むにむにしないでよ

 私たちはしばらく静かに水槽の魚たちを眺めていた。座り心地が決してよくはないベンチに腰をかけて、巨大な水槽を眺めるのはなんだか不思議な体験だと思う。


「良いところだね」

「でしょ。アンも呼べばよかったわ」


 学生時代のクラスメイトの名前は私の胸に懐かしく響く。

 学生時代はクッキーとアン、それと私の三人で一緒にいることが多かったな、なんて思った。

 水槽の中で一匹の魚が、浮いている水草をつつき始めた。


「アンだったら、飛び跳ねてたかもね」

「でしょ。きっと、え~映えスポットじゃーん! とか言って喜ぶよ」


 クッキーを見る。切り揃えられた髪から覗く端正な横顔は楽しそうだ。

 視線に気が付いたのか、クッキーが私を見た。

 私の頬を彼女の手の平が覆った。


「むにむにしないでよ」

「ヨウのほっぺ、やらかいから好きよ」


 私の頬をつまみながら、クッキーが好きを宣言する。


「そんな、人の頬をお饅頭みたいに……」

「お饅頭か。そうかもね」

「ちょっとそれ、太ってるって言ってる?」

「そんな。とんでもない」


 クッキーが笑った。ついでに頬から手も放してくれた。

 それから、また水槽に目を移した。


 浮いている水草をつついている魚は二匹になっていた。 水草をつつくのに意味はあるのだろうか?


「それにしても、ヨウはやっぱり魔法、すごいね」

「やめてよ。そんな」


 人の傷を抉るのはやめてほしい。こっちはできれば使いたくないのだ。

 そう、使いたくなかったのだ。


「謙遜しなくていいのよ。すごいものは、すごいもの。偽物破りの魔法完璧だったわ」


 魔法に副作用はつきものだ。私はその副作用が嫌いだ。クッキーはうっとりと私を見ていた。


 魔法の副作用は千差万別だ。同じ魔法を使っても、ある人は腹痛、ある人は風邪のような症状、ある人は昏睡する。現代はこの副作用はどうすることもできないのだ。日本魔法協会の言葉を借りるなら、目、肌、髪の色を自分で変えられないのと同じ。ということだ。


「う、うん」

 

 クッキーの称賛したい気持ちは十分に伝わってくる。でも、なんだか居心地が悪くなってしまった。人の気も知らないで。と声に出そうになったが堪え、曖昧に返事をするしかできなかった。


「ねぇ、ヨウ、私ね。ヨウにお願いしたいことがあるの」

「何?」

「これ」


 クッキーが鞄からレポート用紙を出した。

 書かれていた文字に、私は言葉を失う。


「クッキー、これって」


 クッキーは頷くだけだった。

 確かな意志が宿っていた。彼女の真剣な顔が私を貫いている。


「手伝ってほしい」


 何をバカなことを。


 レポートに書かれていた魔法。目を擦っても、何度読んでも、間違っていない。


 ソ・ヴァイ=レーニ


 生き返りの魔法だ。

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