第8話 っょぃ
「ごめんで済んだら警備隊は要らねえ。おいガキ、良い身なりしてるじゃねーか。金出せ、金」
剣呑な雰囲気の大男が四人、ララリルを囲んでいく。
ララリルがぶつかってしまったのは、どうやら悪漢と呼ばれる輩たちらしかった。
リーダー格らしき片目眼帯の大男が、ララリルを見下ろしている。
「この街のガキはよぉ、どいつもこいつも笑顔で元気に走り回りやがって。ムカつくんだよ、てめえらみたいな坊ちゃん嬢ちゃん見てると」
「すみませんお金は出せません。お腹空いてるならこのクッキーを食べますか?」
「あん? ふざけてんのかてめぇ」
眼帯大男はいとも容易く右腕を振り上げた。
ララリルを殴りつけようとする動作に躊躇がない。昏い目で彼女を見ながら、思い切り振り下ろす。――が。
「びっくりするなー。いきなり本気で殴りにきちゃうんだ」
ララリルは最低限の動きで、眼帯大男の拳を避けた。
振り下ろされた腕をそのまま取ると、「えい」と言って引っ張る。眼帯大男は身体のバランスを崩され、見事地面に突っ伏した。
「いてえーっ!」
「大丈夫だよ、肩を外しただけだから。反省するならすぐ入れてあげる」
そういうと、腰に手を当てて倒れ伏した眼帯大男を見る。
「ダメだよ子供にいきなり暴力は。確かにぶつかったボクが悪いけど、やりすぎ」
「ガ、ガキがっ!?」
「あとね、子供が元気な街や村は良いトコだ、ってアルデも言ってたからね。もしかしたらオジサンたちが、この街に合ってないんじゃないかなー?」
「やっちまえ、てめえら!」
眼帯大男の号令で、周囲の三人が同時にララリルへと襲い掛かってきた。
一人は彼女の身体を掴みに、一人は逃げる動きを牽制しに、そして一人は殴り掛かってくる。素人とは思えない連携、しかしそのことごとくを、ララリルは身軽にかわした。
「くそっ!」
拳を避けられた男が腰から鉄剣を抜いた。これにはララリルも目を丸くしてしまう。
「刃物まで!? シャレにならないじゃん!」
警備兵に咎められたら、一気に罪が重くなる。
つまり彼らは、そんなことすら気にしない荒くれものなのだ。
ララリルは、背中に背負った布袋から買ったばかりのショートソードを取り出そうか? と一瞬迷った。
だけど、と躊躇する。剣を持ったときの彼女は、まだ手加減というものが巧くない。きっとやりすぎてしまうだろう。そういう予感がララリルにはあった。
――なので。
「助けてアルデーッ!」
彼女は声を出すことを選んだのだった。
一人が剣を抜くと、他の二人も倣うように剣を抜いた。三人が同時にララリルへと斬り掛かってくる。
危うしララリル! となるのであろうか。いや、ならない。
何故なら彼女は名を呼んだ。
彼女が一番頼っている、信頼している男の名を。
風のように走り込んできたアルデがララリルの身を攫い、三人の剣をかわしてのけたのだった。
「ははは! やっと捕まえてやったぞ、ララリル!」
「この場に及んで第一声、それ!?」
「当たり前だろ、俺はおまえを捕まえて事情を聞こうと思ってたんだから」
アルデはニッと笑い、
「というわけで事情を聞こう。こいつらなんだ?」
ララリルの顔を見る。
彼女はピーンと来た顔をして、『今の事情』を話し出した。
「ボクがちょっとぶつかったからって、お金出せって言ってきた。断ったら剣まで出してきた」
「ちゃんと謝ったのか?」
「謝った。クッキーあげるとも言った」
不敵な顔で大男たちを見据えるアルデ。
「そりゃあよくないな、おまえたち」
アルデが抱えたララリルを下ろすと、遅れてきたミリシアがララリルを保護する。
「大丈夫だったかララリルちゃん!」
「平気だったよ、心配してくれてありがとふくだんちょー」
