やぁ、元気かい?
機関士の男は、ざっくりとだが私の状況を説明してくれた。どうやら、この汽車も、この場所も現実の場所らしい。夢や幻の類かと思ったがそうではないと男は胸を張って答えた。
「夢じゃないんだ。これ」
「そう。夢じゃない。これは現実なんだ」
ならば、疑問は膨らむばかりだ。
「どうして? 私はあの美容院の……ヘアサロン神業の店主さんに寝床を与えてもらっただけで、汽車に乗る予定なんてこれっぽちも」
捲し立てるように言うと機関士の男はなだめるように両手を広げて私の話を制した。
「おめぇの言いたいことはよくわかる。姉御——お前が言うヘアサロン神業の店主の考えていることは俺にはとんとわからないが、姉御が間違えたことは俺の知る限り一度きりだ。姉御がこの汽車に乗るのがふさわしいと判断したんだから『そう』なんだよ」
何を根拠に正誤の判定をしているのかは知らないが、今回間違えない保証はないじゃないかと言いたくなったし、『そう』とはなんなのか。
「とにかく、この汽車はおめぇの行きたいところに向かってる。あと三〇分もすれば着くから、大人しく待っててくれ。あ、客室の方が居心地がいいぞ。ここは暑いし、素人には危ないからな」
男は丁寧だった。だが、わからない。
「私の行きたい場所って……。どこなんですか?」
「知らないねぇ。おめぇの行きたい場所なんて」
言葉はぶっきらぼうなのに、口調は優しかった。ごつい身体からは信じられないほどに柔らかく背を押された。潔く来た通路を戻るしかなかった。
客室の扉を開ける。
「やぁ、元気かい」
部屋に入るよりも先に声がした。
知っている声だった。出たな。所謎の根源。
ヘアサロン神業の店主だ。
私の代わりに客室のベッドで大の字になっていた。
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