金髪碧眼の黒人――ヴァン・アークロイヤル
「『金髪碧眼の黒人』って知ってるか?」
無線越しの会話で、話が逸れた。
船橋は暗く、計器や海図を照らす最低限の明かりしかない。外の海が見やすいようにだ。
航海士の席を借りてくつろいでいたが、さすがに航海にも飽きてきたので、
「誰だそれ?」
「最近運び屋界隈で噂になっていてな。プライドの女性隊員なんだが、覆面をしていても分かりやすいビジュアルで、一躍有名人さ。
覆面の隙間から見える肌は黒くて、でもその目は空色。軍隊には珍しいほどに長い髪で、金髪を覆面の下から垂らしているんだが、それが太もも辺りまで伸びているらしい」
「それはかなり目立つな」
ふと、気づいたことがある。
その金髪碧眼の黒人は、もちろん目立つ見た目はしているが、かなり詳細に姿を噂されている。
つまり、そいつから逃げられた奴がいる。ばっちり目の色まで把握されるくらい近くにいた奴だ。
「なんだか、優秀そうではないな」
「それが極端な話でよお、捕まっちまった奴はもう逃げられないくらいにコテンパンにされたようなんだ。個人としては強いのさ。だがほかの隊員との連携が下手なもんで、隙はあるんだよ」
「強いが優秀ではないということだ」
つまり、その噂の発信源になった奴は、その隙を見て逃げたのか。
泣く子も黙るプライドに、そんな問題児がいていいのか分からないがな。
“――ですから、この船にはヘリ甲板はないのです!”
会話に少し長い間ができたとき、船長が
ヘリ?
耳をすませば、船のエンジン音に紛れてヘリコプターが迫る音が聞こえる。
参ったな。
双眼鏡で、音のするほうを探すと、夜空を背景に黒い機体が見えた。あれは、連帝軍の艦載ヘリだ。他国はヘリコプターを明るい色やオリーブ色に塗装するが、海色に塗装するのは
ネヴィシオン連合帝国は、大大陸と小大陸の間に位置する海洋国家だ。南大洋と東大洋を跨ぐこの国は、世界のチョークポイントに位置するため、国家戦略として海軍に力を入れている。海軍力なら世界一だろう。
連帝は陸軍も空軍も持たず、あらゆる領域における戦闘力は海軍が担っている。
歴史的に見て、大航海時代からのこの戦略は上手くいっている。陸に国境線を持たないから、海軍だけでいいという、思い切った戦略。
だが、今になってそれが裏目に出ている。
完全共和主義を掲げるオ連の最高指導者
大陸戦争の開戦に、連帝はその日の内に王国連合側として参戦。防空阻止や航空優勢の奪取に勤しむが、戦争が長引くにつれて、陸上戦力が貧弱なことが戦況に大きな影を落とした。
大陸の内部にまで入り込めなかったのだ。
オ連は主戦場を大陸内部に移すことで連帝に負担をかけるという戦略を取り始めた。
連帝としても海上封鎖で対抗しようとしたが、そもそもがオイゲンは資源豊かな大陸国家だ。海上航路には依存していない。
しかし、この海上封鎖は意外なところで影響を見せている。ゲリラへの武器の輸送ができなくなったのだ。
こうやって俺たち運び屋が細々と兵器を輸送しているのも、共和革命戦線の正規軍のためじゃない。王国連合の支配領域内で蜂起している、親オ連の民兵に武器を供与するためなのだが、そのためには険しい山脈や砂漠を越えるルートか、海を通るルートしかない。海のほうが大きい兵器が渡せるから人気なのだが、その海はいつも連帝が目を光らせている。
その光る目が、俺たちのコンテナ船を捉えたようだ。
「天霧、お前はコンテナのカモフラージュを徹底しろ。俺ができるだけ誤魔化す」
天霧には瑞穂語で指示を出し、船長からひったくった無線機には、アルビオン語で話しかける。
“こちら翔鳳丸。本船は貴国の同盟国、瑞穂船籍であり、領海を航行しているだけだ。貴国の運輸省への通報義務も果たしている。追加の報告を望むのであればなんでも報告するが、頼む、これ以上日程を遅らせないでくれ”
航行を止める気なんてさらさらない。連帝の領海はさっさと通り過ぎたいんだ。
そして
“こちら皇室海軍。急ぎである件、承知した。問題ない。航行は続けながらで構わないが、
一番調べて欲しくないコンテナを言い当ててやがる。誰か漏らしたな。
“待ってろ、リストを確認する”
できるだけ時間を稼いで、天霧がコンテナを腐ったタマネギで埋められるようにしてやらないと。
運んでいた火器類の商品価値は落ちたがな。
「船長、余計なことは言うなよ? あんたのせいで俺たちが捕まったら、もう分け前はあげられねえぞ?」
「分かってる! その代わり、上手くやれよ?」
この船長の短気なところが気になるが、自分に不利益になるようなことをする馬鹿ではないと信じている。
やけに近いローター音が気になり外を見ると、ヘリコプターがコンテナの山の上に降下しているのが見えた。
“少しは待てんのか!!”
“航行は続けてくれて構わない。臨検に隊員を少数名送るが、航海に影響がないようにする”
確かに、コンテナの上にホバリングしているヘリコプターから兵士が降りてきた。暗い中目を凝らし、6人降りてきたのを確認する。
ロープを伝って降りてきた兵士たちは、作戦通りにだろう、散開した。
正々堂々と戦えたら嬉しいが、あいにく、俺は狐だ。ライオンには勝てん。
ならば、知恵比べといこう。
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船橋――簡単に言えば船の操縦室だが、ここに航行に必要な機材がすべて揃っている。
アルビオン語――アルビオン連合帝国やその元植民地などアルビオンの影響のあった地域で話されている言語。話者が多く、国際機関や航空業界などでは国際共通語のような位置を占めている。
ネヴィシオン連合帝国――本文でも説明した通り、海洋国家。歴史的経緯があり、世界でも珍しく二人の皇帝が共同で統治している双頭君主制。それぞれの皇帝は別の家系からなる皇室から即位し、互いに姻戚関係を結ぶこともない。通称は「連合帝国」「連帝」「
チョークポイント――交通上重要な地点。つまりは防衛上の要所となる。訳すとすれば、「窒息ポイント」
オイゲン人民共和国連邦――大大陸の北方に位置する大国。オイゲン皇国から共和革命を果たした国で、王侯貴族や宗教を国内から根絶した。国家元首は
丹陽王国連合――大大陸の東方に位置する連合国家。王国、大公国など、様々な形態の君主国が経済や軍隊を共有している。加盟国はそれぞれ自治しているが、加盟国間での人の移動にパスポートはいらない。
防空阻止――レーダーや対空ミサイルなど、航空機の驚異になる兵器を破壊すること。
共和革命戦線――共和革命を目指す連合軍。オ連の衛星国などの軍がこの連合軍に組み込まれてはいるが、ほとんどオ連の軍が構成している。リュッツォウ最高指導者が創設者。
瑞穂語――瑞穂国で主に話されている言語で、漢字や仮名を書き分ける特性が特に難しい。
瑞穂国――八百万教の教皇が治める国家。枢機院で国政を執り行い、各都道府県は司教が治めている。
イスタンブル――大大陸の中央辺りにある王国で、まだ共和革命の波に耐えているが、そろそろ侵攻されると各国が憂慮している。
ホバリング――航空機がその場に停止するように飛行を続けること。
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