ふかふかのベッドはどうだい。

 『店長』のネームプレートを下げた女性が私の背を押している。


「はーい。あがって!」と嬉しそうに言うのだから、私は従って『ヘアサロン神業』の敷居を跨いだ。無料で泊めてくれるのだからありがたい限りだ。魔法使い学校ですら泊るのなら募金箱に千円。もしくは金冠石ゴルディウム50グラム、もしくはレポートの代筆。金銭か労働を強要されたというのに。本当に太っ腹だ。店長さんが奥の部屋の扉を開ける。ほら入りなよ。と促される。私はせかせかと中に入ると、店長さんが扉を閉めた。部屋の真ん中にセットチェアがぽつんと置かれた部屋だった。


「こっちは仕事用」


 店長さんが言う。言われなくてもわかるが。ただ、その口ぶりからすると、どうやらこの建物内に居住エリアがあることになる。あたりを見渡しても壁ばかりだ。別の部屋に通じる扉はありそうにない。


「ここに立ってー」


 店長さんがチェアを後ろに下げながら言う。促されたまま、鏡の前に立った。


「ヒルノ・ラルノ・ケルノ」


 鏡に向かって店長さんが念じると鏡が姿を変える。扉だ。白色の扉がそこにあった。まじまじと見る。空間を繋げる魔法だろうか? それとも亜空間の一部を間借りしている魔法? 頭の中はさまざまな憶測が飛び交う。空間系の魔法は超を五つ付けても足らない高等魔法だ。超超超超超高等魔法。うん。馬鹿っぽい。違う。そうじゃない。店長さんを見る。


「私はエミ第一校卒。あなたはー?」


 店長さんは隠しもせず自分の出自を明かした。魔法使い学校の中でもド底辺校だった。


「イア校です。とはいえ、退学しましたが」

「あー。たしかに。あんた向いてなさそうだもんねー」


 その物言いは些か失礼ではなかろうか。と思ったが抗議の声をあげるまでもないだろうと思う。事実、向いていなかったから退学したのだ。図星。というのだろうか。自分でもわかるほどに胃のあたりがむかむかしているのがわかった。


「あ、開けていいよ」


 私の気持ちを知ってか知らずか、店長さんはにへらと笑って見せた。何の悪気もなく、ノブを回すジェスチャーまで交えている。人の気持ちを逆撫でているなと分かったが、生憎それで突っかかるほど私は短気ではない。損気に繋がるから。黙って彼女に従って扉を開ける。四畳半程度の真四角な部屋だった。真ん中に白いふかふかのベッドだけが置かれている。そこで私はふと思った。


「なんで泊めてくれるんですか?」

「私も辛いときがあったから。ルル・エ=ト・ノスタ。きみが元気でありますように」

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