出来損ない鍛冶師と馬鹿にされるおっさん、うっかり最強魔剣を作ってしまい無自覚無双で剣聖になるしラブコメもする

ちくでん

第1話 おっさん、うっかり無双する

 カーン、カーン、と。焼いて赤熱した鋼を叩く。

 分厚かった鋼を熱で柔らかくして折り曲げる。折り曲げて、また叩く。これを何回も繰り返す。

 早朝から昼前まで、彼の工房からは鋼を叩く甲高い音が絶えない。


 それが彼、アルデ・ガルドアの日常だった。

 そんな中に響く、幼い女の子の声。


「ねえアルデ、戦おうよー」

「いやだ。俺は鍛冶屋なんだ、戦うより剣作る方が好きなんだよ」


 ひと息ついたアルデの服の袖を掴んだのは、同じ村に住んでいるララリル・ビスケット。

 天使のような青い瞳に長い金髪。年齢は13歳で、40歳を超えたアルデとは一回りも二回りも違う少女だ。


「売れない剣しか作れないのに?」

「失礼な奴だな、先月だって一本売れたんだぞ」

「切れなくて安全だから、って練習用にね」


 とても幼い顔立ちで身長も低いが、戦うという一点において彼女は類を見ないほどの才能を持っている。

 既にA級冒険者の資格を持ち、国随一のお抱え騎士団「リーダル・エイン」の候補生として誘われているほどなのだ。

 だから剣を見る目は確かで、つまりアルデの作る剣は本当にそういうことだった。


「けっこー斬れるがなぁ」

「アルデが使ったら木剣だって斬れるでしょ! ほらみて!」


 そこらに置いてあった試作剣を手に取り、ララリルは自分の腕に当てた。それをスッと引く。


「ね、肌になんの跡も残らない」

「うるさいぞ」


 スッとララリルから視線を外して、何事もなかったかのように仕事に集中しようとするアルデだ。しかしララリルがそれを許さない。


「ねえってばー、戦ってよー」

「友達いるだろ。手加減して遊んでこいよララリル」

「手加減つまらない! というか、このごろ大人もみんな相手にならないし。アルデくらいなんだよ戦ってて楽しいの」

「いま忙しい。見てろよ今度こそ最高傑作だ」

「んー、けちー!」


 頬を膨らませたララリルだったが、なにか思いついた顔でスススとアルデの近くに寄っていく。


「それじゃー、一人で魔の森でもいっちゃおうかなー?」

「ダメだぞ、危険だからな」

「えー、でもあの辺のB級ばかりで魔物弱いしぃ?」

「ダメダメ! ……ったく、じゃあこの仕事がひと段落したら一戦だけな。わかったか?」

「えへへー、アルデ大好き!」

「こら剣を叩いてるときにくっつくな、危ない」


 アルデが剣を作っている間、ララリルは楽しそうにその光景を眺めていた。

 赤熱した鋼をアルデがハンマーで叩く度、綺麗な火花が散る。彼女は小さな頃からこの光景を見続けてきた。ずっとアルデのところに入り浸りだった。


 剣の握り方を教わったのも、アルデからだったりする。

 彼は一応鍛冶屋だが、自分で剣も振るう。自分が作ったものを自分で使いこなせないのはイヤだ。それがアルデの口癖であった。戦うのはイヤと言いながら、それなりに鍛錬したらしい。


