第7話 「二人きりで良い雰囲気大作戦」

「あれ、ララリルちゃんは?」


 王都の中央広場。

 ミリシアがキョロキョロと周囲を見渡した。さっきまで近くにいたはずのララリルの姿が見当たらない。


「おかしいな、俺の後ろでミルク粥を食べてたのに」


 アルデもミリシアに倣い周囲を見渡すが、やはりララリルはどこにも居なかった。


「食事を買いに行って迷子にでもなったのだろうか」

「まあ心配の必要もなかろうよ。あれで居てララリルの奴はしっかりしている。迷ったところで屯所には戻れるだろ」


 アルデは言いながら、煮込み肉の黒パン挟みを口に運ぶ。

 その顔が、とても子供っぽく幸せそうなものだったので、ミリシアはクックと笑ってしまう。


「そうだな。中身はキミの方が子供かもしれない」

「失礼な」

「ほら、口回りが汚れてるぞ。これで拭け」

「いいよ、いいから」

「私が気になるんだ!」

「おいこらやめろってば!」


 抵抗するアルデをものともせずに、手拭きでアルデの口回りを拭き始めるミリシア。

 そんな二人を遠くから目立たぬように見つめ、微笑む者がいる。


「尊いですなぁ」


 ララリルだ。

 ほっほっほ、とまるで若者たちを眺める老人のごとく達観した佇まい。彼女は帽子を目深に被りポンチョを着て変装していた。


「こうして二人きりで育む時間トキが大事なのです」


 細めた目が優しい。

 ララリルとアルデの二人は、午前中を掛けてミリシアに王都を案内して貰ったあとだった。


 アルデは鍛冶関連の場所を訪ねていった。

 鉄鉱石を仕入れられる問屋や、当面彼が団のための鍛冶をするために施設を使わせて貰えそうな工房など、熱心に吟味をした。


 ララリルは、装備。

 騎士団ご用達の武器屋を紹介され、そこで自分好みの小剣を購入した。

 俺が作ってやるのに、というアルデの申し出は丁重に断っているララリルなので、横にいたアルデは彼女が手に取った武器に、事あるごと子供っぽいダメ出しをしていたものである。「そーゆーアルデはホント面倒くさい」これはララリルの弁だった。


