第2話 sideミリシア
ミリシア・ロードナット。
彼女は常々思っていた。私は強い、と。
事実、その実力を買われてリーダル・エインの副団長を任されていた彼女だ。
副団長と言えば実戦の要。この日は王都エインヘイルから南方に、馬車隊で一ヶ月ほどの辺境にある『魔の森』で異常発生したというA級モンスター『デッドクロウ・ベア』を討伐した帰り道だった。
いわゆる『いつもの仕事』だった。
違ったのは、ミリシアがなんの気なしに一人で個人的な寄り道をしたことくらいだ。
彼女は隊長補佐に隊を任せて、個人的に目を掛けていた新規団員候補のララリル・ビスケトの様子をうかがうため、帰り道にある近くの村へと足を運んだのだった。
気分転換のつもりだった。
目を掛けていたのは、まだ10代も前半の少女。
年端もいかぬ身なのに、小柄なのに、その少女は剣の腕が尋常でなく冴えていた。
才能なのだろう。
磨かれつつある宝珠の原石、それが彼女ララリル・ビスケト。
ミリシアは気に入っていた。ララリルとなら、自分もまた切磋琢磨できるかもしれない。そういう個人的な思いがあった。
団でミリシアの相手になるのは、自分より格上の団長だけだ。
しかし団長は、団員と手合わせをしてくれることがほぼない。彼女は今、共に剣の腕を磨ける相手に飢えていたのだ。ララリルはまだ成長途中だが、きっと彼女なら。ミリシアはララリルを強く買っていた。
村に着き、ララリルを訊ね歩いていると、ちょうど彼女が稽古をしている場面に遭遇した。誰かと剣を合わせるらしい。
ミリシアは「おや?」と思った。
ララリルとまともに剣を交えることができる相手が、こんな辺鄙な村に居るというのか、と。
興味が湧いて、こっそり見学することにした。――のだが。
まさかの一撃。
ララリルが突進した際にできた一瞬の体幹のブレを利用して、その男はララリルの攻撃を逸らすと、軽く頭を一発小突いた。実戦ならば、これでララリルは終わりだった。
彼女を負かした相手は『アルデ・ガルドア』。この村に住む鍛冶屋らしい。
鍛冶屋……? 剣士でなく鍛冶屋。困惑はしたが、なるほど、とも思う。だからララリルも遊び半分の稽古なつもりだったのだろう。
むしろ納得できた思い……であるはずだったのだが。
突然ララリルが言うのだ。
「アルデは強いから仕方ないの! そんなこと言うならふくだんちょーも戦ってみて! ふくだんちょーだって絶対負けるから」
冗談かと思って流そうとしていた。
実際、アルデ殿もララリルの言に困っていた。それなのに、彼女は真剣な目で続ける。
「ホントだよ、いくらふくだんちょーといえども、アルデにはぜーったい勝てない
ミリシアは「へーえ」と軽い気持ちで反応した。
ならば是非手合わせをお願いしてやろう。ララリルの勉強にもなる、ミリシアはそう思った。
勝手に自分の後継であり技も競い合えるようになる相手だと期待しているララリルに、一つ手本というものを見せてやろう。そう思ったのだ。
このとき私は、――とミリシアは思う。
軽い気持ちだったのだ。と。
その男と稽古をする、というよりは間接的にララリルへの稽古をつけてやるつもりだっただけなのだ、と。
だからまさか考えていなかった、今後その男に、アルデ・ガルドアに執心していくことになるだなんて。アルデが、自分の人生を変えていくことになるだなんて想像もしていなかった。
ミリシアは完膚なきまでに負けた。
奥の手の三刀流までを出して、全てを凌駕された。アルデには届かなかった。
彼はミリシアの攻撃を全て見た上で、完全に上回る行動を取った。
ああ、とミリシアは思った。衝撃だった。
私は今まで奢っていたと。稽古ができる相手など居ない、と世の中を舐めていた。
いるじゃないか、しっかり。
しかも、自分よりも圧倒的な人間が。
本業は鍛冶屋だというが、そんなことは関係ない。アルデは剣士として、世にもっと知られるべきだ。そう思った。そうならないのは、世の損失だ、とすら思った。
ミリシア・ロードナット。
彼女は常々思っていた、私は強い、と。
だがこの世界には、そんな自分を軽く倒すほど強い者がいるのだ。
だから彼女は喜んだ。自分も、もっともっと強くなれるはずだ。と。
この人から学べば、きっと、今の自分が見知らぬ境地へ。
そうなれる未来を作るため、絶対にこの人をリーダル・エインに入れてみせる。
そして私は、毎日アルデに稽古をつけてもらうのだ。ミリシアは、そう決意したのだった。
◇◆◇◆
その晩、ミリシアがアルデのリーダル・エイン入団計画をララリルに相談すると、ララリルは跳びはねて喜んだ。じゃあ自分も王都に行って入団する、となんの迷いもなく決心してしまった。
二人は意気投合、アルデを騎士団に入団させる計画を楽しそうに語り合ったのだった。
「アルデはこんな小さな村で馬鹿にされてちゃいけない人なんです!」
ララリルは迷いない無邪気な顔で言ったものだ。
「まずはアルデを王都に引っ張り出しましょう!」
「ど、どうやってだねララリルちゃん」
「アルデは熱心な鍛冶屋ですから、そこを突きます!」
「おお!」
期待を込めた目で、ミリシアがごくりと唾を飲み込んだ。
ふふふ、と無邪気な策士顔のララリル。
「つまりですね……」
その日二人は、楽しそうに徹夜したのであった。
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