 ララリルは、全てをアルデから習ったと思っている。

 それは剣に限らず多岐に渡る。だから彼女は、アルデが大好きだ。


「アルデー」

「んー?」

「結婚しないの?」


 アルデはしばらく無言でハンマーを振っていたが、ララリルの「ねーねーねー」が始まったので、重い口を開いた。


「できなかったの。それに知ってるだろ、俺はこの村じゃ未だよそ者扱いだ」

「売れもしない剣ばかり作ってる変人だからね」


 この村に住み始めて十年。それでもアルデは、村に溶け込めていない。弾かれ者と言ってよい。彼が生きていけてるのは、極一部の村人が懇意にしてくれているからだった。

 なまくら造りの偏屈おっさん。

 売れもしない剣をひたすら打っている変人。そういう風に思われている。


「そんなのに嫁ごうなんて女はいないんだよ」

「他の大人はみんな結婚してるのになー」


 これは長くなっていくパターンだ。

 そう思ったアルデは、作業を切り上げて大きく息を吐いた。


「妙なこと聞いてないで、ほらやるぞ」


 アルデは少女に木剣を投げ渡す。

 まだ背の小さい、成長途上のララリルに合わせた少し短めの木剣。

 少女は木剣を受け取ると、青い目を輝かせて笑顔になった。


「いえーい、今日こそアルデから一本取るよー!」

「さぁて、そううまくいくかねぇ」


 顎の無精髭を撫でながらアルデはフンと笑い、壁に立てかけてあった木刀を手にとった。ララリルに渡した木剣とは違い、刀身に軽い反りがある『木刀』だ。アルデはそれを愛用している。


 嬉しそうにハシャぎながら工房を出るララリルの背を見つつ、アルデはめんどくさそうに欠伸をしてそれに続く。


 表に出ると、初夏の日差しが眩しかった。

 日はちょうど中天に差し掛かろうとしている頃、そろそろ昼どきだ。

 工房の裏手に程よい広さの空き地があるので、彼らはいつもそこで剣を振るう。


「よっ、はっ、そいっ」


 ララリルは長い金髪を揺らしながら、剣を試し振りしている。まだ13歳、未成熟な身体つきではある。しかしその剣筋は、かなり堂に入ったもので、風を切る音も鋭い。


「快調快調」

「さすが、かのリーダル・エインにスカウトされているだけある。やるな」

「子供と思わないで来なさい」


 えっへん、と小さな胸を張って、ララリル。


「剣に関してララリルを舐めたことはないぞ」


 頭を掻きながら、アルデ。

 作務衣をはだけて上半身裸になると、汗で湯気が立っている。

 彼は片手で木刀を中段に構えると、半身に立って少女を見た。


「さあこい」


 アルデは鍛冶を生業としているだけあり、歳を感じさせない体つきをしていた。肉の密度を感じさせるその身体は、背が高いこともあって、ララリルにはまるで「壁」のように感じられる。


「いくよ、アルデ」


 ララリルの目つきが変わった。

 それは剣士の目だ、集中した良い目だった。


 アルデは片頬を上げて笑う。これは確かに、子供らと遊ばせるというわけにはいかないだろう。大人だって無理だ。難儀なものだな強いというのも。

 さて、その強いララリルはどう出てくるのか。


「ハアッ!」


 一足でこちらに踏み込んできた。

 いい斬りこみだ、アルデは頷く。だけどこれは彼女のいつもの技、びっくりするには至らない。木刀をララリルの木剣に軽く合わせると、彼女の突進は身体ごと軌道がブレてしまった。そして。