 それでもララリルはアルデが大好きなので、いまこの時、一つの計画を遂行中なのである。名付けて「二人きりで良い雰囲気大作戦」。


「さーてアルデ、甲斐性を見せてねー?」


 そう言いながら、ララリルは楽しそうに遠くの二人を見つめなおすのであった。


 さて。

 アルデとミリシアは、とりあえず食事を取り直すことにした。

 ララリルが居なくなったので、中途半端に食べただけだったのだ。買い食いしながらララリルを探していたアルデはともかく、ミリシアはまだなにも食べていない。


「ミリシア、なにを食べたい? 今日の礼に俺が奢るぞ」

「良いのかい? 知っての通り、私はこう見えて食べるぞ?」

「構わんよ。俺も大食いだ、豪勢にいこう」


 それじゃあ遠慮なく、と笑うミリシアに先導されて中央広場の屋台区域に向かう。

 二人はそれぞれに串を選び、肉を選び、酒を選び、屋台から大盆を借りて椅子とテーブルが置いてある食事処に持ち運んだ。


 かんぱーい、と樫のカップを合わせて飲み始めたのはワインだ。

 モロオロ鳥の串に合うよ、と屋台の店主から勧められたもので、出来の良い畑で栽培された葡萄を使っているため若いが味はパワフルだとのことだった。


「確かにどっしりした飲み心地だ。安いのに、お得だなアルデ」

「あーな、うん?」


 実はイマイチ違いのわからないアルデであった。

 反問しないのは、ミリシアがとても美味しそうにワインを口にしているからだ。せっかく気に入って飲んでいるのに、雰囲気を壊すこともあるまい。


「出来の良い畑と言っていたが、この味は多分エンデア伯爵領の葡萄だろうな。近年、あの土地で採れる葡萄はワインに適していると評判だったし」


 モロオロ鳥の串を口に運びながらウンチクを語り始めるミリシア。

 アルデも最初こそお愛想で相槌を打っていたのだが、次第に話に引き込まれていく。


「へぇ、葡萄が甘すぎてもいけないのか」

「そう。甘さも度が過ぎると、アルコール成分が強くなりすぎて味が崩れるんだ」


 感心するアルデに、ミリシアは続ける。


「酸味も大事でね、糖度とのバランスの兼ね合いになってくるのだが――」


 どことなくうっとりとワインのことを語るミリシアに、アルデは優しい気分になってきた。もっと剣の話題しかしない奴かと思ったら、意外にこういうことにも博識なのか。なんとも育ちのよさが窺えるようで、アルデの興味を惹いてくる。


「ミリシアの実家はどこなんだ?」

「ん? 私は王都生まれだよ。両親は城に勤める文官でね、リーダル・エインに入るために頑張って説得したものさ」


 懐かしさの中に困り顔の片鱗を見せてくる彼女を見て、アルデは「あれ?」と疑問を持った。リーダル・エインは王都一とも名高い騎士団、そんなところに我が子が入れるのは名誉なことではないのだろうか。

 それを聞いてみると、ミリシアは笑いながら苦笑する。


「そうか。アルデは知らないのか」

「なにをだ?」

「リーダル・エインの素性さ」


 モロオロ鳥の串を食べ終えたミリシアは、皿に置かれたヘム豚の煮込みを串で刺しながら続けた。


「リーダル・エインはもともと傭兵団でね。ここガイゼラ王国の第二王子、ヘイゼドーズ様が騎士団に独断抜擢したんだ。だからまあ、一部貴族にはあまり評判が良くなくて」


 恥ずかしながら自分の両親も、そういった貴族の一角だという。


「どうりでな。あの団長、騎士爵持ちにしては随分気さくだとは思ったが傭兵上がりか」

「自由な気風がリーダル・エインのウリでもあってね。そうじゃなければ、誰とも知れぬ身分の者を鍛冶として雇い入れたりしない。ガチガチの騎士団ならありえない話だよ」

「違いない」


 クックと笑うアルデだ。

 騎士団ともなると、普通は団員の出自ですらも重要視されてくると聞いたことがある。確かに他の騎士団とは毛色が違うらしい。


「自由な気風に乾杯だな」

「そうだな。リーダル・エインに」


 二人はもう一度乾杯しなおした。

 アルデは思う、自分はともかく、その自由な気風がララリルを抜擢してくれたことは本当に嬉しい。ララリルはまだまだ伸びる。能力を活かせる環境で、幸せになって欲しいものだ、と。

