第5話 団長カイム

「団長が……!?」「そんなことってあるのか!?」


 ざわざわとした呟きが中庭に広がっていく中、カイムは木刀と盾を構えなおした。

 一本を取ったアルデが、カイムにまだ続けるかと聞いたのだ。

 カイムは一旦深呼吸をしたのち、アルデの顔を見た。


「ならば続けさせて貰おう。簡単に負けてよい身でもないのでね」

「そうか」


 アルデもまた、半身に構えなおす。


「ところで、衝撃波の威力減衰をどうやって見抜いたのだ? 後学の為に良ければお聞きしたい」

「砂だよ」

「……砂?」

「そう、さっきの砂蹴りだ」


 淡々と続けるアルデ。


「あれは別に目潰しが目的じゃなかった。砂を衝撃波で払って貰うために蹴ったんだ」

「……なるほど、そういうことか」

「そういうことさ」


 これ以上は言う必要もあるまい、という顔でアルデは口をつぐむ。。

 彼は、自分が蹴った砂の弾かれ方で、衝撃波の距離ごとの威力を計ったのだった。

 砂の散り方で、衝撃波の終わり際には大きな威力がなさそうだと見破り、そこだけを受けつつ接近する、という戦法をとったわけである。


「本当に見事だ。次は気を付けさせて貰う」


 シャッ! 再び遠方から衝撃波で牽制し始めるカイム。

 アルデは眉をひそめた。


「同じ手……? いや、違うか」


 さっきまでよりも、衝撃波が強い。ひと振りに威力が込められていた。


「これなら、多少厄介だろう?」

「模擬戦の域を超えてないかこれ? 当たったら普通に大怪我しそうだが」

「貴殿なら大丈夫と思ってね」

「舐めるのをやめた、というところか」


 困り顔で苦笑し、アルデは前に出てみる。

 木刀を両手持ちし、衝撃派を受け止めてみるも。


「うおっ!?」


 重い。受けた途端に後方へと吹き飛ばされた。アルデが想定した以上の威力が、その衝撃波には込められていた。


「やるじゃないか、団長さん」

「みっともないところばかり見せられないのでね」


 カイムはニッと笑い、大振りに剣を薙ぎ衝撃波を発生させていく。

 同時にアルデも、この連続牽制の弱点を見切った。

 より威力を乗せるため、さっきまでより確実に振りが大きい。次発を打つまでの隙が、少しだけ大きくなっている。


 アルデは衝撃波の間合いギリギリを見切り、その隙の間に接近を試みる。

 果たしてそれは成功し、彼の木刀をカイムはシールドで受けることになった。


「見切りが早すぎだろう。そう確かにこの加減で使う衝撃波は隙が少し大きい」

「本来なら隙の少ない弱衝撃波を交えて、もっと緩急織り交ぜて使うのだろう? 俺を威嚇するためとはいえ連続で振り過ぎたな」


 接近したはいいが、ポコンとするにはカイムの集中が強い。

 そのためアルデは、木刀による連撃に精を出した。この距離であの衝撃波を食らったら致命傷だ、だから大技たる衝撃波を封じる意図もあり連続で斬りこんでいく。


 カイムはアルデの斬撃を盾で受け、木剣で受け、時に肩へと掠らせる。

 彼もまた、アルデの攻撃をギリギリの距離で避けるレベルに見切っていた。

 ギャラリーが沸騰する。


「さすが団長だ、油断してなければあんなことにはならない!」

「接近していったよそ者が今度は押されてないか!?」

「やれー団長、やってくれー!」


 なるほど押されている。アルデは耳に入ってきたギャラリーの声を肯定した。

 さすがリーダル・エインの団長を務めるだけはある。素直に感心しながら、まずはあの盾を割ることに決めた。


 盾が邪魔だ。面でこちらの木刀を受けられる分だけ余裕ができ、そのできた余裕を攻撃意識へとリソース変換している。だからせっかく接近したのに手数で上回られる。


 アルデが盾を割る為に木刀を両手持ちした、そのとき。


「させんよ」


 カイムは、ドン、とシールドを前に突き出した。


「ぬあっ!?」


 両手持ちで受けなかったら、木刀を手から弾き飛ばされていただろう。

 そんな大威力のシールドバッシュ。いや。


 それはまた、盾による衝撃波攻撃なのだった。

アルデの身体が浮く。吹き飛ばされて、また距離を置かれてしまった。

 再び、カイムの横振りからの衝撃波攻撃が始まる。今度は、アルデの言葉通り強弱織り交ぜられていて、隙をつけない。


「振り出しに戻ったが、どうするね?」


 問われたアルデは頭を掻いた。

 少し考える素振りを見せて、一歩退く。


「……仕方ねえなぁ」


 アルデは腰を落とし、木刀を腰に据えて構えた。

 身体を捻じったその構えは、イアイジュツの一種だ。しかしこの場にいる誰一人として、そのことを知る者はいない。アルデでさえも、だ。


 彼は、この『型』を倣っただけだ。覚えただけだ。

 ニホントーを使う、彼の恩師の姿を見て。


 明らかに雰囲気の変わったアルデの姿に、カイムが息を呑んだ。

 今、衝撃波による牽制をすればその型を崩せるかもしれない。

 しかし、もうカイムは魅せられている。大地を踏みしめ腰を落としたアルデの構えは、それほどに美しい。カイムの心を躍らせてしまった。こうなると、もう見ているしかない。アルデの技を。


