第3話 王都エインヘイル

「だから言ったのに、持ってくるにしてもそんなたくさん持ってきちゃダメだよって」

「まだ一軒断られただけだ」


 ここは王都エインヘイル、左右に大きな建物が立ち並ぶ街の中央通り。

 フゥと溜息をつくララリルに対し、憮然とした顔でそっぽを向くアルデの姿があった。


「もうちょっと安くしたら?」

「鉄製なんだぞ? 安くしたら足が出る」

「最初は安く卸してさ、まずは信用を買うとかいう方向もあるじゃん」


 アルデが8本の鉄剣を大通り沿いの武器商店に持ち込んで、取引をばっさり断られたところだった。


「あのな、俺はおまえと違って王都で暮らし始めるわけじゃないんだ。長期取引をしたいわけじゃないんだぞ?」

「えー、帰らないで一緒にリーダル・エインに入ろうよー」

「なにいってやがる。俺はミリシアからミスリル鉱を受け取るために王都まで付いてきただけだ。鉱石を貰ったら村に帰る」


 村から馬車で一ヶ月弱。

 ミスリル鉱を渡そうにも手元にないというミリシアの頼みで、アルデは王都まで同行してきた。もちろんこれは、ミリシアとララリルが考えた『アルデ入団計画』の一つである。ミスリル鉱は大変に貴重なものだから、渡すにはアルデに王都まで来てもらう必要があるとミリシアが話したのだ。


 最初は渋っていたアルデだが、ララリルがこの機会に正式にリーダル・エインに入団するからミスリル鉱ついでに付き添って欲しいというと、しぶしぶ承諾したのだった。


「さて、次の店は見る目があるといいのだが」

「見る目があるからお金出さないんだと思うよ。もっと安くしないと」

「俺にもプライドってもんがあるからな。絶対下げない」

「アルデは鍛冶のことになると途端に頑なだよね。他のことにはだいぶ融通利かせるのに」


 そのとき街のどこかで鐘が鳴った。三回の鐘音、ララリルが慌て顔になる。


「あ、そろそろ約束の時間になるよ。アルデ、ふくだんちょーとの待ち合わせ場所にいこう」

「もう一軒、もう一軒だけ先に行こう」

「もー、こういうときのアルデほんとめんどくさいー!」


 ◇◆◇◆


「アルデ、ララリルちゃん。こっちだ!」


 待ち合わせの酒場、奥の席で手を振っていたのはミリシアだ。

 皮鎧ではなく、青黒基調の制服のようなものを着ている。スカート丈は短いが、その下に肌にフィットした長いレギンスを穿いていた。

 ララリルが走る。


「ふくだんちょー!」


 とテーブルに近づいてミリシアに抱きついた。


(首尾はど-ですか?)

(上々よ)


 小声で頷きあう二人なのだ。そこにアルデが遅れて近づいてくる。


「ミスリル鉱を持ってきてくれたのか?」

「すまないアルデ、それがな……」


 ミリシアはアルデに頭を下げた。

 このままアルデにミスリル鉱を渡すことは困難になったのだという。


「どういうことだ」

「団長が言うのだ。私が負けるなんて信じられない、と」

「信じられない、と言われるとなにも反論する術がない」


 苦笑するアルデだった。

 立ち合いを見ていたのはララリルだけ。証拠と呼べるようなものは何一つ示すことができない。リーダル・エイン副団長であるミリシア自身の証言が信じられないと言われたら、どうにもできないのだ。


「副団長の言葉を信じられない団長さんかよ、大丈夫か? おまえの騎士団」

「わ、我が騎士団は決してそんな――、いたたっ!」


 アルデの軽口に不満顔で反論しようとしたミリシアの背中を、ララリルがぎゅーっとつねった。つまりのところ、これはアルデをリーダル・エインに入団させるための策なのだ。そのままララリルは、わざとらしいくらいの慌て顔でミリシアの口元に耳を寄せてみせる。


