第12話 森の中の廃墟

 王都エインヘイルから北に半日、クォンダムの森がある。

 古の大狩人の名を冠されたその大きな森は王都にとって重要な狩場だった。

 動物や魔物を狩って売る狩人たちの庭であり、冒険者にとっても薬草などの収集といった初級仕事がたくさん依頼される入門の場である。


 眼帯をした隻眼の大男、ガンズンたちが今回依頼された仕事は、森の奥にある廃墟施設とその周辺に生じてしまった魔物『ハザード・スケルトン』どもの退治であった。


 ハザード・スケルトンは人がたくさん死んだ場に生じる魔物と言われており、刑場や古戦場などでよく観測される。

 その廃墟周辺でもよく出没するので、廃墟に関する暗い噂は絶えない。


 とりわけ人気のある都市伝説的噂話は、かつての邪悪な魔法使いが行っていた人体実験の場だった、というものだ。その魔法使いは自己の力の探究のために、都から人を攫っては夜な夜な血の華を咲かせていた、と言われている。


「昔は今ほど魔法使いが管理されていた時代じゃないから、ありえない話じゃないよな」


 木の枝片手に振り回しつつ、楽しそうに言うのはガーネットだった。

 短く荒々しい髪は赤。

 切れ長の目の中にある瞳も赤ならば、全身を包む衣服や皮鎧も全て赤く染め上げられている。緑濃き森の中で、彼女はひと際目立っていた。


「ハザード・スケルトンは俺がいた村の西草原でも、ときおり生じてたよ。確かにそこはかつての戦場いくさばだったらしい」

「だろ、だろ? 噂は本当かもしんねーよな、少なくともなにかしら血生臭い場だったことは間違いないわけだし」

「楽しそうだな。なにをそんなに興奮してるんだ」


 不思議そうな顔で問うアルデは、長袖長ズボンにマントという旅装束に背負い袋を背負っていた。腰にはニホントーの鞘を差している。

 森の木々の木漏れ日を身体に受けながら、二人は件の廃墟へと向かって歩いていた。


「興奮しねーの? 野良魔法使いだぜ!? しかも邪悪な! めっちゃ夢あるじゃん」

「わからん」

「わからないかー。いやさ、その頃って冒険者ギルドにも魔法使いが溢れていたらしくてさ、あたしらみたいなパンピーでも魔法の奇跡っつーやつを簡単に拝めたらしいんだよな」


 手にした枝でそこらの草を薙ぎつつ、ガーネットは笑顔で続けた。


「そして敵にも魔法使いがいるんだぜ? めっちゃ楽しそうじゃん」

「わからん」

「かー、わかってもらえねー!」


 あいたー、とばかりにガーネットは額に手の平をパシン。


「あたしゃつえーのと戦いたいんだ。そういった意味じゃ、そのうちアルデとも戦ってみたいと思ってる。そんときゃよろしく頼むな?」

「いやだね、悪いが俺は逃げるよ」

「ひひひ、逃がさねーぞー?」


 二人がだべりながら歩いていると、ある点を境に突然肌寒さを感じるようになってきた。

 アルデが少し目を細める。


「そろそろかね?」

「確かな。あたしもそう何度も来たことあるわけじゃねーけど、ちょっと寒くなってきたからな。そーなんだろーよ」


 ハザード・スケルトンは、瘴気から生じる魔物と言われている。

 別にその辺に落ちている人骨が動き出すわけではない。形ないモノが、人骨と武器という形を作り出して生まれる魔物なのだ。

 そういうとき、なぜか周囲の温度が下がる。

 突然の『肌寒さ』は、その手の魔物が近くにいることを示していることがあるのだった。


 二人の予想通り、しばらく進むと廃墟となった施設が見えてきた。

 施設は石造りで丈夫そうな建物だ。建築様式が古いので、もし邪悪な魔法使いが使っていたといても、きっと彼が作ったものではない。

 もっともっと古い、なにかだ。壊れた塔のようにも見える。


 施設の周りを、剣と盾を持ったハザード・スケルトンが幾重にも取り巻いていた。

 全てのスケルトンが、施設の方を向いている。

 それを見たアルデが草陰で、ほっと息をついた。


「あいつら、まだ生きているようだな。スケルトンたちがまだ反応してる」

「そうそうやられるもんでもねーだろ。ハザード・スケルトンは発生数こそ多いが単体は弱い」

「の、割には何故施設の中に閉じ籠もっているんだ? 手に負えないなら強行突破して逃げればいいし、あそこに留まる理由がわからない」

「言われてみりゃ、確かに。さてどうするか」


 ガーネットが両腕を組んで考え始める。

 が、同時にアルデが草陰を出ていった。驚くガーネット。


「お、おい!?」

「わからないなら聞けばいい」


 そう言って、アルデは大声を出した。


「おい、まだ生きているか!? なぜおまえたちはそこに留まってるんだ、なにか理由があるのか!?」


 ハザード・スケルトンたちが一斉にアルデの方を向く。

 ガーネットも慌てて飛び出した。


「あたしが驚かされるたー思わなかったアルデ、まさか様子見すらしないなんてよ!」

「もしあいつらが囲まれて逃げられなくなってるなら、俺たちにスケルトンのターゲットを移すことであそこから逃げだすことができる。反応がないなら他の理由、ってことだ」

「はん? なるほど?」


 ガーネットは半笑いだが納得したようだ。

 理解したとばかりに、彼女も大声を上げる。


「ガンズン! 問題がないならそこから出て逃げろ、こいつらの相手はあたしらが任された!」


 すると施設の中から大声が返ってきた。しかしその内容は、


「ダメだ姐さん! 逃げてくれ!」


 というものだった。

 ガーネットは眉をひそめたが、すぐにその理由を理解することになる。


 アルデとガーネットは見た。

 剣と盾を持ったハザード・スケルトンに混ざった中央、そこに杖を持ったハザード・スケルトンが居ることに。


「杖?」「なんだい?」


 眉をひそめた二人。

 次の瞬間、大きくその目が見開かれた。

 杖を持ったハザード・スケルトンが、『魔法』を使ったのだった。

 杖から発せられた熱線が、地を削りながら二人に向かって迸る。


「おお?」「うっは!」「避けてくれ、姐さん! アルデ!」


 アルデ、ガーネット、ガンズン、三者の声が交錯する。

 狙われた二人は左右に飛び、熱線を避けた。


 転がり、熱線のあとを見るアルデ。抉れた土が、湯気を上げている。喰らったらひとたまりもあるまい高温だ。なんなら近くに居ただけでやられてしまうだろう。


「おいガーネット、さっそく夢が叶ったな。魔法使いと戦えるぞ?」

「ひひ。いいねぇ」


 ガーネットは笑ったのであった。


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次回、対まほーつかい戦!



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