第9話 騎士団員アルデ

 騎士団リーダル・エイン屯所、その中庭は団員たちの訓練場となっている。

 倒れても怪我をしにくいよう土の上に白砂を敷き詰めたその場は、壁が白いこともあり一種清浄な空間に見えなくもない。


 団員たちはここで、剣術の型を練習したり素振りをしたり、はたまた木剣や刃引きされた剣を使った手合わせなどの稽古をして、任務がない日を過ごすのであった。


「ほら見てアルデ、この柄頭。かわいい」

「ふむ」


 屯所中庭の隅。

 ララリルが昨日買ったショートソードを、改めてアルデにお披露目していた。

 乞われてアルデが覗き込むと、ショートソードの柄頭が猫の頭になっている。適度にデフォルメが入った形に彫り込まれて、なかなかに凝った意匠だ。


「俺はシンプルな形が好みだけれども、こういったのも面白いな」

「でしょう? 毎日使うモノなんだから、こういう小さいことで気に入っていける要素は大事だよアルデ」

「かもしれん。俺の剣も柄頭に凝ってみるか、売れるかも」

「それはないけど」


 ふんふーん、とご機嫌な鼻歌混じりに憎まれ口を叩くララリル。ニコニコ笑いながらなので言い方にイヤミはないが、辛辣なのは間違いない。


「というわけで、今日はこのショートソードに慣れていきたいんだ」

「そうなると、木刀で相手をするのは大変だな」

「じゃ、アレ! アレで相手して!」

「アレってなんだ?」


 興奮した顔で食い気味に求めてくるララリルに、アルデは眉をひそめた。


「アレはアレだよ、アルデの愛刀!」

「ダメだ。ありゃあミスリル製だぞ? まともに打ちあったらショートソードがすぐダメになっちまうじゃないか。せっかく買ったばかりなのに」

「大丈夫、大丈夫だからさ!? ね? ボクがリーダル・エインに入ったご褒美だと思って」


 難色を示していたアルデだったが、そう乞われると少し弱いのか、しばらく頭を掻いたあとに「ちょっと待ってろ」と一旦姿を消した。


 やがて中庭に戻ってきたアルデが持っていたのは、鞘に仕舞われた反りのある長剣だった。

 鞘から引き抜くとそれは美しい刃紋を持つ片刃の剣で、「ニホントー」と呼ばれるものだ。この世界ではマイナーな武器である。少なくともララリルは、アルデしか持っている人間を見たことがないし、他で「ニホントー」という言葉を聞いたこともほぼない。リーダル・エインの団長、カイムがその名を口にしたときビックリしたくらいだ。


「やったやった、久しぶりに見るよーアルデがニホントー持つとこ」

「そうか?」

「そうだよ」


 アルデはニホントーを刃がない峰の部分で打つように持つと、普段の木刀構えと同じように半身の片手持ちで構えた。


「いいぞ。打ってこい」

「本気で行っていいの?」

「構わんよ」


 アルデが言うが言わんや、ララリルが風のように踏み込んでくる。

 鋭い斬りこみを、アルデは刀の峰で流すように受けた。


 姿勢を崩したララリルだったが、そこは踏みとどまる。踏みとどまった低い姿勢のまま、アルデの足元に対して蹴りを繰り出してきた。


「ほう」


 斬りこみを受け流されて姿勢を崩す。この流れは、あの日アルデがララリルに木刀で稽古をつけたときと同じだった。しかし今回はその先が違う。彼女はアルデの受けを予想しており、姿勢を崩し切るまでに立て直して次の攻撃に切り替えたのだ。


「成長してるじゃないか」


 アルデは片足を上げて、ララリルの蹴りを避ける。

 彼女はそれも読んでいて、一本足になった瞬間のアルデを逃さぬようにさらに蹴り。

 アルデは一歩下がってそれも避けた。


「やった!」


 とララリルがガッツポーズを取る。


「なにが、やった、だ? 俺は全部避けたが」

「アルデを一歩下がらせた!」

「なに?」

「気づいてなかったの? ボクは今までアルデを一歩下がらせたこともなかったんだよ!? これは快挙なんだ!」

「そうだったか?」


 本気で気づいてなかったという顔で、アルデ。

 ララリルは嬉しそうにショートソードを振り出した。


「そうなんだよっ!」


 ララリルの連撃を流したり、正面から受けたり、半身でかわしたり。

 アルデの動きは実にコンパクトだった。

 自分からは打ち込まない。これはララリルが、自分の武器に慣れるための練習なのだ。


 それでもときおり、彼女の気迫に応えて打ち込みたくなってしまうことを、アルデは自覚した。


(なるほど、強くなった)


