第3話 電子の海のカナタから

 イージス艦とは何か。

 ターター・システムの後継として1970年代に開発された防空システム『イージスシステム』を搭載する海軍艦艇の事を指す。


 フェイズドアレイレーダー『SPY−1』を中核に構成され、探知範囲は500キロ以上、一度に数百の目標を追尾が可能。探知情報を元に一度に十個以上の目標を迎撃する。


 頭の中に宇宙が生まれてきそうな小難しい話だったが、叶多は『飛行機相手に超強い船』ということだけは分かった。


 海のうねりを切り裂き走るそんな戦闘艦の艦橋。青と赤の一段高いシートに腰かけていた叶多は遠い午後の陽光の眩しさに目を細めながら頭の中で呟いた。


 視界にさらりと垂れてくるブルーアッシュの前髪が意識を引き戻す。クスミのない窓に顰めっ面が反射して、その後ろからは副長『エーさん』が不安げな視線を向けていた。


「大丈夫? 怖い顔してたけど……」

「ふぇっ?! あ、すいません」

「上の空になってたぞー。まっ可愛いかったからいいんだけど」


 不意に落ちたそんな感情を吹き飛ばすように彼女がニカと笑い、叶多も応えるように微笑む。


 ここは現実と隔絶された世界。フルダイブVRゲーム『ウォーナーヴァル・オンライン』。


 超硬派系リアル海戦ゲームとしいて知られ、艦船カスタマイズの自由度や広大なマップ、装備や船の特性、乗員の熟練度に至るまでが戦闘へ密接に関わる高度な戦略性が多数のプレイヤーを廃人にした。


 始める前は船の名前や兵器には興味もなかった。唯一知っていたのは現実で振えば命を奪えるほどの強大な力を持っていることくらい。


 だがそんな彼女も栄えあるそんな廃人ゲーマーたちの仲間入りを果たしてしまった。勉強も家族も未来も捨てて没頭した。没頭できた。


 その果てに手に入れた船は八角形の板状のレーダーを四枚持つ高性能システム艦、一般にも知る者は多い世界最強の防空能力を持つと呼び声の高いイージス艦だった。


 時間は大体夜の九時あたりだろうか。必要最低限の食事しか取らない上、寝入る時間も朝方に近い叶多にとったら真昼とそう大差ない時間。


 そして私達『はるな』は、クラン母港の防衛識別圏に単騎で侵入した所属不明艦艇を絶賛追跡中の所。湾内でもかなり深い位置まで来られたが、領海に入りさえすればいつでも沈められる六時の位置を占位している。


 眼前の艦影は中型の漁船クラスで武装も私の駆逐艦とやり合うには乏しい。互いに見合わせられるほどの距離に居ながらも意に介さず悠然と走る姿は無謀の一言に尽きた。


 だが叶多は的同然の敵に訝る。その単調さがやけに匂った。


「艦長、そろそろCICへ」

「わかりました副長。後は頼みますね。操艦はCICから行います。総員、対水上戦闘用意! あっ、それから」


 去り際、その懸念が頭から離れずついぞと振り返って、


「曳航ソナーの展開をお願いします」

「曳航ソナー? 対水上戦闘よね?」

「直感頼りになってしまうんですけど、何かの視線を感じるので」


 首を傾げるエーさんにウィンクをして念を押す。照れるように見惚れていた彼女は不意に「かわいい」と漏らし、背中は彼女の視線から消えていくのだった。

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