ミリシアは男たちを見て声を上げた。
「私はリーダル・エイン副団長のミリシア・ロードナットだ。子供に剣を向けるとは何事か、場合によっては容赦せんぞ!」
リーダル・エインの名が出ると、大男たちは明らかに動揺しだした。
「お、おい、リーダル・エインて」「やべーぞ王国一って噂の騎士団だ」
ぼそぼそと小声で相談を始める。
ミリシアはここぞとばかりに押した。
「下がれば不問に伏してやる、素直に
剣を持っていた大男たちが、腰の鞘にそれを収めようとした、そのとき。
「ふざけんじゃねーぞ」
と眼帯大男が立ち上がって言った。
「俺たちみたいのは、舐められたら終いなんだよ」
ゴキリ! 外された肩を自分で入れると、血走った片目で剣を抜く。
そうか、と前に出ようとしたミリシアを抑え、アルデが大男たちの前に立った。
「アルデ! キミ、武器も持ってないのに!」
「大丈夫。ララリルを連れて下がっていてくれ」
困り顔でララリルの顔を見るミリシアだ。しかしララリルは、
「アルデが大丈夫って言ったら大丈夫。ボクたちは下がっていようよ」
ララリルにまで言われてしまうと仕方ない。ミリシアは下がった。
いつでも飛び出せるように、身構えながらだったが。
アルデは眼帯大男をジロリと睨んだ。
「あんた、ムカつくなぁ」
「あん?」
「なにがムカつくかってよ、その漢気を使う方向だよ」
「なにがいいてえ」
「張れる意地があるなら、もっと前の段階で意地を張りやがれ。子供なんか脅してんじゃねぇ。自分だけがロクでもない目に遭ってきました、みたいな目がムカつくぜ」
眼帯大男はひと言。「うるせえっ!」と叫ぶと、アルデの頭に向かって大上段に剣を振り下ろしてきた。その鉄剣を、アルデは事も無げに両手の平で挟みこみ、受け止める。
「なっ!?」
シラハドリ、と言われる技術だ。
驚きの声を上げたのは眼帯大男だけではない。ララリル以外の全員が、大小の差こそあれ声で驚きを表現した。
アルデはシラハドリで受けた剣身をグイと横に倒し、眼帯大男の手から剣を奪う。そして奪った剣を。
相手の足元に投げた。
「な、舐めるなぁっ!」
剣を拾った眼帯大男が、今度は横薙ぎに剣を振るう。先ほどとは違う剣筋、だがしかしこれも。アルデは上げた片足の膝と、手のひらで挟んで受ける。そしてまた剣をもぎ取り、相手の足元に投げ置く。
「くそう!」
と眼帯大男はまた剣を振った。
「なんなんだ!」
と剣を振った。
「ちくしょう!」
と振った。
しかしそのことごとくをアルデは受け止め、剣を奪っては眼帯大男の前に投げた。
眼帯大男の額から、腕から、光る汗が飛び散る。
それでもその男は同じことを繰り返した。アルデに向かって剣を振り続けた。
どれくらい続いただろう。日が傾き始めた頃。
「も、もういいよガンちゃん! やめてくれよ……!」
眼帯大男の仲間が、声を上げた。
「そうだもういい、やめてくれ! 降参しよう!」「もうわかったよ!」
そんな仲間の声に、眼帯大男は怒声を上げた。「うるせえっ!」と。
「言っただろう、俺たちみたいのはナメられたら終わりだ! ここで引くわけにはいかねーんだ! ちくしょう、いかねーんだよ!」
「根性あるんじゃねーか」
アルデが言った。
そして眼帯大男の頬を、拳で殴りつけた。
「気づいているか? 今のおまえの目には、さっきまでの昏い影がない」
「……なに?」
「意地の張り方を間違えるな。そうすりゃきっと、今より楽になれる」
「…………」
眼帯大男は黙った。そんな彼を、周囲の仲間は心配そうに見つめる。眼帯大男が苦笑した。
「首謀者は俺だ。こいつらは俺の命令に従っただけ、警備に突き出すなら俺だけにしてくれないか」
眼帯大男がそういったとき、パチパチパチ、と拍手の音が聞こえてきた。
