第6話 sideララリル

 クッキーぽりぽり。

 にへら、と笑う。


 ララリルはご機嫌だ。あてがわれた部屋で、ベッドに寝っ転がっている。


「うまくいきましたねぇ、ふくだんちょー」

「ララリルちゃんの言った通りだったな。アルデは鍛冶への拘りが強いから、そっちで釣ろう、って」


 ここは元ミリシアの私室だった。

 女性士官用の個室、一人にはやや広かったその部屋に、ララリルは同室としてあてがわれたのだ。それは彼女がまだ13歳という若さだということもあるが、なによりミリシアがララリルの面倒を見ることを望んだからでもある。


 二人は『アルデ入団計画』を通じて、より一層親睦を深めていた。いってしまえば、すでに仲良しだ。ララリルと同じくベッドの上に寝転がっているミリシアの手がクッキーを探して彷徨っていると、ララリルがその手にクッキーを掴ませる。


「不思議なものだ。あれだけ剣の腕が立つなら、真剣にやっているという鍛冶の方だってひと角の技術レベルに立っていても不思議がないのに。見せてもらったあの剣の束は、確かにどれもひどかった」

「でしょー? ほんとアルデの鍛冶は下手の横好きなんだよ」


 二人は寝っ転がったまま、視線も合わせずにポリポリのクッキー天国だ。

 くつろいだ空気が部屋を満たしていた。


「あまりにも役に立たないし売れなくてねー。それもあって村に馴染めなくて」

「ララリルちゃんとは凄く仲良しなのに?」

「ボクはアルデ大好きだもん!」


 なるほどな、と笑うミリシアだ。

 ミリシアがベッドの上で身体を横にして、ララリルの方を向く。


「聞きたかったのだが、ララリルちゃんはどういう切欠でアルデに剣を習い始めたんだ?」

「あ、それ聞いてしまいますか」


 ララリルもミリシアに向き合うように身体を動かした。

 子供とは思えないくらい、懐かしそうな顔を見せて微笑む。


「ボクね、剣を習う前から、なぜか結構強かったんだ」


 得意げ、というよりは少し恥ずかしそうな顔でそういうララリル。

 彼女は続けた。それもあって小さいころ調子に乗り、村の外の魔物を狩っていたのだと。


 村を守っているつもりだったらしい。

 魔物を倒すことは怖くない。弱いと思っていたほどだ。

 毎日朝から日が落ちるまで、外でお弁当を食べながら警備を続ける。

 魔物を倒すことは、イコール村を守ること。誇らしい気持ちだった。


「でもね、結局のところボクは舐めてたんだよ」


 剣を。魔物を。そして人を。

 その日彼女を襲ったのは魔物ではなく、人だった。


 村の近くで様子を見ていた野盗どもだ。

 十人を超える男たちの群れに、彼女は為す術もなく捕まってしまった。

 幼くとも女の子は奴隷として売れる。そういう目的で、野党どもは彼女を捕らえたのだった。


「ボクは怖くて叫んだ。騒いだ。でも当然だけど野盗たちは笑っているだけで」


 そんなとき、どこからともなく現れたのがアルデだったという。


「アルデはそのとき、山のように売れ残りの剣を背負っていてね」


 ララリルはクスクスと笑いだす。


「突然野盗たちと交渉をし始めたんだ。その剣を買わないか、って」

「ええ? 盗賊相手だろう? なぜそんなことを」

「近くの街まで行って売れ残っちゃったからね、困ってたんじゃないかな」

「いやそういう意味ではなくて……」

「盗賊たちも言ってたよ。そんなこと聞いてないって」


 盗賊たちはアルデの申し出を断った。

 当然なのだ。彼らはアルデと交渉する必要なんてない立場、欲しければ奪えばよいだけなのだから。ゆえにアルデから一方的に奪おうとした。しかし。


「なんだこのなまくら」


 盗賊たちは笑ったという。そして、全ての剣をアルデに返した。要らないというのだ。鉄は金になるが、今の彼らには邪魔になる。だから返してやる、と。運がよかったなそのまま去れ、とアルデを笑った。