 ならばもう少しだけ、踏み込んだ教えをするか。アルデはそう考えた。

 ――あれ? と思ったのはララリルだ。

 さっきまでと違い、急に気持ちよく打ち込めなくなった。

 どこか自分の動きが、寸詰まる。剣を振り切れない。


 焦りが出てくる。焦りが、ララリルを急かした。

 剣の振りは一層に速く、踏み込みも重ねて連続的に。

 一見、ララリルが一方的に連続の打ち込みをしているように周囲には見えたことだろう。だが。


「わかるかララリル?」

「…………」

「俺はおまえが打ち込むとき、半歩だけ前に出て剣の有効打点をズラしている。こうすることで、軽く剣を受けることができるようになるし、万一斬られたとしても骨まで断たれることはなかなかない」


 そういって、攻勢に転じた。

 といってもニホントーを振ったわけではない。ララリルのショートソードの側面を手の甲で打ち、彼女の懐に入り込んだのだ。

 ピタリ。ララリルの首筋に、アルデが持つ刀の峰が当てられた。


「覚えておくといいぞ」


 二人の動きが止まった。

 ララリルは驚くことさえ忘れたように呆然としていたが、やがて目を細めて苦々しく笑う。


「降参。やっぱりアルデは凄いや」


 と剣を下ろした。

 ――途端。


 おおおおお、と屯所の中庭にどよめきの声が響いた。


「凄いなアルデ! おまえ最後なにをしたんだ? 魔法か!?」「ララリルちゃんの打ち込みも神速だった。副団長が推すわけだ!」「二人ともすげえよ、特にアルデ、さすが団長と引き分けただけあるな!」


 引き分け? あれは俺の負けだったはずだが、とアルデが言うと、ギャラリーの団員たちが応える。


「最初におまえ一本取ってたしな。それに、あの団長とあれだけ打ちあえる時点ですげーんだよ!」「最後もなにかしようとしてたろ!? ありゃなにしようとしてたんだ?」「おまえが負けたと思ってる奴はいねーよ、よしんば負けとしても一方的に負けたわけじゃない!」


 口々にアルデを讃える声が響く。


「今の立ち会いも見て、確信になったよ。おまえは強い。ようこそリーダル・エインへ!」

「これからよろしくな! アルデ」「ヨロシク頼むぜ!」


 わあああああ、と声と一緒にアルデとララリルは男たちに囲まれた。

 俺にも稽古つけてくれないか、という者。

 おまえの打った剣、稽古に丁度いいよ、と讃える者。これは理由を問うてみれば、切れなくて重量が丁度いいからという理由だったので、アルデは思わず仏頂面で閉口したものだ。


「アルデの斬れない剣がここにきて役立ったね」

「失礼な奴だな、ララリルは」


 ララリルは笑った。

 自分が受け入れられたことよりも、アルデが居場所を作れたらしいことが嬉しくて笑った。ここでは村のように、彼を馬鹿にするものはもう居ない。そうだよ当たり前、見る人が見ればアルデの剣の腕は、ちゃんと尊敬に値するんだから。


