ゆめゆめ忘れぬように

 アクアリウムからどうやって家まで帰ってきていたのかは覚えていない。

 いつもどおり……とはいっても昨日再開したばかりではあるが。私の知っているクッキーと何かしら雑談をして家まで着いた。一緒にクッキーが作った夕飯を食べたはずだ。そのときも他愛のない話をした。

 そして、私はクッキーに進められるまま、お風呂に浸かっている。

 お風呂の湯は濁っていて、自分の顔は映らない。いったい自分はどんな顔をしているんだろう。


 ほとんど、クッキーの話が入ってこなかった。


 お湯を両手ですくって、顔をごしごしと擦る。ちょうどいい温かなお湯が眠気を誘ってくるはずなのに、目は冴えて気持ちは浮ついている。


 昼間、クッキーに言われたことがずっと脳内でぐるぐると回っている。

 レポートに書かれた文字が、頭の中で何度も唱えられる。油断すればその魔法を口にしてしまいそうになるほどに。


「魔法とは、『魔』である。魔性の力である。ゆめゆめ忘れぬように」


 在学中、教授から耳にタコができるほどきいた言葉だ。それがいま、こんな形で自分の口からこぼれていることが、嫌だった。


 同じ教授のもとで一緒に学んだ彼女が、そんな魔性にとりつかれてしまったような気がするのが、嫌だった。


 クッキーは正気なのだろうか? 昼間、間違いなく私はクッキーを拒絶した。

 その行為は、法に触れ、倫理に反する。


 しっかり者で、優しく曲がったことを良しとしないクッキーだからこそ、そこまで追い詰めれられていた証左でもある今日のできごとに私はひどく疲れていた。


 湯がぬるくなっていくのを肌で感じている。


「ヨウ――のぼせてない?」


 扉の向こうからクッキーの声がした。

 ああ、わざわざ声をかけにくるほどには、長風呂だったのだろうか。


「うん。平気」


 短く答える。

 明日、クッキーとちゃんと話をしよう。

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