れた男は、すぐに降参の意思を示す。

 何事もなかったかのように、ルナは男を引きずり出してハンドカフをかけるが、あれは重大事案だ。




 名前を聞けば、ルナに捕まったあの男はアークロイヤルArkroyalと名乗った。マークしていた男だ。

 ほかの運び屋たちと並べて座らせ、アークロイヤルを落ち着かせる。事態が飲み込めてきたアークロイヤルは、震え出している。


“おい、お前あいつを殺すつもりか!”

“逃走する恐れがあったから撃ったまでで――”

“あの世に逃走されるところだったぞ! しかもハウンド10テンを道連れにだ!”


 ウィックスは感情が爆発したようで、ルナに怒鳴り散らしている。

 ルナの態度も問題だ。反省の色が見られない。


 アークロイヤルがもう逃げきれないことは明白だった。彼の逃げる先にわたしたちがいるとルナは知っていたから、彼女はわたしたちにアークロイヤルの確保を任せるべきだった。



 誇り高きプライドが、犯罪者に醜態を見せているのが腹立たしい。


“ハウンド15フィフティーン、もういいだろう。あとは基地に戻ってから決めよう”


 わたし自身、腹の虫は納まっていない。

 バディたるハリガン大尉を見捨てて、持ち場を離れ、重要人物である被疑者を殺しかけ、仲間であるわたしに銃を向けた。


 このレベルになると、もはや厳重注意では足りない。上層部に報告しないといけない事案だ。


 ウィックスに運び屋の見張りを頼んで、ルナを少し離れたところに連れていき、諭すことにした。


“帰ったら査問委員会があるだろう。そのあとに軍事裁判と続く。

 わたしの予想ではあるが、これくらいの事案になると、停職処分が下るだろうな。家にいる間、少し自分を見直してこい”


 船に打ちつける波の音が響く中、ルナの不満そうな悪態が聞こえた。


“せめて、こいつらを見張ることくらいはできるだろ? 一緒に頼むよ”


 反抗的な彼女に指示に従ってもらうには、優しく接するべきなのか、厳しく接するべきなのか。悩ましい。



 静かになったと思った頃、波の音に紛れて、「あの金髪碧眼の黒人だ」と、呟く声が聞こえた。

 誰かにしっかり覚えられているな。



 長い金髪が、潮風に吹かれてはためいていた。

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