 同じく、ララリルも魅入られていた。

 応援の声すら出ずに、唾を飲み込む。

 いや、彼女だけではない。中庭にいる全ての者、この試合を見ている者全てが今、アルデの構えに魅了されてしまっていた。


 ドン、ドン、ドン、と響いていた音も止まり、静寂がその一角を支配する。

 聞こえるのは、たまに吹く風がざわめかせる葉擦れの音のみ。ざざぁ、と木が揺れる。

 誰もが言葉を忘れた、そのとき。


「いくぞ」


 目を細めたアルデが、さらに腰を捻じった。

 腰に木刀を構え、抜刀の姿勢。


 誰もが息を呑む。対峙しているカイムはもちろん、長年アルデの傍にいたはずのララリルさえも。――が。


「……いや」


 独りごちたアルデが、突然構えを解いた。


「俺の負けだカイム団長、ミスリル鉱は諦めよう」


 突然の宣言で、勝負がついたのだった。


「……それで、構わないのか?」

「ああ」


 アルデがそういうと、カイムも構えを解いた。

 そんなカイムにアルデは頭を下げる。


「全てなかった話として貰えると助かる」


 副団長の越権も、ということか。カイムはいちいちそんなことを確認したりはしない。

 ただ、「わかった」と頷く。これにより、ミリシアの問題も解決したのだった。


「では失礼する。ララリル、頑張れよ」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってよアルデ!」


 ララリルがアルデの服の裾を引っ張った。


「あれで終わりじゃないでしょ? アルデが負けるわけないじゃん!」

「買い被りだ、俺はしがない鍛冶屋。そういっただろララリル」

「納得いかないぞー!」


 周囲の団員も、ざわついていた。

 突然の敗北宣言に納得いかなさそうな者は、多い。アルデがなんらかの大技を途中でやめたのは明白だ。


「負け宣言だと?」「隠し玉の技がまだあったんだろ?」「どうしたってんだ突然」


 そんなギャラリーの声に同調するララリルだった。


「最後まで技を出し切って勝敗を語ってよアルデ、これじゃ不完全燃焼だよ!」


 カイムはララリルに寄っていくと、その頭を撫でる。


「私も納得いってないがね、アルデ殿がああいうのだから、仕方ない」

「むむーん」

「そういうわけだ。それじゃあなララリル、達者でやれ」


 去ろうとするアルデの背に向かって、ララリルが飛びついていった。


「やっぱりダメ! せめてアルデ、ボクの入団に同席してよ!」

「あん?」

「ボクこう見えても13歳の子供だからね。分別ある大人に入団条件なんかの確認をお願いしたいんだ」

「……分別ある大人?」


 アルデは苦笑しながら、自分のことを指差した。

 ララリルは笑う。


「とりあえず大人! だってボク、まだ読めない字も多いし!」

「あーな」


 苦笑したままうなずくアルデだ。


「わかったよ、付き合ってやる。良いかな、カイム団長?」

「もちろんだよ。では談話室に行こうか」


 ◇◆◇◆


 談話室では長椅子に寝転んだミリシアが、お茶を飲みながら甘い焼き菓子をポリポリ食べてくつろいでいた。突然入ってきたカイムたちに驚きの声を上げるミリシア。


「カ、カイム団長! どうしてこちらに!」

「団長室は改装中でね。ここで契約手続きをしようと思って」

「い、いま片付けまふ!」


