どうして辞めたの?

 バゲットを頬張りながら、空腹が満たされるのを感じていた。

 オーブンでチーズとともに焼かれたバゲットを口に運んで噛みしめる。向かいに座ったクッキーは小食なのか、お酒ばかりを飲んでいた。


「よく飲むね」

「うん。私、強いんだよ。きっと」


 お酒の魔力というものがある。祖父から口をすっぱくして聞かされていた。お酒には気をつけなさい。 これはどうやら真らしい。


「顔、真っ赤だけど」

「かわいいりんごちゃんなの」

「ああ、そう。って待って。もういらないよ」


 顔を真っ赤にしたクッキーが私のグラスにオレンジ色の液体を注いでいく。多分、私の顔も彼女と似たり寄ったりで真っ赤になっているだろう。

 お酒を飲むというのは初めてだった。成人になったという感覚がとんとないのだから仕方ない。


「この町、昔はみかんが有名だったんだって」


 クッキーが言う。いや、そんなこと聞いてない。確かにそう言われてみれば、昼間に小さな畑をいくつも見た。ただ、作物はどこにも植わっていなかったように思う。


「このお酒もみかんが入ってるんですって。」

「いや、言われなくてもしっかりみかんだからね」


 口当たりがさわやかで飲みやすい。とは言っても、もう何杯も飲んでいるからもう流石に身体には悪そうだ。酔いを醒まそうと天井を仰ぐ。ぐわんぐわんと身体が回っているように感じる。このままソファーに横になってしまいたい。


「ヨウさぁ、学校、どうして辞めたの?」

「いや、まぁ……。どう説明すればいいか。いろいろあって」


 クッキーはグラスの飲み口を指でなぞりながらきいてきた。

 あまり触れてほしくない話題だった。


「成績、よかったでしょ」

「いや、問題はそこじゃなかったんだよね」

「じゃあ何なの?」


 お酒というものは恐ろしい。口を閉ざす必要があるのに、口が勝手に話を、自分の内面をひけらかそうとする。そんな気がする。


「決定的な何かがあったわけじゃないんだ。ただ、私にはなんか合わなかった。ただそれだけ」

「なにそれ。ヨウって変わってるよね」

「そうかも」

「戻ってこればいいのに。アンも教授も気にかけてるよ」

 

 あ……。そうか。私はここに来たかったのかもしれない。仲の良かったクラスメイトが今どうしているのか。私が学校を去ったあとのことを知りたかったんじゃないだろうか。


「アンは元気?」

「もちろん」


 クッキーは笑顔で答えた。


「教授はいまも?」

「そう。頭のお堅い魔法学会のやつらを倒すって躍起になってるよ」

「そっか。変わってないならいいや」


 クラスメイトと教授の顔が浮かぶと一気に懐かしさが増して、あの慎ましくも懐かしかった日々が胸の底で輝いているような気がした。


「私が教授に話つけてあげるよ? ヨウを復学させてくれって。教授、私には甘いんだから」

「そうだったね。でも、それはさすがに無理でしょ」


 あの場所に戻ろうとは思わないけど、クッキーの気遣いはうれしかった。


 それから、私たちは食事の後片付けをして、クッキーに寝室へと招かれた。


「友人と一緒に寝るのってなんかワクワクするよね」

「そうかな? そうかも」


 布団を二つ並べて二人そろって横になった。

 長い一日だった。

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