第4話 騎士団リーダル・エイン

 挨拶と共に伸ばしてきたカイムの手を、アルデは握る。


「すまないな、アルデ殿。伝令役がおしゃべりなせいで団内で妙に噂立ってしまったようだ」

「気にしないでくれ。俺はミスリルを受け取りにきただけだからな」

「ミスリル、ね。ミリシア副団長に話は聞いたよ、なんとも凄腕だそうじゃないか」


 柔らかい表情のカイムだが、目の力が強い。

 射られるような視線を受けてる気持ちを味わいつつ、アルデは頭を掻いた。


「凄腕ってわけでは……鍛冶の合間にちょっと剣を鍛錬していただけだからな」

「ははは。それだけでウチの副団長を倒せるわけがない。いくら才能があっても、だ。実戦経験も豊富なはずだよ」

「買い被りってやつだな。俺はただの鍛冶師だよ」


 アルデは肩を竦めながら、苦い気持ちになっていた。この隊長とやら、頭が良さそうだなぁ、と困ってしまう。頭がいい奴は苦手だ、気がつくと言いくるめられてしまう。

 そんな彼の気持ちを知ってか否か、耳当たりのよい声で団長は言った。


「残念ながらミスリル鉱は渡せないのだ、アルデ殿」

「どういうことだい?」

「確かに、副団長であるミリシアがそんな簡単に負けてしまうような御仁が居るとなれば、その情報にだけでもミスリル鉱を出す価値はあると私も思う。だが、今のところミリシアが『キミに負けた』といい張っているだけという状態でね」


 団長はわざらしく首を振った。


「我々にはにわかに信じづらいのだ、この『三刀のミリシア』がそんなに簡単に負けてしまうのか? と」

「団長ともあろう人間が、副団長たる者の報告を信じない。リーダル・エインはそういう組織ということかい?」

「なかなか痛いところを突く。だがキミも鍛冶屋ならば知っているだろう、ミスリルという鉱石の貴重さを。彼女の一存でどうこうできる素材ではなくてね」


 アルデは「はぁ」と息を吐いた。


「つまり?」

「つまりこういうことだよ。私にも、その腕のほどを確認させてくれないか」

「いやだね面倒くさい」


 不満げな顔のアルデだ。


「ミスリルを貰えないなら、俺は吹聴する。リーダル・エインは約束を破る不誠実な騎士団だ、と」

「キミはそんなことをしない」

「む?」

「かわいいララリル殿がこれから所属する騎士団だからね」


 アルデは片目を瞑って目を逸らすしかなかった。

 うまいことを言ってくる奴だ。やはり頭のいい奴は苦手だよ。

 溜息をつきたい気持ちを我慢して、カイムの言葉を聞き続けるアルデ。カイムはさらに畳み掛けてきた。


「問題もいくつかある。キミの腕を知る者はこの王都には居ない、空言をのたまっているとしか思われないだろうことが一つ。もう一つは――」


 カイムは肩をすくめた。


「話が公になった場合はミリシア・ロードナット副団長を糾弾せざるを得なくなる。彼女は権限がないのに貴重なミスリルを賭けに使ったわけだからね。騎士団の名誉は傷つくが、それ以上に傷つくのは彼女というわけだ」