「すげーな、どー見ても悪者だって奴を改心させちまった」
少し低めな、女性の声。
一行から少し離れた場所に、皮鎧に身を包んだ若い女性が、赤いマントを羽織って立っていた。
「ガーネット! いつから居たの!?」
驚いたように反応するミリシア。ガーネットと呼ばれた女性は、その名に違わず全身が赤装束に身を包んでいる。短く荒々しい髪も赤、切れ長の目の中にある瞳も赤。年齢は、ミリシアと同じくらい、二十代前半か。
「見てたって意味では最初からさ。そこの女の子が思いのほか強くて、介入するタイミングを見失っちまってさ」
ガーネットはアルデの横に立って、その背中を叩いた。
「すげーなおまえ、半端ねーわ!」
「けほっ!」
背を叩かれたアルデが咳をする。そしてミリシアに訊ねた。
「で、ミリシア。このガーネットさんはどなただ?」
「冒険者ギルド所属のS級狩人だ。気まぐれでな、仕事を選び過ぎてあまり任務を受けないギルドの困りものさ」
「言い方! それじゃあたしが変人みたいじゃねーか!」
「そう言っているのだ」
ガーネットが豪快に笑った。大してミリシアは呆れ顔だ。
アルデはガーネットの顔を見る。
「で、ガーネット。あんたはなんで今さら顔を出した?」
「そいつらを警備に渡すのは勘弁してやってくれないか? あたしが責任を持つ」
「どうするつもりだい?」
「冒険者ギルドに登録させて、あたしのアシスタントをさせる」
ガーネットがそう言うと、眼帯大男が怒気を孕んだ声を上げた。
「なんで俺らがギルドなんかに! ふざけたこと言ってんじゃねえ!」
「おいおい、よく考えろ。おまえだけの身の話じゃあないんだぞ? おまえ自身はともかく、ツレの身は案じてるんだろう?」
うっ、と言葉に詰まる眼帯大男。
「それにな、おまえの根性が気に入った。普通はあんな力量差がある相手に、そこまで食い下がれるもんじゃねぇ。百人中百人が諦めるさ、諦めないのは百一人目か、二人目か。とにかく気に入ったんだ」
ニカッと笑うガーネットだ。
その顔は自信に溢れていて、魅力的なものだった。
「どうだ、あたしについてこい。ちったぁマシな死に方させてやんよ」
そういってガーネットは、眼帯大男に手を差し伸べた。
「ガンちゃん……」とツレが心配そうな目を向ける。それは、仲間を思いやる目だった。
彼らの目を受けて、眼帯大男はうなづく。
ガーネットの手を取った。
「よろしく頼む」
「頼まれた。しごくぞ?」
「望むところだ、なあ、おまえら!」
大男たちは「おお!」と返事をした。
ガーネットに連れられて、大男たちが去っていく。去り際、眼帯の大男がアルデに話し掛けた。
「あんた、名は?」
「アルデ。アルデ・ガルドアだ」
「そっか。俺はガンズン、ありがとよ、アルデ」
ガーネットがアルデの方に振り向いた。
「また会おうアルデ! おまえとはいつか一緒に仕事をしたいな!」
じゃあな、ミリシアも。と取って付けたように言うので、ミリシアは呆れ顔の溜息を吐いたものだった。
「ほんと、気分だけで動いてる子……」
「でもこれで、綺麗に解決だね!」
ここにきてララリルが全てをまとめるように言った。しかし、アルデは唇を尖がらせて。
「いーや」
ジロリとララリルを睨む。
「おまえには、まだまだ聞きたいことがあるぞララリル!」
そのためにおまえを追い掛けてきたんだ、と話を振り戻す。
ララリルは、また逃げた。
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なお、2時間くらいは延々アルデになぶられていた模様。
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