第2話 カナタより憎しみを込めて

 校舎と体育館のあわいは学校の小さな闇であった。


 闇に巣食う罵声と暴力。少女『柊 叶多』は唾を体に纏わせながら虚ろ気な目を空に仰いだ。背中は痣が出来るほど殴られて、制服は見窄らしく茶色に汚れている。


「ほら立てよ! おらっ! サンドバック!」

「あんまり傷つけちゃだめだよー。親とか先生に心配されちゃうからーって、そういえば心配してくれる人いなかったもんねぇーキャハハ!」

「金持ってこれなかった罰、もっと体に刻まないとねぇ~」


 見ての通り彼女は虐められている。クラスの中心グループのと不幸なすれ違いがあってから、かれこれ半年はこの惨状だ。


 親や教師に相談しても誰も力になってくれない。物を隠されたり、傷つけられたり、自分ではどうしようもない出来事なのに、誰も私の力になってくれたりはしない。


 今日もその見えざる暴力に打ち倒れた私は、憎いくらいに蒼い空を見る。


 スマホとなけなしの小遣いを取られてしまった。


 真っ青な空に一つ溜息をついてやる。それを聞いた誰かのスマホが通知音を鳴らした時、恐怖で肩を竦ませた。


 溜息を聴かれたらまた虐められる。恐怖で身が竦んだのも束の間、その方へ向いてみるとランプがピコピコと光っていた。


 体育館裏の苔むした土に埋まっていた誰かのスマートフォン。画面に人差し指が触れると、濃紺の海に一隻の船が浮かぶ待ち受けとニュースの通知欄が表示される。


——再び行方不明者が。連続失踪事件との関連は?


 ここ最近、世間を賑わせている事件の記事。普段から明るく真面目に生きていた人間が神隠しのように何処かへ消えてしまう謎めいた事件。


 しかし叶多からしてみれば、表面上はどうであれ『逃げたかったから逃げた』としか思えない。


 心に隠した闇があった。それを知ろうともしない連中が勝手に騒いでいるだけだ。心の中で冷たく言い放ってスマホをその場に戻そうとしたとき、新しいポップが現れる。


——ウォーナーヴァル・オンラインの次期アップデート情報まとめ


 ウォーナーヴァル・オンライン? 気になってその通知をタップする。


 ゲームなんて手に取ったこともない。意識をゲームに接続するフルダイブゲームという単語くらいしか知らない叶多はタイトルを見ても内容はさっぱり想像がつかなかった。


 セキュリティはなく、すんなりと開いてネットに繋がり、まとめサイトが出てきた。単語やゲームのシステムは全く分からず、書いていることも専門的過ぎてチンプンカンプン。


 しかし添付されていたPV動画。空を白く染めるミサイルのコントレイル、無数に襲い掛かるそれらをミサイルや大砲で淡々と撃ち抜く戦闘艦。


 何より、雑兵を軽く捻るように跳ね返す力に強い憧れが宿った。たった五人へ反撃できない自分の無力に情けなさを覚えたけれど、あれにさえ乗れればと叶多は心奪われてしまった。


 私は現実世界が嫌いだ——。


 人間の建前と本音が嫌いだ。悪意を包み隠そうとしない奴はもっと嫌いだ。痛めつけることに躊躇いも無ければ、それを至高の愉悦とする人間達も、それを見過ごす世界なんて無くなってしまえば。


 だったら、と叶多は思う。


 ——この世界から逃げてしまえばいいんだ。

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