 ◇◆◇◆


 そんな中庭の様子を、カイムとミリシアが談話室の窓から見ていた。


「よかった。アルデも皆に認められたようです」

「アルデ殿はあの強さだ。うちの団員たちは強き者への尊敬があるからな」


 カイムの澄まし顔の中に安堵が混ざっていたをミリシアは見抜き、クスクスと笑う。


「……知ってますよ団長が一部団員にアルデのことを良く言っていたこと。彼が団に馴染みやすいよう気を遣ってくださったのですね」

「さてなんのことだろうね。俺はただ、本当のことを言ったまでさ」

「ふふ。そういうことにしておきます」


 二人は窓際から離れ、椅子に座った。


「それにしても、あれがニホントーか。初めてみたよ」

「団長、そのニホントーというのはなんなのですか? なにか特別な剣なのでしょうか」

「ああ。特別な剣だ。モトは魔王を滅する為に異世界から召喚された『勇者』がこの世界に持ち込んだ武器とされているな」


 勇者。それは二百年もの昔、この世界が魔王に支配されかけたときに『最後の希望』として呼び出された異世界の人間だった。

 見事魔王を討伐したのち、その詳細は当時の権力機関によって隠蔽され、詳しい伝承はさして残っていないという。


 皆、存在は知っているが詳細は知らない。

 良いトコ、この世界を魔王から解放してくれた凄い人、その程度に認識されている。

 当然、勇者が愛用していた武器のことなど誰も知らない。

 ニホントーという名を知っている者は少ない。


「木刀は、ニホントーを模した鍛錬用の木剣だと聞いている。それでいささか驚いたのだが……しっかりニホントー自体を所持していたとはね。彼は何者なのだろう」

「さあ……。ララリルちゃんの話では、彼女が物心ついた頃にはもう村に住んでいたらしいですが」

「あの腕だ、さぞや村では重宝されていたのだろうな」

「いえそれが」


 ミリシアはララリルに聞いていた彼の話を、団長に話した。

 つまり、村人から疎まれていたこと。それを案じたララリルが、リーダル・エインへの入団をうながしたこと。


「そうか。彼の力量を正確に評価できる者がいなかったのか」

「ララリルちゃんと組んで、幾度か村の危機も救っていたらしいのですがね。アルデは自分の手柄と主張しなかったそうです」

「彼らしいと言えば彼らしい」


 そう言いながら笑う。


「さて、あの二人には団に慣れてもらう為にも、さっそくなにか働いて欲しいものだが」

「なにか丁度いい案件はあるんですか?」

「ない。冒険者ギルドと協力する案件はあるが……知っての通りウチはギルドとは仲がよくない。そこにいきなり回すのも酷だろうよ」


 ギルドの話を出されて、ミリシアは昨日の出来事を思い出した。

 S級冒険者、ガーネット・アネモ。あの気まぐれ娘が出ばってくるとは思っていなかった。挙句、自分が面倒を見るからといって、乱暴者たちを連れていってしまうなどと、正直信じられない話だ。


 ガーネットはアルデに興味を持ったらしかった。

 よかった、とミリシアは胸を撫でおろす。昨日の今日でアルデがギルドと共闘などとなった日には、間違いなく絡んでくる。


 あの子はスタイルも良い美人だから、もしアルデに迫ったりでもしてきたら……。

 と、そこまで考えてハタと我に返った。

 別にアルデがどうだろうと、自分には関係ない話ではないか。私は彼に稽古を付けてもらえさえすれば満足なのだ。


 いかんいかん、とミリシアは頭を振った。

 昨晩寝る前にララリルちゃんが言っていたことが、自分に変な影響を与えている。


「アルデは気に入った人の為にしか戦いませんよ」


 彼は私のために団長と戦ってくれた。つまり、私はアルデに気に入られているのか。

 そう思ったところに、ララリルちゃんが爆弾を持ってきた。


「ミリシアふくだんちょーは、アルデのことを気に入ってますか?」

「そりゃあ、まあ」

「違いますよ。女性として、という話です」

「はあっ!?」


 私は聞き返したものだった。


「アルデとふくだんちょー、お似合いだと思うんですけどねぇ」


 その言葉を聞いたとき、胸の奥でなにかが鳴った。

 初めて聞く音だった。だけど、今は聞いていちゃいけない音のような気がして、私はララリルちゃんの言葉を無視したのだ。


「――長? 副団長、聞いているか?」

「えっ! あっ!?」


 団長の声が、ミリシアを現実に引き戻した。


「すみません、もう一度お願いします」

「わかった、じゃあもう一度。近くアルデ殿とララリルくんを連れて、なにか任務を行って貰うことになると思う。その心づもりだけはしておいてくれ」


 いかんいかん、ぼんやりしているときじゃない。

 仕事がくる。

 アルデの初仕事だ。彼はもっと世に知られなければいけない、その一歩を私がサポートする。それは、とてもやりがいのあることだ。


「了解しました。準備をしておきます」

「よろしく頼む」


 団長の言葉にうなづいて、私は談話室を出ていった。

 中庭に出て見れば、アルデが団員たちに剣の指導をしていた。


 ついでだ。私も是非指導を受けたいものだ。

 ――そう笑って、ミリシアは木剣を手にアルデの元へと歩いて行ったのだった。


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そのうち細かく書くと思うのですがアルデの刀はミスリル製で、この世界で作られたものです。何者なんでしょうね、こいつ。

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