第11話 冒険者ギルド

 冒険者ギルド。

 それは『冒険者』と呼ばれる何でも屋を束ねて管理する大きな組織。明日をも知れぬ彼らの互助会でもあり、国という枠を超えて運営されている。


 支部は各都市にある。都市とはいうが意外に小さな街にも存在し、冒険者への仕事の斡旋を主とした業務活動をしているのだ。


「ひひひ、よく来たアルデ」


 冒険者ギルドの応接室。

 ソファーに座ったままのガーネットが、部屋に入ってきたアルデに笑いながら手を振る。

 横にいた小ざっぱりしたスーツ姿の男だけが立ち上がり、二人に礼をした。

 二人。つまりアルデに加えてミリシアだ。


「いい具合に無視してくれるじゃないか、ガーネット」

「今回おまえの出番はないからな、あたしらの仕事だ。アルデを案内したところで帰ってくれてもいいんだぞ」

「そうはいくか、団長への報告義務があるんだ」


 ぶすっとした顔で応えると、ミリシアは表情を一変。

 笑顔でスーツ姿の男の手を取った。


「お久しぶりです、エイナル支部長」

「久しぶりだねミリシア君、ザムダ村の一軒以来か」


 エイナル支部長は油で固めたオールバックも精悍な、壮年の男だった。

 アルデよりも一回り若そうな風貌である。


「そうなります。その節はお世話になりました」

「騎士団はいつも私たちの儲け話を持って行ってしまう。A級以上のモンスターの討伐は、経験豊富な冒険者たちに任せて貰いたいものだが」

「領民の安全を守るのが我々の仕事であるゆえにな。申し訳ないが」


 なぜか軽く火花を散らしている二人を見て、アルデは不思議に思った。

 どうして騎士団と冒険者ギルドが仕事の面で取り合いをするのか。


 その理由は、単純に言えばA級以上のモンスターからとれる素材の取り合いだった。

 レア度が高く有用な素材は、どこでも欲しがる。お金にもなる。

 権力的なパワーバランスなども細かく関わってきはするのだが、大雑把に言えばそういうことだ。

 遠い過去に魔王が倒されて、強力な魔物がだいぶ減ったこの時代、A級以上のモンスターの退治はリスク以上に実入りが大きいのだった(もちろんリターンが見合っていないモンスターなども存在し、そういう案件は煙たがられる)。


「ままま、そういうムズカシー話はいいじゃねーか。座れよおまえら、今回の仕事の話をしよう」

「ガーネット君。今回みたいに頭越しで騎士団に話を持っていくのは、なるべく勘弁して欲しいのだが」

「硬いこというなよ支部長、今回の件はアルデに無関係ってわけじゃない話なんだしよ」

「むーう」


 ひひひ、と笑うガーネットとは対照的に、苦虫を噛み潰したような顔をするエイナル支部長だ。アルデは彼女たちの向かいソファーに座ると、軽く首を傾げながら訊ねた。


「どういうことだ?」


 ミリシアも含めて全員がテーブルに着いた。

 アルデに倣い、ガーネットに注目する。


「こないだの大男たちだよ、ガンズンたち」

「ああ。おまえが面倒を見るって言ってた」

「そう、あいつらだ。まずは手始めに、ってことで簡単な仕事から任せていたんだが、その最中に行方不明になっちまってな」

「行方不明?」


 アルデが眉をひそめると、エイナル支部長が肩をすくめる。


「私は『仕事がイヤで逃げた』んじゃないか、と言ってるのだがね」

「そんな奴じゃねーよ。なあアルデ?」


 ガーネットに同意を求められて、アルデもうなづいた。


「そうだな、少なくとも根性はあった」

「さすがアルデだ、話がわかる。てなわけでな、奴らの救援を手伝ってくれ。なにかイレギュラーがあったに違いないんだ」

「別に俺は構わんが……」


 チラリと、ミリシアの顔を見るアルデ。

 ミリシアは良い顔をしていない。


「まさかガーネット、アルデと仕事がしたいという理由だけでリーダル・エインにこの話を持ち込んだんじゃないだろうな?」

「ミリシア君、そのまさかだよ。ガーネット君はそれだけの理由で騎士団にこの話を漏らした上に、協力まで仰いだ」


 はぁ、とエイナル支部長は溜息をつく。

 目を丸くしたミリシアが、支部長に同情したような声で訊ねた。


「良いのですかエイナル支部長。私の立場で言うのはなんですが、こんなことでウチに借りを作ってしまったりして」

「良くはない、もちろん良くはない。だが、ガーネット君が譲らんのだ」


 一同がガーネットに注目すると、彼女は、ひーひゅーと下手な口笛を鳴らしながらそっぽを向いた。


「ガーネット!?」

「わっ、怒鳴るなよミリシア!」

「キミはそうやっていつも気まぐれなことばかり言い出して!」


 そこからしばらく、ミリシアのガーネットに対する説教とも愚痴とも言えぬ言葉が続いた。聞きながらアルデは、ははぁ、とこの二人の関係を推測する。


 この二人が互いに力量を認め合っている仲らしいことは、これまでの流れでもわかっていたことだ。しかしどうも聞いていると、ガーネットはいつも一方的にコトを決めてしまう癖があるらしく、それがミリシアは不満で仕方ないのだ。


 不満なら断ればいいのだが、ガーネットの『理屈でないカンによる選択』は、いつも結果を出してしまう。理屈で動こうとする自分が、まるで否定されていくようで気に食わないようだった。


 ひとしきりの文句を言い終わったあとに、不承不承といった顔で、


「……だが仕方ない、ガーネットがそこまで言うなら」


 とまとめてしまう辺りに、彼女の複雑そうな気持が詰まっていた。

 エイナル支部長もミリシアと似た気持ちを持ってるのかもしれない、彼もまた、不服げな顔をしながらも頷く。


「すまないがアルデ君、うちのガーネット君に付き合って貰えないだろうか」

「先刻も言った通りだ。俺は構わんよ」


 アルデは頭を掻きながら言った。

 そうこなくっちゃな、と楽しそう笑顔を作ったガーネットが立ち上がる。


「じゃあさっそく出発だ、概要は移動しながら話す」


 驚きの顔をしたのはアルデでなくミリシアで、


「えええっ!? もう!?」


 アルデとエイナル支部長の顔を見渡した。


「わかった、出発しよう」


 アルデも立ち上がる。エイナル支部長が、ミリシアに頭を下げた。


「ミリシア君も済まない。君には私が概要を話そう、カイム団長によろしく伝えてくれたまえ」


 こうしてアルデは、冒険者ギルドからの依頼を受けることになったのだった。


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