 ――ぽこん。

 逸らした横から、木刀でララリルの頭を軽く小突く。


「ほら、一本。おしまいだ」

「えええっ!?」

「一戦だけっていっただろ。実戦ならおまえはもう動けない、俺の勝ち」

「ずるいっ! アルデずるい!」 


 そういってララリルは闇雲に斬り掛かってゆく。


「舐めてないって言ったのに!」

「舐めてるのはおまえだろ。工夫をしてこい」

「むう」


 とララリルが口を結んでいると、そこに大きな笑い声が聞こえてきた。


「ははは、その方の言う通りだと思うよララリルちゃん」


 木の影から、軽装の皮鎧を着こんだ銀髪赤眼の女性が姿を現した。

 長い銀髪を揺らしながら、目を細めて笑っている。


「強敵には手癖で剣を振っちゃダメだ。そこに意図がないと」

「どちらさまかな?」


 アルデがタオルで汗を拭いながら問うと、答えたのはララリルだった。


「ふくだんちょー!」

「久しぶりだ、ララリルちゃん」


 副団長と呼ばれた女性に、ララリルが走って飛びついた。副団長がララリルの頭を撫でると、少女はえへへと嬉しそうに笑う。


「ふくだんちょーが、なんでこんなとこにいるの?」

「この近くの森で討伐の仕事があったのさ。せっかくだからララリルちゃんの顔を見ていこうと思ってね」

「よくぞ参られました!」


 ララリルに抱きつかれたまま、副団長がアルデの方を向いた。


「ロマリア国第四騎士団リーダル・エイン副団長、ミリシア・ロードナットです」

「アルデ・ガルドアだ。鍛冶屋を営んでるよ」

「いい腕をしてらっしゃる。まさかララリルちゃんが負けるとは思わなかった。良い物を見せて貰いました」


 副団長――ミリシアが笑顔でそういうと、ララリルは「むむむ」と唇を尖らせた。巷ではこの顔を不満げと形容する。


「アルデは強いから仕方ないの! そんなこと言うならふくだんちょーも戦ってみて! ふくだんちょーだって絶対負けるから」

「え?」

「こらララリル、あまり失礼なことを言うもんじゃない」

「アルデは黙る!」


 ジロリと睨んだララリルの目は、有無を言わさない。

 アルデは肩を竦めて作務衣を着直すと、苦笑交じりにその場を去ろうとした。


「ホントだよ、いくらふくだんちょーといえども、アルデにはぜーったい勝てない」

「へーえ」


 ミリシアが目を細めて微笑んだ。

 どうやら本気で言っているみたい、と顎に手を添える彼女は、ちょっと楽しくなってきてしまっている。


「そうか。じゃあ私もちょっと戦ってみよう」

「ぶっ!」


 噴き出したのはアルデだ。


「なに言い出すんだ。子供の戯言を信じるクチか?」

「ふふ。戯言かどうか、試してみるクチかな」

「わー! 戦って戦って、アルデー! ちゃんと本気出してよねー!?」


 小走りにアルデの方に寄ってきたララリルが、アルデの周囲を回り出す。


「本気もなにも、俺はやらないぞ! 戦う理由がなに一つない!」

「えー? ダメダメ、アルデは戦うの!」

「いやだ。言っただろ、俺は戦うより鍛冶をしている方が楽しいって。さっさと飯を食って、午後の仕事に移りたいんだよ」


 ダメダメダーメー、とアルデの服を引っ張るララリルだったが、アルデは気にせず場を去ろうとする。そんな彼の後ろ姿を眺めていたミリシアが口角を上げていった。


「ミスリル鉱」

「うん?」


 唐突に鉱石の名を言われ、アルデはミリシアの方へと振り向いた。


「鍛冶屋を営んでらっしゃるのなら、喉から手が出るほど欲しいものでは?」

「そりゃまあな。特殊鉱石はそうそう手に入らないから」

「試合の対価として、ミスリル鉱を差し上げますよ。ただし私に勝てたらの話ですが」

「……乗った」


 こうして二人は戦うことになった。

 ララリルが工房から木剣を持ってきて、ミリシアに渡す。彼女は木剣を二本手に取った。

 アルデが、ほう、と珍しそうな目でミリシアを見る。


「二刀流なのかい?」

「ええ、まあ。普段使いには」

「それは怖いね。馴染みがない」

「ふふ。実戦だと初見殺しで強いですよ」

「だろうね」


 二刀を両手に構えたミリシアは、さらに三本目の木剣を手にし地に刺した。

「それは?」と聞くアルデ。「実は三刀流でして」ミリシアは笑う。


「馴染みがないどころじゃないぞ」


 苦笑するアルデ。

 会話を終えると、二人はそれぞれに構えた。

 アルデはさっきと同じく、半身で木刀を片手持ち。ミリシアは片方を前に突き出し、もう片方を上段に構える。


「それじゃー始めるよー。いいかなー?」

「いいぞララリル」

「いつでも構わないよ。ララリルちゃん、私のやりようをよく見るんだ」


 ララリルが大きく手を上げて。


「試合、開始ぃーっ!」


 始まった。

 同時にミリシアが動く。身伸歩、一足飛びに間合いを詰める歩法を使い、アルデに近づく。魔法でもなんでもないが、知らぬ者にとっては魔法にも見える高速の接近。


 ――決める、一撃で。

 ミリシアはさっきのアルデ対ララリルの試合を見ていた。あの試合もララリルが開幕飛び込んだ。ミリシアはわざとその試合をなぞっている。


(あの試合、ララリルちゃんは突進の途中で身体の軸がブレた)