 彼女は小さい頃から自分に良くしてくれた。懐いてくれていた。

 彼がララリルに抱いている気持ちは、娘に対するそれに似ている。


 そのララリルはというと、遠くで地団駄を踏んでいるのだが。


「あの二人! 食べて飲んでばかりじゃないですか!? もっとロマンチックな状態になって欲しいのですが!」


 ポリポリとビスケットを食べながらの文句。

 だけどそろそろ、あの二人には事件が起きるはずなのです。なぜならボクが、冒険者ギルドに仕事を依頼したから。


「ラブ心を一歩前進させるために、二人に絡む悪漢的なものを用意してあります。アルデ、ふくだんちょーに良いトコみせてよ!?」


 両こぶしを力強く握るララリル。

 すると、食事をしている二人の元に、筋骨隆々の大男たち(4人)が近づいていくところだった。よしよし予定通りなのです、とララリルはニンマリ笑う。


「おいおいおーい、イチャついてくれてるじゃねーかぁ?」


 リーダー格の大男が、二人の前に出て大声を上げた。ララリルの仕掛けたドッキリメンバーたちである。


「おうおう、気に入らねえなぁ、こういった公共の場で仲睦まじく! それって、寂しい男性諸氏の気持ちを傷つける暴力行為じゃないのかい!?」


 絵に描いたような因縁で、わざとらしく二人に絡んでいく大男たち。

 ララリルはガッツポーズで、そんな彼らを応援している。


「よしよしやるですよ! そしてアルデ、ふくだんちょーを守ってあげて!」


 ララリルの声が聞こえたわけでもあるまいが、アルデは眉をひそめて四人の大男たちへと目をやった。


「なんだおまえたち?」

「なんだ? じゃなくてよおぉぉお!?」


 思いっきり表情を歪めてアルデを睨みつけるリーダー格の大男だ。

 予定では適当にアルデとやりあったのちに、ほうほうの体で逃げ出す予定だったのだが。


「やあおまえたち。随分と元気そうじゃあないか」

「げっ!? ミリシアさん!」


 アルデの横で冷ややかな目をしたミリシアを見て、固まってしまう。


「なんだミリシア、知り合いか?」

「冒険者ギルドの連中だよ。こんなナリして気はいい奴らなんだが」


 言いつつ、ミリシアはジロリ。大男たちを睨む。

 大男たちはたじろいた。


「どういうつもりだ? 説明して貰おうか」

「す、すいやせん! まさか相手がミリシアさんだとは思わずに! それだけは勘弁を!」

「いいや勘弁できないな。答えられないならギルドの方へと報告させて貰うことになるぞ。おまえたちがこういう絡み方をしてきたのだが、と」

「そ、それもご勘弁を!」


 じゃあ言うんだ、とミリシアに凄まれて、リーダー格の大男は計画を白状してしまった。


「仕事? ララリルが依頼?」

「へ、へい……」


 いぶかしがるアルデにリーダー格の大男がしょぼくれた顔で答える。


「勘弁してください。依頼主の嬢ちゃんなら今も俺たちを監視してるはずでして、バレたとあっちゃあ俺たちの立場が……」


 アルデとミリシアはキョロキョロと周囲を見渡した。

 その結果、中央広場の外れ、木の陰にどことなく見覚えのある背格好の少女を見つけたのである。

 とても遠い距離であるのに二人と目が合うと、ララリルはピャーっと逃げ出した。


「あのやろう、逃げた」

「なんのつもりなのだか、ララリルちゃん」

「本人に聞けばいい。悪戯としても念が入ってるしな」


 アルデは席を立った。ミリシアも続く。


「えっとミリシアさん……、俺たちは……?」

「仕事はキャンセル扱いだな、さあギルドへ報告しに戻るんだ」


 大男たちを置き去りにして、二人はララリルを追い掛ける。

 追われていることに気がついたララリルが、チョロチョロと人混みの中へと紛れていった。


「あんにゃろ、本気で逃げるつもりだぞ」

「どうせ屯所でまた顔を合わせるのだがねぇ」


 憮然とした顔のアルデと、苦笑いを浮かべているミリシア。

 二人はそれでもララリルの姿をどうにか見つけては走り、見失っては立ち止まりを繰り返す。


「あーもう、なんなんだ。捕まえたらとっちめてやる」

「ララリルちゃん、意外に隠密行動に向いてそうだ」


 すぐ見失う。また見つける。中央広場から大通りへ、大通りから路地裏へ。

 繰り返すうちに、ミリシアは笑顔になっていた。


「あはは。なんだかオニゴッコをしているみたいで楽しいな」

「子供じゃないんだぞ俺たちは」

「ふふ、童心に帰ったみたいではある。お、見ろアルデ、ララリルちゃんが高台への階段を昇っている」


 ララリルを追い掛けて、王都の高台へとやってきた二人。

 この先の小山には王城があるのだが、そこへは一般人は入ることができない。