「ア、アルデはどうしたの!?」


 興味津々な顔でミリシアがララリルの顔を見た。

 ララリルはニッと笑い。


「アルデは言ったよ『ムカつくなぁ、おまえら』って。そしてボクの顔をみた。『別におまえを助けようってわけじゃない』ってね」


 アルデは面白くもなさそうに続けたという。


「ちょっと腹が立ったから、やるだけだ」


 腰から刀を抜き、一閃。一瞬で半数の野盗を倒した。もう一瞬で、全ての野盗を倒した。

 倒れた野盗たちの身体を山と積み、アルデは刀を収める。


「峰打ちだ、子供が見ているからな」


 そう言って野盗たちを縛り上げたという。


「……それからアルデはボクに聞いてきたんだ。怖かったか? って」


 うん、とララリルが答えると、アルデは彼女の頭を撫でた。


「怖い、を知るのは良い勉強だ。おまえは一つ強くなった」


 ――――。

 それからなんだ、とララリルは嬉しそうに目を瞑った。

 ボクがアルデを追い掛け始めたのは。


 アルデの工房に押し掛けた。

 苦い顔をしているアルデの元に、毎日二人分のお弁当を持参で押し掛けた。

 当時アルデは毎日の食事にも困っていた状態だったので、三日目には餌付けに成功した。ボクはアルデに剣を習うことができた。そして、初めて剣で敗北感を味わった。


 ずっとずっとアルデを追い掛けてる。

 アルデは凄い。でもその凄さを、村の人は全然わかってくれない。巧くもならない鍛冶を延々続けているだけの半端者、そう思われ続けている。


 剣の腕を計れる者が、この村には居ないから。

 あんなに強いのに、ちょっと剣が扱えるくらいに思われてしまっているのが悔しい。

 もっと尊敬されて欲しいのだけど、ボクが皆にそう言えば言うほど、贔屓目扱いにされてしまうのが悔しい。


 それなら、アルデを大きな舞台に引きずり出すしかないじゃないか。

 ボクは頑張ったぞ。リーダル・エインに認められて、ふくだんちょーに認めてもらって。


 そしたらほらやっぱり!

 ふくだんちょーはアルデの凄さをわかってくれた。一緒にアルデを引っ張り出してくれた。村の皆に言ってやりたい、ほらねアルデは凄かったでしょ? って!

 ――――。


「……ララリルちゃん?」


 不思議そうな顔で自分を見つめてくるミリシアの視線を受けて、ララリルは我に返った。

 今はふくだんちょーと喋ってるときだった。

 自分で自分の頭をコツンと軽く叩いて、ララリルは小さく舌を出す。


「ままま。その事件を切欠に、ボクはアルデに剣を習い始めたんだよ」

「なるほどね」


 ミリシアが面白そうに頷いた。


「ちょっと腹が立っただけ、て。ふふ、なにか理由を作らないと人助けが恥ずかしいのかな、アルデは」

「どうにも素直じゃないんだよね」

「はは、確かにそんな感じだ」


 笑うミリシア。

 ララリルは嬉しく思った。アルデの話題で、こんなに楽しく喋れる相手ができた。アルデの凄さを共有できる相手ができた。ああ本当に嬉しい。――よし!


 ――次の目標は、アルデのお嫁さん探しだ。アルデは幸せになるべき。

 ララリルは握り拳を作った。


「ふくだんちょー」

「なんだい?」

「アルデのことをどう思うですか?」

「ん? とても強いと思うよ、ぜひ私もご指導賜りたいものだ」


 力強く答えるミリシアの声に、色気はない。

 ララリルはしょぼーん。

 ふくだんちょーとアルデは相性良さそうに思うんだけどなー、と唇を尖らせた。


「そうでしたね、まだ早いんですよね」

「なにがだい?」

「いえいえこちらのことで」


 と、そのとき。コンコン、と部屋のドアがノックされた。

 ベッドに寝転がっていたミリシアが身体を起こしてドアへと向かっていく。


「はい、どちらさま?」

「アルデだ。ちょっといいか?」

「ちょっと待ってくれ」


 ミリシアは衣服を整え、ララリルにも確認してからドアを開けた。


「どうぞアルデ」

「いや、ここで構わんよ。実はミリシアに頼みたいことがあって」

「ほう?」


 ミリシアに促されてアルデは話し出した。

 騎士団の鍛冶となったのはいいが、現状道具も材料もない。仕入れができる店の案内を頼みたいのだと、彼は言う。


「ふむ案内か。わかった、明後日でもいいかいアルデ?」

「もちろん。予定はそちらに合わせるつもりだ、まかせる」

「じゃあ、ララリルちゃんの武器などもその日一緒に見に行くか」


 ララリルの顔が、ぱぁっと明るくなる。


「三人でお出掛けですか!?」

「そうだよお出掛けだララリルちゃん」


 ピコーンと閃いたララリルだ。もしボクが途中で抜ければ……二人はデート状態!?

 カッと目が見開かれる。ララリルは二人をギン! と見据えて。


「行きます、行きましょう、行きますれば!」

「お、おう」

「き、気合入ってるねララリルちゃん」


 気合入りますとも! とララリルはニンマリ笑った。

 明後日は二人のデート大作戦なのだから。


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ラブコメっぽい要素も入れたい作者なのです。デート大作戦を応援したい、みたい、と仰って下さる方は☆やフォローを入れて下さいますとララリルも喜ぶと思います。作者も喜びます。

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