ヒューマノイド《冒涜の遺伝子》 Ver.2.0

園山 ルベン

迷子

問題児

孤独の月――ルナ・I・アルバーン

 「孤独の月Lonely moon」。

 皇室海軍士官学校で、ルナLunaという名前を絡めてわたしをそう表現した同期生がいた。


 本人は揶揄したつもりだったみたいだけど、わたしはそんな二つ名も気に入っている。


 子どものときから今まで、孤独を感じなかったことはない。

 でも、誰かの世話になるというのも好きじゃないから、それでよかったと思う。


 独りででも、生きていける。




 今夜は月明かりもない夜。窓からの明かりも入らず、視界は黒ばかり。


 感じるのは、むさ苦しさと、泥と汗の混ざった臭いと、責め立てるようにずっと鳴り響くMHエムエイチ-79セヴンティーナインブラウニーBrownieのローター音。

 ヘリボーン作戦は慣れているとしても、やはり体の芯まで震わすこの振動は少し煩わしい。


 環境は劣悪だが、仕事は仕事。これくらいへっちゃら。地獄週間ヘルウィークの比べ物にならない。


 臨検予定のコンテナ船と接触するまでまだ10分弱ある。ヘルメットを脱ぐと、隣にいたウィックスWickesがわたしの膝を叩いた。気にするほどじゃないけど。

 覆面を外して、蒸れて額に張り付いた前髪をく。


 その前髪の向こうの、何か言いたげなハリガンHalligan大尉と目が合った。


アルバーンAlbarn、気が済んだら、早くヘルメットを被れ”

“はいはい”


 あっ、枝毛がある。

 帰投したら前髪を整えないと。

 特にわたしは金髪だから、暗い背景だと髪の毛の痛み具合とかがよく分かるんだよね。


 わたしは夜目が利くから、夜間の作戦は得意だ。ストロボの光の中で格闘するという訓練があったが、ほかの皆が苦戦する中、わたしは平気で戦っていた。


 前髪の向こうにまた焦点を合わせると、呆れたようにかぶりを振る覆面男がいた。


“そろそろ、俺の言うことが聞けるようになるといいんだがな。

 今日俺がお前とバディを組むんだ。頼むから従えよな”


いやネガティブ


 わたしがそう答えると、周りはため息や呆れたような小言でざわついた。ヘリのローターがうるさい中でも聞こえるくらいには大袈裟に騒ぐ。


 そもそも、プライドPride隊は少数精鋭の特殊部隊。実力がものを言う世界のはずだ。女性隊員というハンデを考慮しても、戦闘能力や言語能力では十分に通用しているはずなのだ。それなのに、という理由で厄介者という扱いだ。

 任務遂行の上では、多少規則違反でも合理的に物事を判断すべきだと思う。


 下士官には自分の裁量で物事を決める権利もあるはずなんだけどね。

 この頑固者ども。


 ハリガン大尉が窓を覗き、傾注するようハンドサインを出す。


祥鳳丸しょうほうまるが見えた。武器のたぐいを積んだコンテナがあれば、乗組員全員を拘束する。頼むぞ。

 特にアルバーン! お前は俺がバディだと忘れるな!”


 思ったより着くのが早かったな。

 覆面とヘルメットを被り直す。


 さて、を始めますか。




━━━━━━━━━━━━━━━

皇室海軍――ネヴィシオン連合帝国の海軍のこと。海軍は連合帝国の二つの皇室が運営していると定義されており、最高司令官の役割も両皇帝が共有している。陸上戦力、航空戦力も保持していて、連合帝国が保有するただ一つの軍隊でもある。海軍という色が強いが、統合軍という側面もある。

皇室海軍士官学校――ネヴィシオン連合帝国皇室海軍の士官を育てる教育機関。ここを卒業すれば将来的に上級大佐までになれるが、参謀・将官への出世コースに乗るには指揮幕僚大学を卒業しないといけない。

MH-79――多用途艦載ヘリコプター。皇室海軍で最も用いられているヘリコプターでもある。

ヘリボーン――ヘリコプターを使って部隊を展開する作戦。パラシュートで降下するより安全で部隊の回収もできる。リスクとして、ヘリコプターが撃ち落とされる可能性がある。

ヘルウィーク――プライド隊選抜訓練の一貫として行われる、過酷な訓練期間。5日半の内睡眠時間は最大4時間。体力・精神力を限界に追い込み、特殊部隊隊員としての適性を見極める。

ネガティブ――軍隊の無線通信などでよく用いられる表現。「拒否」「不許可」「不可」といった意味。「NO」よりも聞き取りやすいため用いられる。

プライド――特殊作戦艦隊所属の特殊部隊。入隊するには基礎的な身体能力も必要だが、高い言語能力や様々な分野に対する専門知識も必要で、文武両道でなければいけない。

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