 アルデが目を細めた。チッ、と舌打ちする。


「まあ、どちらにせよ彼女には責任問題があってね。つまり今、彼女の立場を守れるのはキミだけなのだ。貴殿が私と戦って、強さのほどを私に認めさせるしかない」

「……むかつくなぁ、あんた」


 これだから、頭良さそうな奴は苦手だ。

 やりたくもないのに、また『仕事』が増えてしまった。アルデは疲れた顔をする。


「アルデ! ふくだんちょーかわいそうだよ!」


 ララリルが期待の目でアルデを見た。

 はあぁ、と彼は今度こそ深い溜息をつき。


「別にミリシアの為じゃない」


 念を押すようにララリルに向かって視線を送ってみせる。

 そしてカイムの方を見て、唇を尖らせながら言った。


「ちょっと腹が立ったから、やるだけだ」

「結構。悪くない理由だ」


 カイムが自信に満ちた笑顔のままうなづく。

 アルデは不機嫌そうに。


「俺があんたに勝ったら、当然ミスリル鉱は貰うぞ」

「まあ、そういう筋書きになるかな。自然、ミリシア副団長の名誉も保たれる」

「よし、決まりだ」


 どよっ、と周囲にいたリーダル・エインの騎士たちがざわめいた。

 団長の一騎打ちなぞ、何年ぶりのことであろうか。


「さすがアルデ、大好き!」


 ララリルがピョンとジャンプしてアルデに抱きついた。


「では準備をしようか。」


 カイムがアルデを促して、中庭の中央へと歩いていく。

 こうして二人の手合わせが決まった。


 ◇◆◇◆


 騎士団リーダル・エインの屯所内、その中庭は広かった。

 一面に白砂を敷き詰めた中庭は、団員の武錬場だ。


 しかし今、そこで稽古をしている者はいない。

 中央にいるアルデとカイムを囲むよう外周にズラリ並んでいる。

 ざわざわとひそひそと、二人を見る彼らの声は寄せては返す海の波音にも似ていた。


「副団長を負かしたって本当か?」「根も葉もない噂だろ。あの副団長が負けるなんて」

「じゃあなんで団長と手合わせなんてことになっているのだ?」


 そんな会話があると思えば、


「団長ーっ!」「五年振りか? 団長の一騎討ち」「なんとも楽しみじゃないか」


 単純に楽しんでいるような声もある。

 そんな百人を超える団員に囲まれる中、アルデは団長のカイムに軽口を叩いた。


「さすがに人気だな、団長殿」

「騎士団のトップはこう見えて人望が必須な仕事でね。日々苦労しているものだよ」

「……なのになぜ、ミリシアを貶めるようなことを言ったんだ」

「キミは、窮地の彼女を見捨てるような男じゃないと思って」


 胡乱な目を向けてくるアルデに、団長はどことなく楽しそうな表情で肩を竦めた。


「想像通りでよかったよ。キミは副団長の名誉の為に戦ってくれた」

「いけ好かないな。その『計算しました』って顔が」

「どうしてもキミの能力が気になってね。副団長の言葉だけでなく、実際に見てみたかったんだ。副団長の報告で知ってるが、こうでもしないとキミは戦ってくれなかっただろう?」


 はん、と苦々しげに笑ってみせて、アルデは一旦団長から離れた。そんなアルデに、ララリルが寄ってくる。


「やっぱりアルデはふくだんちょーの為に戦ってくれたね」

「やっぱり、ってなんだよ」

「信じてたよーアルデー」


 にっこにこのララリルがアルデに木刀を渡す。

 それを握りしめながら、アルデは「はぁ」と溜息をついた。


「まったく。皆、物好きにすぎる。俺は細々と鍛冶をしていたいだけなのに」

「アルデは鍛冶より剣士に向いてると思うんだけどなぁ」


 ララリルが両腕を組みながら唇と尖らせる。


「持ってきたあの鉄剣の束、どうするつもりなの? きっと売れないよ?」

「あ、そうだ」


 アルデは忘れていた、という顔で突然カイムの方へと振り返った。


「なあ、団長さん。俺が勝ったらあの鉄剣を全部引き取って貰えないか?」

「構わないよ。わかった、キミが私を満足させてくれたなら全て引き取ろう」

「よし、やる気でてきた」


 アルデがララリルに向かって笑いかける。ララリルは呆れた顔をした。


「ちょっとアルデ! ちゃんと武器屋に売らなくてもいいの!? プライドの問題はどうしたのさ」

「騎士団に納入となれば無為に使われることもないだろ。特に問題はないが」

「い、意外に柔軟」

「ちゃんと金になればまた剣を打てるしな」


 ははは、と笑うアルデだ。

 そこは大事だけどさぁ、とララリルは肩を竦める。


「さて、そうとなったら頑張らないとな」


 アルデは再び前に出て、カイムと向き合うのだった。


 ◇◆◇◆


「準備はもういいのかい?」


 余裕ある笑みを浮かべながら、カイムは木剣を右手にアルデへと話し掛けてくる。

 左手には木製のシールド。彼の装備はオーソドックスなものだった。


「いつでもいいぞ。そっちこそ、鎧を脱がないでいいのか? 木剣での試合に鉄鎧は単なるハンデにしかならないと思うが」

「これは魔法の鎧でね、見た目ほど重くもない。気にしないでくれ」


 黒鉄に金色のラインで、縁取りや文様が記されている。

 確かに見た目よりも重くないのだろう、ガシャガシャと音を鳴らしながらも動きは軽快だ。

 アルデはそんなカイムを見つつ、普段通り片手で木刀を握り半身に構えた。


「片手持ちなのか。ニホントーは両手持ちが通常と聞いていたが」

「ニホントーを知っているのか」

「騎士団の団長っていうのは色々と知識も必要でね。しかしまさか、こんなところで使い手に出会うとはね」

「なに、中途半端に見知ってるだけさ。使い手というにはおこがましい」

「キミにも色々と事情がありそうだ」


 ほんのり笑みを見せたカイムが、盾を前に構えて剣を強く握りしめる。


「誰か開始の合図を! 勝敗は、我々二人が決める!」


 それでよろしいな? とカイムがアルデの方を見た。


「構わんが、俺は騎士でもなければ剣士でもない。どう見ても負けの状態でも認めないかもしれんぞ?」

「そういう御仁を屈服させるというのも面白い」

「はっ」


 アルデが笑った。

 楽しそうに、というよりは迷惑そうな笑いだった。

 それもそのはずで、彼は自分を剣士の類だとは一切思っていない。この後に及んで、鍛冶屋になんて真似をさせてくれてんだ、という思いが強かった。


 買い被って貰っては困るのだ。

 自分はあくまで鍛冶屋であり、剣は己が打つ物を知るための一環として身に着けたに過ぎない。流儀がニホントーのモノであるのは、教わった相手がニホントーの使い手だったからというだけの理由だ。