 口の中に頬張った焼き菓子のせいで、言葉が変なミリシアだった。

 アルデが苦笑しているのを見て、ミリシアの顔が赤くなる。


「な、なんだアルデ! なにか言いたいことでもあるのか!?」

「別に。……あ、いや、俺もお茶と菓子を貰えると嬉しいな。ちょっと疲れた」

「構わんぞ。ララリルちゃんと団長もどうぞ」


 と、皆の分の焼き菓子とお茶を揃えるミリシアだった。

 そんな彼女が、ララリルにお茶を出すとき小声で問う。


(どうだったララリルちゃん? 団長とアルデは戦った?)

(戦いました。でも……)


 ひそひそと、さらに小さな声で二人。

 だがミリシアが突然大きな声を上げた。


「えっ! アルデが負けた!?」


 ギョっとした顔で彼女はアルデの方を見る。


「なんで! どうして負けたのだアルデ!」

「大丈夫だミリシア、おまえの名誉は守ってある」

「そういう話ではなくて!」


 ミリシアとララリルの二人に見つめられるアルデ。彼は苦笑しながら頭を掻いた。


「おいおい、天下の騎士団リーダル・エインの団長に、俺如きが勝てるかよ」

「「勝てるでしょ!」」


 女子二人の声がハモった。

 その後、横に座っているカイム団長に対してメチャクチャ無礼なことを言っていることを自覚したのか、二人とも黙って小さくなる。

 ははは、とカイムが笑ってみせた。


「アルデ殿。この二人はキミの勝利を疑ってなかったようだぞ?」

「ホント買い被りがすぎる。俺は鍛冶屋が本業なんだ」

「……果たして買い被りかどうか」


 カイムはお茶に口を付けながら言った。


「先ほどの試合、私の負けだな」

「バカな話を。さっきも言ったはずだ、俺の負けだ、と」

「そもそも私は最初に一本取られている。それに最後の技も……」


 カイムは少し苦々しげに。


「アルデ殿はなんらかの理由で技を止めたが、もし発動されてたら、私はきっと」

「んなこたーありません。言い訳の余地もなく俺の負けですよ」

「そういうことにしておいてもいい。だが、私としてはこれを借りと考えている。団長が皆の前で、一方的な負けを期するわけにもいかないからな。配慮を感謝する」

「別にそんなつもりじゃ」


 困り顔のアルデを無視して、カイムはミリシアとララリルの方を向いた。


貴女きじょたちの勝ちだな。アルデ殿は、見事私の興味を惹いてくれた。私は今、アルデ殿を我が騎士団に迎えたいと考えている」


 女子二人の顔が、ぱあぁ、と明るくなる。


「じゃ、じゃあ!」


 とカイムに訊ねたのはミリシアだ。


「お二人の計画、前向きに検討させてもらうよ」


 カイムの言葉に、ララリルがバンザイをした。


「やった、やりました! 大成功ですよふくだんちょー!」

「そうだな、成功だララリルちゃん!」


 パーン、と二人は大喜びで両手を合わせた。アルデは目を丸くしていた。


「どういうことだ?」

「こういうことさ、アルデ殿。我が騎士団リーダル・エインは、キミに入団を乞いたい」

「馬鹿言うな。何度も言うが俺は剣士じゃない、鍛冶屋なんだ」

「そう、鍛冶屋としてだ。我が騎士団の剣を打って貰いたい」

「俺がリーダル・エインの剣を!?」

「そうだ。キミにリーダル・エインの、剣を」


 実はこれ、言葉が一つ抜けている。

 ララリルはニッコニコの笑顔で、頭の中でカイムの言葉を補完した。


(『練習用の』、剣を)