「なになにふくだんちょー!? アルデを騎士団の屯所まで案内して欲しいって言われたですか!?」

「屯所へ? 俺を?」


 何故だ? と言わんばかりの顔をしてみせるアルデ。


「そ、そうなんだアルデ。団長が、色々と確認したいと言う」

「……でないと、ミスリル鉱を渡せない、と?」

「そういう話になる。すまないが、一緒に来てくれないか?」


 アルデは溜息をついた。

 ミスリル鉱を人質に取られている以上、言い成りになるしかない。苦々しそうな顔をしつつも、目を瞑りながら頷く。


「わかった」


 ミリシアとララリルが目を合わせて軽く笑いあう。

 もちろんこれらは、彼女たちが考えた『アルデを入団させるぞ計画』の一つなのだ。

 まずはリーダル・エインの団長にアルデを引き合わせる。

 どうにかそこで言いくるめて、団長にもアルデの力を見せつける、という算段だ。


「それじゃー屯所にレッツゴー!」


 ララリルが大きな声で宣言したのであった。


 ◇◆◇◆


「あーやだやだ、なんか面倒なことになりそうな気がしてならんよ」

「大丈夫だって!」


 アルデの苦々しい顔と対照的に、ララリルの笑顔。

 ミリシアは表情を殺しながら二人の先を歩いていた。


「屯所はあっちの通りだ。いったん広場に戻ろう」


 一行が歩いていると、数人の子供たちが寄ってきた。


「ミリシアー!」「いつ帰ってきたのー?」「わー!」


 ミリシアの周りをくるくる回る子供たち。


「おっとっと、みんな今日も元気だな」

「げんきー!」

「私がいない間も良い子にしていたか?」

「してた!」「してる!」「もちろん!」

「そうか、じゃあこれをあげよう」


 そういうと、ミリシアはポケットの中からビスケットのようなものを取り出した。


「アカサイの蜂蜜を使った焼き菓子だから、あまくておいしいぞー!?」


 わー! と湧く子供たち。

 ミリシアが順に焼き菓子を配る。配り終えると、パンと手を鳴らした。


「さあいけ、子供たち! しっかり遊んでこい!」

「ありがとーミリシアー!」「いってきまーす!」


 大騒ぎの子供たちが嵐のように去っていく。

 アルデとララリルは、ぽかーん、となってそれを見ていた。

 二人に振り向いたミリシアは楽しそうに苦笑していた。


「申し訳ない、慌ただしかったろ」

「街の子供たちか……、みな幸せそうでなによりだ」


 去っていく子供たちをどこか遠い目で見つめているアルデ。


「王都はだいぶ景気がよくなったんだな。昔は孤児だらけだったのに」

「そうだな。リーダル・エインが王都を変えたんだ。私は小さい頃、団長に憧れたものだった」

「ふくだんちょーは、団長さんが好きですか? ラビングなのです?」


 ひょい、と首を伸ばしたララリルが会話に割り込んできた。

 ミリシアがクスリと笑う。


「そんなんじゃない、ただの憧れさ」

「ふーん」


 ララリルはミリシアとアルデの顔を見比べる。


「なんだよ?」

「相性は悪くなさそうだし、逃したくないんだけどなー」

「なにがだよ」

「いーの、アルデはわかんなくて」


 ララリルは目を細めて笑いつつ、会話を打ち切った。

 そうこうしているうちに一行は広場を抜け、広場北の大通りに入って行く。

 ララリルが二人の元を離れ、小走りに先へと急いだ。


「ほら、ここが騎士団リーダル・エインの屯所だよ!」

「……これがか」


 アルデが息を呑む。

 目の前の『屯所』は、大きく広い壁に囲われていた。


 門構えも立派だ。

 それはとても大きく、見上げるほどのものだ。人間以外のモノが通ることも想定しているような門だな、とアルデは思った。

 広そうな敷地から見て、中には練武場などもあるのだろう。

 規模が大きな騎士団だとは聞いていたが、正直この大きさは、アルデの想像以上だった。


「すごいな。ミスリルを賭けごとに使うような発想もでるわけだ」

「それは遠回しに私をディスっているのか?」

「あ、いや、その」


 ミリシアに睨まれて、アルデは縮こまってしまう。

 そんなアルデを見て、ミリシアは楽しそうにクスクスと笑った。


「まあ入ろう、隊長が待っている」


 ミリシアは門番に「ご苦労さま」と声を掛けると門の中に入っていった。

 アルデたちも続く。ミリシアの連れということで、まったく咎められるとこもなく二人は屯所の中に入っていけた。


 門を抜けた三人は、屯所の中庭に。

 そこは広く、真っ白な地面をした稽古場だった。白いのは白砂を敷き詰めてあるからだ。


 中庭では、50人を超える団員たちが稽古をしていた。

 素振りをする者、相手を見つけ掛かり稽古をしている者、談笑をしている者。

 様々に彼らは身体と技を鍛えていた。


 そんな団員たちが、ミリシアの姿を認識すると動きを止める。

 波紋が広がるように動きを止める者が増えていき、最終的には中庭にいた全ての者が、ミリシアの方に身体を向けて動きを止めたのであった。


「討伐任務、ご苦労さまでしたミリシア副団長!」


 50名を超える団員が、一斉に礼をする。

 ミリシアは軽く右手を上げて応えた。


「気にするな。稽古を続けてくれ!」

「「はい! 稽古に戻ります!」」


 すると礼をした皆は、それぞれが自分のやっていたトレーニングに戻っていく。

 アルデはミリシアの後ろを歩きながら、誰にも聞こえないような小声で一人呟いた。


(……なるほど、これがリーダル・エインの副団長という立場)