(それだけの、理由だ)


 アルデは自分に言い聞かせるように、小声でそう呟いた。

 そのとき、カンカンカン、と鉄棒のぶつかり合う音が響く。どうやらこれが、試合開始の合図らしい。カイムの顔が引き締まるのを見て、アルデはそれを理解した。


 ざわざわと煩かった周囲の見物人たちが一斉に黙った。

 静かになった、とアルデが思ったのも一瞬。ドン、と地響きがした。


 ――何事? と思いアルデは思わず周囲を見る。

 すると、見物している騎士団員たちが揃って足を鳴らしていた。


 ドン、ドン、ドン、ドン。

 リズムが地面に刻まれる。


 地を揺るがし、空気を震わせるこの音は、戦の音だ。練武場だった白砂の中庭が、音と共に決闘の場になっていく。


「悪くない雰囲気だろう?」


 周囲に気を取られていたアルデに、カイムが声を掛ける。

 彼はアルデの見せていた隙を突いたりせずに、彼の気を戦いに引き戻した。


「彼らも私たちの戦いに期待をしている。その期待にたがわぬ動きを――」


 カイムが剣を振った。


「お願いするよ!」


 シャッ! と、鋭い横振り。しかし遠い、遠すぎる。

 なんの素振りだ? とアルデは訝しむ。が、次の瞬間に彼は、自分の持つ木刀の切っ先が衝撃で弾かれたことに気づく。


 はっとした顔で、アルデはカイムの顔を見直した。カイムはニッと笑う。


「挨拶ってところだ。目は醒めたかな」

「魔法の剣……いや、衝撃波か」


 カイムの木剣の剣先2メートル、それが先ほどの距離だった。

 その距離を詰めずに、彼は剣を振ったときに発生する衝撃で攻撃してきたのだ。

 アルデは半身のまま、一歩下がった。


「そうそう。間合いに気を付けて」


 カイムは再び鋭い横振り。今度はアルデの元に衝撃は届かなかった。


「驚いた。ミリシアの三刀流といい、あんたの衝撃波といい、リーダル・エインはビックリ人間の集積場かよ?」

「副団長から報告を受けてるよ。木刀で木剣を『叩き斬る』キミも、十分その対象かと思うがね」

「滅相もない」


 シャッ、シャッ、シャッ!

 衝撃波を飛ばしながらカイムは踏み込んでいった。アルデは大きく円を描く形で後ろに下がり、寸でのところで衝撃波を避けていく。


「アルデー! 逃げてばかりじゃ格好悪いよー!」


 ドン、ドン、ドン、という地響きに混ざって、ララリルの声がアルデの耳に届く。

 衝撃波は目に見えないから、ハタから見るとアルデが一方的に距離を取っているだけのように見えるのだ。


「好きに言ってくれる」


 苦笑しながらララリルの方に目をやると、なにやらミリシアがララリルに語り掛けている。するとすぐに、ララリルがまた声を上げた。


「てっかーい! 逃げてアルデー!」


 アルデは噴いた。

 どうやらミリシアが衝撃波という事情をララリルに伝えたのだろう。片手腕をグルグル回しながら、逃げて逃げて、とララリルは声に出す。


「カワイイ応援団だな、アルデ殿!」


 カイムが余裕の笑みでアルデを見ながら衝撃波で攻めてくる。

 アルデは片眉だけを上げて苦笑した。

 ほんと、カワイイものだ。そんなララリルに『逃げてばかりの格好悪いところ』を見せ続けるわけにもいくまい。


「確かに逃げてばかりというのも芸がなかった」

「ほう?」

「少しは行動しよう」


 そういってアルデは、カイムに向かって足元の砂を蹴った。

 が白砂は衝撃波に弾かれて、飛び散る。


「目潰しのつもりか!? 甘いな!」


 笑ったカイムがもう一度、衝撃波を伴う横振りを繰り出してくる。

 ――そこにアルデは。


「甘くて悪かったな」


 一歩、小さく踏み込んでいく。右手で持った木刀が震え、衝撃で衣服が破れる。が、ダメージは少ない。衝撃波を食らいながら、アルデは一気に間合いを詰めた。そのままカイムの頭を。


 ――ぽこん。


 軽く木刀で叩く。

 一瞬で中庭が静かになった。二人の戦いを見ていた団員たちは、驚愕の表情を浮かべて固まった。


「え……っ!?」「いま、あいつなにをした?」「団長の頭を叩いてなかったか?」「いやそんなバカな」


 ざわつく団員たち。皆、驚きで事態を把握できていない。

 団長だけが驚きの表情ながらも、冷静に距離を取り直していた。


「……これが副団長が言っていた貴殿の見切りか。まさか衝撃波の弱くなる部分だけを身に受けて、一気に間合いを詰めてくるとは」

「まだやるかい?」

「続けても、いいのかね?」

「構わんよ」


 おおおおおお、と中庭が大きくどよめいた。勝負は、まだ続く。


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戦ってばかりいるなアルデコイツ…w

あ、はい。そんな声が聞こえてきそうですが、バトル続きます。

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