第10話 ミスリル鉱
「なんだおまえ、別に鉄を打てねえわけじゃねーんだな」
王都の鍛冶工房。
リーダル・エインの名で借り受けたその場でアルデが鉄剣を打っていると、工房の親分が作業を覗き見にきた。
アルデより二回りは歳上であろう、短い白髪と顔の傷が特徴的なじいさんだ。アルデは振り返らずに答える。
「こう見えて子供の頃から鍛冶の様子は見ていたし、自分で槌を振った時間だって長いんだよ」
「の、割に出来上がりはこのなまくらと来てやがる。いったいどういうことなんだろな」
親方はアルデが打ったという鉄剣を手にすると、その刃に指を添えて引いた。
そこには傷一つできていない。刃が刃として機能していなかった。
「別にこれ、刃引きしているわけじゃないんだろ?」
「……してない」
「不思議な話もあったもんだぜ」
親方が首を捻っていると、そこにミリシアがやってきた。
「親方さん」
「おうミリシア嬢ちゃん、持ってきてくれたかい?」
はい、と答えたミリシアはお付きの従者に持たせた大きな箱を、親方の足元に置かせた。
「ミスリルの鉱石です。確かめて頂けますか?」
「おう、こりゃ確かにミスリル鉱だ。インゴットに精製するところからってーと大仕事になるな」
「……綺麗な青色ですね」
「なんだミリシア嬢ちゃんはミスリル鉱を見るのは初めてか」
「お恥ずかしながら」
「まあ仕方ねぇ。ミスリルは希少だからな、儂だって数えるくらいしか手にしたことがねぇ」
親方は豪快に笑うと、太い両腕でミスリル鉱を持ち上げた。
そのまま奥の炉に持っていくと、とりあえずそこに収める。
「昔はなー、ミスリル打ちの名人ってやつがこの王都にゃ居てよぅ。国中、いや国の枠を超えて世界中のミスリルが集まってた頃もあるんだが」
「その方は今どちらに?」
「さてな、ふいっと姿を消しちまった。一家ごと殺されたなんて噂もあったな」
遠い目をして、親方はしみじみと語る。
「ミスリルの周りには昔から諍いが絶えないんだ。それだけ貴重ってことなんだろうよ」
「そうなんですか……」
ミリシアは相槌を打ちながら、チラリとアルデの方を見た。
今、アルデはそんなミスリル製のニホントーを、鞘に入れたまま無造作に持ち歩いている。貴重ゆえ常から手元に置いておくように、と団長のカインに指示されたからなのだが、彼はその辺にポイ置きして憚らない。
「もうアルデ! それ、ちゃんと手の届くところに置いといて!」
「なに怒ってるんだミリシア……?」
突然怒鳴られたアルデは困惑してしまうのだった。
さて。
アルデの鍛冶もひと段落、一行はミスリルの精製を始めることにした。
精製とは、簡単に言えば鉱石状態のミスリルから不純物を取り除いて、純度の高いミスリルのインゴットに加工することである。
とても高い高熱と、魔法的な触媒を利用することになる。
ミスリルが貴重なだけでなく、この触媒も貴重なのだからタチが悪い。
この世界において『魔法』とは、一部の適正者しか使うことができない、とても特別なものだった。
親方が炉に火を入れ、触媒ごとるつぼに収めたミスリル鉱を熱する。
一気に赤熱していくミスリル鉱。しかしまだ、融解までには至らない。
「融けませんか?」
「ミスリルの加工はここからが本番だ、ミリシア嬢ちゃん」
親方は、るつぼを一旦炉から取り出すと、両手をかざして囁くような声を出した。
「ローノ・ローノ・エイシル・エイラ」
それは魔法の言葉だった。
触媒を反応させて、ミスリルを加工しやすくするための言葉。
しかし。
「……おや、反応が芳しくねぇ。うまく融解していかねーな」
るつぼの中のミスリル鉱は融けていかない。
「岩石部分は融けてってるから、魔法が失敗しているわけじゃなさそうなんだが」
「親方さんでも何故かわからないんですか?」
「言ったろ、儂もミスリルに関しちゃ経験豊富なわけじゃねーんだ」
熱さに額に汗しながら、るつぼを見つめる親方だ。
横で作業を見ているだけだったアルデが、そんな親方に声を掛けた。
「俺にやらせてみてくれないか」
「なんだ? ミスリル加工のやり方を知ってるのか?」
「いささか」
そういうと、アルデは親方と場所を代わり、るつぼに両手をかざした。
「ローノ・ローノ・エイシル・エイラ」
親方が唱えた魔法の言葉と、まったく同じだった。それなのに。
「うおっ!?」
「あっ」
親方とミリシアが驚きの声を上げたのは、突然にミスリルが融け始めたからだ。
まるでアルデの言葉に反応したように、赤熱した固形が液体状に変じていく。
「なにをしたんだ、おまえ?」
「親方と同じだよ、呪文を唱えただけさ」
「同じなわきゃねーだろ、こんなに効果が違ってんだ」
「いやほんとだ。ただ、この呪文は唱える人間によって効果のほどが違うんだよ。俺はたまたま、この手の呪文の素養が少しあるというだけのことで」
親方はるつぼを炉に戻しながら、大きく息を吐いた。
「わからねぇ。おまえという男が、まったくわからねぇ。どこでそんな知識を得たんだ」
「昔、機会があってね」
ミリシアは二人のやり取りの間、ずっと目を丸くしていた。驚いていた。
鍛冶に関しては何の才能もないと思っていたアルデが、なんとしたことか、大工房の親方をも知らぬ能力を披露したのだ。
――なんなのだろう、この人は。
自分の中で、アルデへの興味がさらに大きくなっていくのを感じつつ、ミリシアはゴクリと唾を飲み込んだのだった。
と、そのとき街の鐘が三つ鳴った。
「いけない、もうこんな時間!」
ミリシアは慌ててた素振りでアルデの方を見る。
「団長にアルデを呼んでくるように言われていたんだ。戻ろうアルデ」
「ん、俺? 俺は今日ここからミスリルの加工の下ごしらえを――」
拒否しようとするアルデに、親方が言った。「そこは俺がやっておく。呼ばれてるならさっさと戻れ、それが団員としての義務だろ」
とても残念そうな顔をするアルデだった。
ちょっと可哀想なくらいの落胆ぶりに、少し心を動かされそうになったミリシアだったが、団長の呼び出しを無視するわけにはいかない。
「そういうわけだ、行こうアルデ」
「今日は鍛冶の日だったはずなのに、なんだってんだいったい」
アルデはブツブツと唇を尖らせる。
ミリシアは捕捉とばかりに付け足した。
「なんでも冒険者ギルドの方からの御指名があったようだ。共同で仕事をするならアルデ、キミを派遣してほしい、と」
「指名だって? どういうことだ、ここの冒険者ギルドに知り合いなんて……」
言い差して、アルデは思い出した。
先日の女、たしかガーネットと言ったか。
ミリシアの顔を見てみれば、彼女も同じことを考えていたのだろう、うなづく。
「彼女はS級、大抵のことなら融通される。指名したのはガーネットだろうね」
面倒な話じゃなければいいのだが、ミリシアが心配そうに肩をすくめたのであった。
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ここから更新頻度下がりますがボチボチ続きます。先を続けるモチベとして☆やフォローは嬉しいですので、応援よろしくお願いしますー。
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