第3話

 フランチークが長じて帝都の大学に入学するころになると、父子の間には、冷ややかな軽蔑だけが残っていた。

 父である当代のレンロス伯爵は、長子フランチークを惨めな人嫌いでふさぎ込んだ敗残者、利益にならない事物を偏愛する異常者とみなした。(とはいえ、もしかしたら、これはフランチーク・レンロスという一人の人間の人格に対する正確な批評だったかもしれない。しかし、フランチークは意固地でもあり、誹りを受けようとも、自分の性格については変えようとも思わなかった)

 父はフランチークの代わりに異母弟を後継者と定めたようだが、フランチークにとってはむしろ都合がよかった。

 むしろかわいそうなのは弟のほうだな、とフランチークは思った。あいつはそんなに悪い奴じゃないのに、あの親父にかわいがられた上に、不必要な苦労と責任を押し付けられることになるなんて!

 フランチークは大学において歴史学を専攻した。価値があるものが時間とともに失われていくのならば、過去に遡ればそこには何かしらの、現在失われてしまった美しいものがあるはずだ──という期待があったのかもしれない。

 彼は講義の受講もそこそこに、大図書館の蔵書を読みふける生活を送ることになる。

 それはちょうど、皇帝による政治弾圧の直前の時期であり、当時の大図書館にはいくつもの政治党派が陣取っており、喧々諤々の議論を交わしていた。

 ただしフランチークは現実世界の政治への興味は薄く、彼が腰を下ろすのは喧噪から離れた暗くて湿気た図書館の隅であり、そこで彼はこの大陸の歴史書を読み漁ることになる。

 この大陸の歴史は、魔術師王の大陸征服から語られることが多い。

 大陸の外からやってきた魔術師王は、強大な魔術の力によって大陸全土を征服し、人民を苦しめ、辱め、そして殺した。一方で、魔術への抵抗力を持つ六人の修道女は魔の手から逃れて山岳地帯に潜伏し、やがて大陸中の反乱勢力をまとめ上げて解放戦争を先導する。そしてこの反乱軍は魔術師王の軍勢を打ち破り、魔術師王を処刑するにいたった。

 戦後、修道女たちは『砦の修道会』を組織した。修道会は解放軍に参加した反乱士族を各地に冊封し、魔術師王の落とし胤に対する監視の任務を与えた。これが、現在の王侯貴族の祖である──

 一方でフランチークが興味をひかれたのは、解放戦争における各方面の戦況の推移、つまり戦争そのものだった。歴史学の本道や修道会の教義としては、解放戦争の勝利こそが大事であり、その細部というものには重点が置かれていなかった。

 幸いなことに、この方面に関する大図書館の蔵書は充実していた。オルゴニア帝国の冷涼な気候は文書の保存に適しており、古書が数多く残されていたのだ。現在普及している修道会文字による書物のみならず、古代文字で記されたものも多かったが、彼がその言語を習得するのにさほどの時間はかからなかった。

 稀に古書の中にレンロス伯爵家の祖先の名前が登場することもあった。フランチークはそれを目にするたびに、なんだか奇妙な気分になった。

 はたして、このご先祖様は、どのくらい自分に似ていたのだろうか? あるいは、あの父親に似ていたのだろうか? ……自分にしても、あの父親にしても、あまり戦争に向いているとは思えないけれど。

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