 だから、アルデに木剣を逸らされて隙を突かれた。私の突進は甘くない、簡単には攻撃を逸らせないし、ましてや身体のバランスを崩されるなんてありえない。

 突進するなら、こう。

 ミリシアは期待する後進に講義をしてやるつもりで木剣を手にしたのだった。


「見るんだララリルちゃん! 突進するならこうやって――」


 言いざま、――ぽこん。

 ミリシアの頭にアルデの木刀が軽く当たっていた。


「はい、俺の勝ち」

「えっ!?」


 アルデが、いつの間にか自分の横を走り抜けていた。そのことにミリシアは驚愕する。間合いを見誤った? いやそんなはずはない、確かにアルデはもっと先にいたはず。

 じゃあなんで、私は先に頭を叩かれたの?


「な、なんで!?」


 思わずミリシアはアルデに向かって声を出していた。


「ん?」

「なんで貴方はそこにいる!? もっと離れていたはずだ!」

「ああ、そのこと」


 アルデが笑った。


「突進でくるのがわかってたからさ。少しだけ先に動かせてもらったんだよ」

「ど、どうして私が開幕突進をすると……!」

「あんた、ララリルにお手本を見せようとしてたろ? だからきっと、さっきの試合をなぞらえると思って」


「そのくらいで、私の突進が!」


 見切られるはずがない! そう声を上げながら、ミリシアはもう一度アルデに向かっていった。右手で前に突き出した木剣、これは突きながら間を測るもの。

 不意をうたれたアルデは木刀でその木剣を受ける。


「むう」


 二刀なのに、力強い。

 女性とは思えない膂力だった。木剣を受けさせながら力で薙ぎ払い、反撃を許さない。


 そこに、左手の一刀が頭上から襲い掛かる。

 左手の木剣に注力していたアルデは、これを避けるか食らうしかない。

 アルデは避けた。半身が、一瞬だけ崩れる。


「決まりだ、アルデ殿!」


 距離を取ろうとしたアルデ。そこに、『三本目の木剣』が飛んできた。

 ミリシアの長い銀髪がさらに長くなって、三本目の木剣を操っていたのだ。


 寸で。いまやアルデの首筋に、その三本目が届こうかという、そのとき。


「見事」


 アルデが驚きを浮かべた顔で、不敵に笑った。

 目に力が篭る。彼本人は気づいていないが、その目は奇しくも彼がララリルを評した『剣士の目』と同じものだった。強敵を賛ずる目、倒すために集中する目。


 彼が纏う空気が変わった。

 渦を巻くような力の奔流、大地を踏みしめた足を捻じり腰を捻じり、両腕を天へと掲げるように持ち上げた。

 そして木刀を両手で握る。

 ぶるん、と彼の腕の筋肉が震えると、空気も一緒に震え、一気に弾ける。そのまま空から迫る三本目の木剣を、


「応っ!」


 と両断。文字通り、ミリシアの木剣を『断った』。

 折った、というには見事な折れ口。アルデの一刀は、木刀にして木剣を『斬った』のであった。


「あっ!?」


 さらに、ミリシアが持っていた二刀も。

 ミリシアは、武器を失った。

 愕然として、斬られた両の木剣を手から落とす。


「ば、馬鹿な……」


 木刀で、木剣を斬っただと? 折るでなく、斬った?

 そんなことが可能なのだろうか。

 ぼんやりと、ララリルの方を見れば、少女がニッと笑っている。


「ふくだんちょー、これがアルデだよ!」


 最強の鍛冶屋と呼ばれた男の物語がここから始まるのだった。


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