この汽車はきみが呼んだんだよ
私に見向きもしないで仰向けのままヘアサロン神業の店主は私にご機嫌いかがと問うてきた。
「とっても元気です。美容院の隠し部屋で寝ていたら、突然汽車の中でした」
皮肉のつもりで言ってやったけど、彼女はそれをどう捉えたのか楽しそうに手を叩いた。勢いよく起き上がって、ベッドの上であぐらをかく。
「いいじゃないか。とってもいいよ」
声に張りがある。力強かった。顔はどこか悪だくみをしている悪人のような表情だ。
「この汽車はきみが呼んだんだよ」
「いつ? ですか」
つい敬語が抜け落ちてしまったから取って付けた。目上目下を気にするタイプにも見えないが念のためだ。
「寝ている間に決まってるだろ」
「どうやって?」
「こう、おりゃ~! って感じで」
掌を前に出してよくわからないポーズを取る彼女は滑稽そのものだった。つい、吹き出してしまいそうになるのを堪える。
「寝てる間におりゃ~! はカッコ悪すぎませんか?」
「え? じゃあカッコいいのやってみてよ」
なんなんだこの人は。
「やりませんよ」
「じゃあ、かわいいのでいいからさ。やってよ」
ナンパ師か何かの台詞みたいだ。
「もっとやりません」
私にリアクションを求めても帰ってこないとわかったのか、 店主が肩をすくめた。
「まぁ、なんだ。アレスにも訊いたならわかるだろ。この汽車はきみの行きたい場所に行くんだ。安心してよ。悪いようにはしないさ」
ヘアサロン神業の店主は楽しそうだった。アレスというのは機関士の男の名だろうか。二人の言い分はどちらも、この汽車は私の行きたい場所に行くの一点張りだった。
「はぁ……」
曖昧に答えるしかできない。
「安心してよ。もう着くからさ。ほら」
スピーカーから軽快なメロディーが鳴る。
無機質な録音音声が聞こえてきた。
「間もなく、終点 アイストト。終点 アイストトです。落とし物お忘れ物ございませんよう、ご注意ください。 本日も神業鉄道どこでも線をご利用くださいまして、ありがとうございました」
アナウンスの内容はどこか異様だった。アイストトとはどこなのか。神業鉄道どこでも線はこの車両が彼女の所有物であるのだと高らかに宣言しているようだった。
汽車が一度大きく揺れる。そして車両は停車した。
窓の向こうの景色は海ばかりだった。海岸沿いというのはどこも同じようなものなのか、その景色は家の前にある海岸沿いによく似ていた。
部屋をノックする音とともに、「おう、俺だ」とオレオレ詐欺も顔負けの『俺』が部屋に響く。返事をするよりも先に、機関士の男が扉を開いた。なぜノックに対しての返事をするよりも前に扉を開けるのか。
機関士の男と神業の店主の双方を互いに見る。店主が男を視線で鋭く刺しているのが伝わってきた。かと思えば、すぐに破顔した。
「私はカフェオレが好きだよ」
「じゃあ、俺はオレが好きだ」
一瞬の間が合った後、男もオレに対する見解を述べたようだ。拳の親指を立てて、自身の胸を叩いた。
「ナルシストはやめときな。嫌われるよ。きみはどうなのさ。どのオレが好き?」
店主が私に話を振ってきた。
「フルーツオレが好きです」
私は高らかに言ってやった。
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