 さすが王都の大騎士団、その副団長。

 なるほどな、とアルデは関心した。


「誰か、カイム団長がどこにいるか知らないか!」


 凛々しい声だった。

 さっき子供だちに焼き菓子を配っていたときとはまるで別人。

 どちらが本来の彼女なのだろうか、と考えてアルデは苦笑する。どちらもミリシアに決まっているのだ。


「だんちょーさん、居ませんねぇ」

「ちょっと心当たりをみてくるよ、待ってて貰ってていいかな二人とも」


 また優しい顔に戻ったミリシアだ。

 アルデがうなづくと彼女は中庭から去っていった。


「ふくだんちょーも大変そうだね、アルデ」

「そうだな」


 同意してアルデが苦笑していると、幾人かの団員が近づいてきた。団員たちはララリルに笑顔で話し掛ける。


「おう、ララリルちゃん。今日はどうした、団に入る気になったのかい?」

「はい! お世話になろうかと前向きに考えて、今回はやってきました!」

「そりゃいい! ララリルちゃんの才能は本物だ、少し副団長に鍛えられればすぐに実戦隊に昇格できるよ」


 ララリルの奴、だいぶ顔が売れてるんだな。と微笑ましい気分になるアルデ。

 しかしそんなアルデに、団員たちは針のような視線を流す。


「で、ララリルちゃん。そちらの御仁は?」

「アルデ! とっても強いんだよ!」

「あーね、こいつが……ふん」


 不快な表情を隠しもせずに、団員たちはアルデを見ている。

 どうやら俺は歓迎されていないようだ、アルデは困った顔で目を瞑った。


 ミスリル鉱を手に入れる為にも問題など起こしたくない。

 ここはいったんララリルたちと別れて、どこかに宿でもとりにいくか? 変にララリルと行動を共にして、彼女の評判まで傷つくことがあると拙いしな。

 団長もいないらしいし、また今度顔を出すことにしよう。


 それがいいだろうと思い、ミリシアに声を掛けようと思ったのだが、団員の一人に先を越されてしまったアルデだ。


「なあおまえ、副団長に勝ったって、どんな卑怯な手を使ったんだ?」


 団員の声には不快を通り越して敵意が含まれている。

 これはいかんな、とアルデは無視をして去ろうとした。なにを言っても良い結果に繋がらなさそうだと思ったのだ。しかしそれを許さなかったのは、団員でなくララリルだった。


「ほらアルデ、もっと堂々として!」


 そして団員たちに向く。


「真正面からやりあった結果だよ、アルデは強いからね」

「ララリルちゃん、身内贔屓で目を曇らせたら立派な騎士にはなれない。ミリシア副団長がどうしてそこらにいる鍛冶屋なんかに負けるっていうんだ」


 思ったより情報が回っている。

 俺が鍛冶屋なんてことまで周知されているのか。アルデは髪をクシャと掴んだ。ミリシア――いや、副団長が負けたという話は、団員たちにとってよほどショッキングであり不名誉なことだったのだろう。


「アルデはそんじょそこらにいる鍛冶屋じゃないよ。鍛冶は凄い下手なの才能ない」

「なおさら、そんな程度の男に!」

「だけどその分の才能が剣に寄っちゃった人なんだよ。鍛冶はこの先一生どうにもならないけど、剣で知られていく人なんだ」


 ひどい言われ方だ、あとで覚えてろ。

 苦々しい顔をしたまま、アルデはこの場を去ろうとする。今度はそれを、団員が止める。


「待て! どこへ行く気だ、そこまでの腕なら俺と戦ってみろ! 俺もリーダル・エインの騎士だ、たかが鍛冶屋ごときに負けたりしない!」

「戦う理由がない。また今度な」

「逃げるのか!」

「ああ逃げる」


 勝っても負けてもややこしいことになりそうだしな、と。

 振り返りもせず去ろうとした、そのときだ。


「関心しないぞ。負の感情からの私闘というものは」


 低い男の声。妙に心地好い響きのあるそれが、アルデの横から聞こえてきた。思わずアルデも振り向かずに居られない。そこには黒い鉄鎧を着た長身の男が居た。金髪を豪奢なライオンのようになびかせて、目の力が強い。それでも愛嬌のある表情で、騒いでいた団員をみていた。


「だ、団長!」

「だがまあ、おまえが副団長を敬う気持ちは伝わった。その気持ちは任務で示していくのがいい」

「は、はい! 申し訳ありません!」


 団員の騎士はそういうと、稽古に戻っていった。今彼がするべきことに戻ったのだろう。

 アルデは少しの間、その男から目を離せなかった。

 華がある。声が心に染み込んでくるようだ。――なるほど、これがリーダル・エインの団長。


「アルデ殿だね? 私は団長のカイム・エイゲンスだ。よろしく頼むよ」


 カイムは、そういって笑ったのだった。


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団長ポジ、男でいいのか?本当にいいのか!?

そんなことを言われつつ書いております。お気に召して頂けましたら☆やフォローで応援して頂けますと嬉しいです。

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