第8話

 そしてついに、特務機関の任務が始まることとなる──

 ここから先は、オルゴニア帝国の臣民が、『外地戦争の英雄』についてご存知のとおりである。

 フランチークはまず、カルドレイン王国の支配に抵抗を続ける数少ない土候の下へと派遣されることになる。カルドレイン王国軍の監視を掻い潜り、追手を撒き、その土候の下へとたどり着いたフランチークは、それでいながら、当初は化外人たちから侮りを受けた。しかし、彼の語学と歴史学、そしてなにより戦史に関する学識の深さが、化外人たちのフランチークに対する評価を改めさせた。

 化外人たちの信頼を得たフランチークは、同時に抑圧された化外人たちに対する深い同情の念を覚えたといわれている。

 そしてフランチークは、この土候の信任の下、遊撃戦の指揮を執るようになる。粘り強くカルドレイン王国の軍を退け、抵抗を続けているうちに、周辺の土候もこの反乱に呼応していく。反乱勢力を次第に糾合していったフランチークの遊撃隊は、いつしか大軍となり、ついには後世で『大島仮府の会戦』と呼ばれる決戦に臨むこととなる。

 ここにおいて、フランチークは一世一代の見事な包囲殲滅戦を成し遂げることになる。これにより大島のカルドレイン王国軍は壊滅的な被害を受け、化外人たちは大島における主権を奪還した。

「ぼくがやったことといえば、歴史上の大戦の模倣劇を演じたに過ぎない」とは、この勝利に際しての本人の言である。

 さて、これ以上の損失を恐れたカルドレイン王国軍は、このフランチークが率いる化外人反乱軍と停戦協定を結んだ。大島における大半の支配を放棄し、大島南岸にある港湾都市へと撤退し、そこを拠点として交易をする方針へと転換した。

 喜んだのは化外人だけではない。オルゴニア帝国外征軍の兵士たちもまた、歓喜した。なにせ、化外人の反乱は、おおよそ化外人だけの戦力によってカルドレイン王国軍を撃退したのだ。実際の戦闘には、オルゴニア帝国外征軍の出番はほとんどなかった。大島くんだりまで連れてこられた末端の兵士たちは、殺し合いをしなくて済んだことを大いに祝った。彼らにとっても、フランチーク・レンロスは英雄だった。

 一方で、オルゴニア帝国外征軍の将官はフランチークに対して憤慨した。フランチークは、あまりにも見事に勝ちすぎたのだ。本来ならば、化外人の反乱に乗じてオルゴニア帝国外征軍の勢力圏を押し広げる計画だったのに、フランチークに率いられた化外人たちは独力でカルドレイン王国軍と戦い、そして勝利によって戦争を終わらせてしまった。結果的にカルドレイン王国軍が撤退した土地は化外人の手に渡ってしまった。オルゴニア帝国外征軍の勢力圏はほとんど伸張せず、結局、北岸港湾に押し止められたままだった。いまさら進攻しようとしても、要所は化外人によって抑えられており、しかも彼らはいまや歴戦の戦士となっていた。


 さて、フランチーク・レンロスである。カルドレイン王国軍との戦争が終わった後も、彼は化外人とともにあった。戦後の秩序の再構成、取り戻した土地の差配について、彼は調停役となった。化外人の部族間には歴史的な軋轢や不和が存在していたが、外の世界からやってきたフランチークの中立性は信用に足るものとされたのだ。なにせ彼は化外人のために体を張った男だ──この上ない男だ。

 そして化外人土候たちは、部族の垣根を超えての連合体を組織した。かつてカルドレイン王国軍が大島支配のために建造した大島仮府は、この連合体に引き継がれることになった。


 ある日、この大島仮府に一人の男が大やってきた。

 彼はパヴェル・イオキア──この大島に渡ってから気苦労も経験し、幾分か精悍でいかめしい顔つきになった貴族の三男坊だが、それに加えてどこか思い悩むような表情をしていた。

 応接間にて彼はフランチーク・レンロスとしばらくぶりの再会をはたしたが──その顔をみて、ぎょっとした。

「見苦しくてわるいね」とフランチークはそっけなくいった。彼の顔には大きな矢傷が刻まれていた。この戦争の間、常に前線で指揮を執っていた彼は、無傷ではいられなかった。

「……また、傷が増えたんだな。こんどは随分目立つところじゃないか。最初にきみと会ったときは、いかにもな学者風だったんだがな。いまじゃあすっかり貫禄がついた」

「そういうきみもな、パヴェル。きみは気楽なお坊ちゃんだったが、いまじゃあ顔に苦労が沁みついているよ」

「そうだな、きみのおかげで散々苦労したよ。……それに、いまも一件、苦労を抱えている」

 パヴェルは懐から封書を取り出した。

「オルゴニア帝国の裁判所は、フランチーク・レンロスを有罪とした」

 フランチークはしばらく睨みつけてから、口を開いた。

「まさか反逆罪とか言わないだろうな」

「いや、罪状は異種姦通罪だ」

「異種姦通罪? なんだそれ」

「化外人と交わることは罪とされているんだ。もっともこの法律が制定されたのは、はるか昔のお堅い時代で、いまではほとんど死文化しているがね」

「おいおい、そんなもので──」

 もしもいまこの時代においても厳密に適応するのならば、オルゴニア帝国外征軍の将兵は余すことなく、化外人の遊び女と関わった罪で有罪になってしまうだろう。

 フランチーク・レンロス個人を標的とした政治的な策略であることは明白だった。

 パヴェルは、忌々し気に首を振って見せた。

「いいか、フランチーク。こんなことを企んでいる連中は、本当ならば、こんな回りくどいことをしなくてもお前を殺すことができる。そうしなかったのは、化外人たちへの影響を考えてのことだろう」

「どうにかならないのか、パヴェル?」

「今度ばかりはな……。相手はおそらく、きみに面子をつぶされた外征軍の上層部──もしかしたら皇帝陛下かもしれない」

「そうか。……それで、裁判所は、ぼくにどうしろといってるんだ?」

「蟄居、つまり自宅軟禁だ。異種姦通の罰はそう定められているらしい。それでも殺されるよりは、ずっとましだろうよ。……帰ろう、フランチーク。おまえはもう、この大島でなすべきことをなしとげたじゃないか」

「……」

 フランチークは椅子に深く座り込み、じっと思案した。

 結局、小姓として化外人の若者を一人連れ帰ることを条件として、フランチークは大陸に戻ることを承諾した。

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