 同時にミリシアも脳内で呟いた。


(練習用の、ね)

(練習用のだが)


 と、これはカイム。

 アルデの打つ剣は、刃があってないようなもの。練習用の鉄剣としては、そこがむしろ美点なのだ。ララリルはそう言ってカイム団長に売り込んでいたのである。


「いや、だがしかし……」

「なにを悩む必要がある。我が団の鍛冶となればミスリル鉱を打つ機会もある、貴殿の修業にもなろう」

「修業……か」

「アルデ。予算騎士団持ちですよ? 資金にあくせくしないで済むですよ?」

「むぅ、ララリル」


 アルデは腕を組んで考え込んだ。

 確かに、剣を打つには金が多く必要で、いつもそれに困っていた。

 なにせ金属である。鉄は庶民にとっては本当に高価で、いつもアルデは金策に困ってもいた。


「それが! なんと! 今なら無料にですよ、アルデ!」


 ララリルがタイミングよく煽ってくる。アルデは決心した。


「そういうことでしたら……」

「ふむ、決まりだな」


 ララリルとミリシアが、長椅子から立ち上がる。


「やった! 決まりだねアルデ!」

「これからよろしく頼む、アルデ!」

「おいおい、俺の仕事は鍛冶だ。そこまでおまえらとは縁がないだろう」

「ははは。鍛冶といっても騎士団員だからな、時間があるときは団の任務や剣の指導などをして貰うことになる」

「は!? カイム団長、それは……!?」


 話が違ってくる、と言おうとしたアルデの先を制し、カイムが肩をすくめる。


「とはいえ、基本はキミの自由だ。こういってはなんだが、破格の待遇だぞ?」


 その破格がどこから来たのか。

 全ては団長がアルデに興味を持ったからだった。


「そう、アルデの自由! アルデに剣の指導を乞うのも、ボクたちの自由! ね、ふくだんちょー?」

「そうだ我々の自由だ」

「お、おい!」


 やったー、と両手を上げて喜ぶララリルなのであった。


 ◇◆◇◆


 契約を終えたアルデとララリルは、正式にリーダル・エインの一員となった。

 明日からは団規に基づき仕事をすることになる。


 談話室を後にしようとするアルデに、カイムが声を掛けた。


「それにしても、ニホントーの使い手とは珍しいものだ。誰に習ったんだね?」

「幼少の頃、旅の剣士に少し」

「少し、少しか。それでそこまで体得できているのだ、まさしく才能というものか」


 感心するカイムに、足を止めたままのアルデが肩をすくめてみせる。


「そんなんじゃない。あいつ……いや、その剣士の教え方がよかっただけさ」

「ほう、是非とも一度会ってみたいものだ、師匠である剣士殿に」

「そいつは無理な話かな」


 アルデは半分だけ振り向いて、カイムと目を合わせる。


「なぜだね」

「もう死んでるんだ、俺の師匠さまは」


 困ったように、アルデは笑った。ララリルがカイムを咎めるように、しー、右手の指を口元に持っていくゼスチャーをした。


「ダメですだんちょー。アルデにその話はタブーですから」

「そうなのか、済まない」

「タブーというか、喋ることがないだけですよ」


 笑いながらも、それ以上の質問は許さないという空気をまとい、アルデは部屋を去っていった。ララリルが唇を尖らせる。


「あーもー、だんちょーが妙な話をするから。今日はもう、きっと部屋から出てきませんよ?」

「どういうことなんだい、ララリル殿?」

「ボクもよく知らないんだけど、どうもアルデの師匠は、なにかの折りにアルデを庇って死んじゃったみたいで」

「なるほど、それは本当に申し訳なかったな」


 曇らせた顔でカイムは言った。

 横にいたミリシアの顔も、痛々しげに曇る。ララリルは、そんなミリシアの顔をじっと見て。


「ちなみに、師匠は女性らしいですヨ。ふくだんちょーどうです気になりますか!?」

「なにがだい?」

「そっかー、まだかー」


 ララリルが残念そうに笑った。隙あらばアルデに女性をくっつけたい彼女なのだ。

 ふふふふふー、と笑い「どうやってくっつけていくかなー」なんて思索するのが楽しくてしかたないララリルなのだった。


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