第7話

 フランチークは逃げ出したい衝動に駆られていた。逃げ出してしまおうかと、何度も思った。しかし、どこに逃げられるというのだろう? 

 一方で、頻繁に顔を合わせるようになったパヴェルときたら、のんきなものだった。作戦の劇的な成功を一切疑わず、しかも短期で終わることばかりを考えている。

「いいか? おれたちはこれから軍人だ。上下関係はしっかりしておこうぜ。こっちが上官で、お前は部下だ」

 大貴族のおぼっちゃんは兵隊ごっこにご満悦か、とフランチークは内心あきれ果てた。

 大島における土候の反乱の扇動作戦には、イオキア伯爵家がその立案からかかわっており、かの家の意向をくまざるを得ないらしい。

 さらにいえば、パヴェルは、大島において一度作戦が始まってしまえば、イオキア伯爵家というよりは、パヴェル・イオキア個人がなし崩し的に作戦の決定権を得ると推測しているらしく、自らの辣腕こそが作戦の要であると確信しているようだった。

 そしてついに、フランチークが大陸を離れる日がやってきた。


 本当にこの海があの帝都の港と一続きに繋がっているのだろうか? 大島に上陸したフランチークは、船酔いに苛まれる中、このように思った。

 見慣れぬ海、見慣れぬ空、見慣れぬ植生、見慣れぬ地形──それと、見慣れぬ化外人。

 大島北岸の港湾の周囲には、都市が形成されつつあるようだった。名目としてはこれらの港湾はオルゴニア皇帝の直轄地だ。

 オルゴニア帝国外征軍本隊の駐屯地もある。外征軍の兵たちは、敵対的な化外人部族による襲撃からの防衛を現在の任務としながらも、実際には抑留されているも同然だった。農村部から強制的に徴用され、この化外の地に連れてこられた上に、留め置かれた環境は劣悪だ。

 もしもオルゴニア帝国外征軍がさらに内陸へと進もうとしても、要所はカルドレイン王国の兵、もしくはカルドレイン王国に恭順した化外人の部族が守りを固めているため、手痛い反撃をもらうことは必至だろう──

 与えられた休養期間に、フランチークはこのオルゴニア帝国外征軍の支配地を見て回り、前述のような印象を受けた。

 あるとき、フランチークが外征軍の駐屯地の兵舎を見て回っていると、兵士たちのなかに見覚えのある人物がいたような気がした。その人影はすぐに人混みへと消えていって見失ってしまったが──それはかつて、帝都の大学の図書館で見知っていた顔だったように思えた。記憶が正しければ、共和主義系の政治党派に属していて、あの大弾圧の後に姿をくらましていたはずだった。

 フランチークは狐につままれたような気分になった。

(実際、外征軍の下級兵士の間では、共和派の思想が密やかに浸透していた。無論これは帝都を追われた共和派の学生の策略であり、これがオルゴニア皇帝の失脚の一因となるのだが、それはまだこの時点からすると将来の話である)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る