 普通に入れる中では一番高いところで、石柵のある崖際から見下ろす街の景色は絶景と言えた。


「また見失ってしまったな」

「すばしこい奴だ」


 二人は、やや息を切らせながら崖際の石柵に肘を掛けた。

 高いところにいるから、というわけではなかろうが、吸い込む空気が美味い。ミリシアが楽しそうに、崖際を向いて大きな深呼吸をした。


「うん。ここはいつ来ても気持ちがいい。見てみろアルデ、私たちがさっきまで食事をしていた中央広場でさえ、あんな遠く小さいぞ」

「おいおい、俺たちはララリルを追ってきてるんだぞ?」


 口を尖らして不満げなアルデに、ミリシアが笑う。


「もうどうでもいいじゃないか。ほら、あそこが屯所だ。今ごろ皆は稽古に勤しんでいるのだろうな」


 あそこが今日行った武器屋、あっちが鍛冶工房。

 今日行ったところを順に指差してみせるミリシアだ。

 風に揺れる長い銀髪を片手で整えながら楽しそうにしている彼女に、アルデは「仕方ないな」とばかりの困った笑顔を向ける。


「まあ……、確かに絶景ではある」

「だろう? 私はたまにここへきて、この景色を眺めるのが好きでね」


 自分がやらねばならぬことを、再認識できるのだとミリシアは言う。

 彼女の仕事は民を守ること。彼らの生活を守ること。


 騎士団は街の警備組織ではないが、有事の際には真っ先に矢面に立つ。

 魔物による災害。地方にまだ蔓延する盗賊団の悪行。そして戦争を含む闘争。


「アルデにもララリルちゃんにも、この景色は見ておいて貰いたかったんだ。なあアルデ、これが私たちの街、エインヘイルだよ、とね」


 そういって振り向いてきたミリシアに、アルデは頭を掻きながらうなづいた。


「平和な景色だな」

「そうだ、平和な景色だ」

「おまえたちは、この景色を守るために戦っているのか」

「ああ」


 誇らしげなミリシアだったが、次の瞬間、急にシュンと肩を落としたかと思うと自嘲気味の笑顔になる。


「……すまなかったな、アルデ」

「ん?」

「ララリルちゃんから聞いた。団長と戦ったのは私の為だったそうじゃないか」

「ああ、いや。別に俺は――」


 返答に窮しているアルデの言葉を待たずに、ミリシアは続けた。


「どうしてもキミをリーダル・エインに入れたくて、ララリルちゃんと策を練ったんだ。カイム団長にも協力してもらって」

「…………」

「私はキミの剣術を埋もれさせたくなかったし、キミに稽古をつけてもらえる環境も欲しかった。私はキミの迷惑など顧みずに勝手をしていただけなのに、キミは私のために」


 頭を下げようとするミリシアを、アルデが止める。


「気にすんな」


 ニッと笑い。


「結果として、俺はタダで鍛冶ができる環境を手に入れることができた。満更でもないぞ」

「アルデ……」

「ほら、そんな顔してないで笑え笑え。さっきまでご機嫌だったじゃないか。俺は得をした、おまえらも、どうやら得を感じている。それでいいじゃないか、両得だ」


 おどけた調子のアルデに、ミリシアの笑顔も戻ってきた。クスリ、と笑う。


「そうか。うん、そうだな」

「そうだろ?」


 アルデは両腕を組む。


「いい景色だよ、おまえたちが守ってきたこの景色は」

「ああ。そしてこれから先は、キミの中で『おまえたち』ではなく『俺たち』になっていってくれることを、私は望んでいるよ」


 一瞬、ポカンとした顔で大口を開けて、アルデ。

 ――やがて苦笑した。


「俺たち、か。……まだ自覚は持てないな」

「いいんだ、これからだ」


 笑顔でそう言われて、アルデはやっぱり頭を掻いた。

 二人は笑いあったのだった。


 ◇◆◇◆


(良い雰囲気ですなぁ)


 と、これは近くで潜伏していたララリルの心の声だ。

 共感は興味へと変化し、興味は好意へと昇華させることができる。

 そんなことを言っていたのは誰だっただろう。ララリルはそんなことを思い出しながら、うふふ、とうなづいた。


(去りましょう。これ以上眺めているのはヤボというものかもしれませんから!)


 そういってこの場から下がろうとした彼女の背に、ドン、となにか大きなものがぶつかった。


「いってぇな」


 片目眼帯の大きな男がジロリと睨む。


「なんだ糞ガキ、どこ見て歩こうとしてやがるんだ」

「これは失礼しました! ごめんなさい!」


 ララリルがペコリ、と謝るも。


「ごめんで済んだら警備隊は要らねえ。おいガキ、良い身なりしてるじゃねーか。金出せ、金」


 剣呑な雰囲気の大男が四人、ララリルを囲んでいく。

 暴漢どもが現れたのだった。



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