またどうぞ

 まだ在学中のことだ。

 私たち共通の友人であるアンこと有舟ありふねあんは、学校で非業の死を遂げた。

 それからほどなくして、クッキーは変わった。クッキーにとってアンは友人というよりも姉妹、姉妹というよりも恋人と形容しても差し支えないほどに仲がよかったと思う。


 クッキーは、アンの死がなかったかのように、アンがまだ生きているかのように話すことが増えた。


 そのことについて、在学中、私は教授と密に話し、精神への過負荷と魔法の副作用が相まって、彼女の記憶の一部が欠落したのだろうと推測した。


 クッキーはアンがいなくなったことに耐えられなかったんだと思う。

 だから、私はクッキーの口からアンの名前が出るたびに、曖昧な返事をしたり、話題を逸らしたりして濁してきた。


「私、アンがいないなんて、いまでも信じられないの。だから、さ。その、ヨウがいれば、後は任せようかと思って」


 クッキーは端切れ悪く言う。


「任せるって……」

「私自身、この後どうなるかもわからないじゃない。成功するかもわからない。魔法を使ったあと、アンがどんな状態で生き返るのかわからない。だから、ヨウがいればその後のこと任せられると思って」


 なぜ、生き返りの魔法を使うこと前提で話しているのか、私にはそれが理解できなかった。理解したくなかった。 

 

 クッキーは落ち着いていた。こんな話をするときも、私の知っているしっかり者のクッキーなのは、どこか現実離れしているような気さえする。


 彼女が心配している魔法の成否についてだが、クッキーは間違いなくやり遂げる。嫌な確信があった。金冠石ゴルディウムを使わずとも魔法が使える自然派の人間であり、治癒の魔法は彼女の専売特許で教授の折り紙付きだ。生き返りの魔法は、治癒の魔法と似ている点が数多くある。


 成功した先に、彼女の朽ちていく身体が脳裏を過った。


「勝手に話を進めないでよ」


 自分でも驚くほどに不機嫌が声に出た。私はたぶん、怒っていた。


「うん。そうだよね。ごめん。変な話して」


 私の怒りを感じとったのか、クッキーは苦笑気味に言い、立ち上がった。

 

「帰ろ」


 クッキーは今の話をなかったことにしたのか、それとも他の意図があるのかわからない。このまま彼女と一緒に帰っていいのだろうか。

 だからといって行く宛てもない。私は仕方なく、クッキーの後の続いた。

 元気が出るはずのアクアリウムに来たというのに、なぜだか、どっと疲れてしまった。


 館内受付で、クッキーを認めると例の知り合いが手を振った。


「またどうぞ」

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