第4話 深海のカナタより異世界へ誘われて
対水上戦闘の号令がクルーの淡い声色で復唱されながら艦内全域に響いている。クルーが一丸となって慌ただしく水密隔壁を閉じている最中、水を差すように通るのは少し気が引けたものの艦橋で格好良く宣言した手前、仕方がない。
そして船の最奥。飾り気のない廊下の真ん中にその部屋は何の変哲もないような形で現れる。
立ち入り制限の看板が留められた重々しい扉を開くと漏れ出る青く仄白い室内灯。
戦闘指揮所——CICへと叶多は足を踏み入れていく。
薄暗い教室二つ半分の広さに四十数名の士官と彼らに割り当てられたコンソールパネル。最奥の三枚のレーダー画面は500キロ四方の航空機と60キロ四方の船舶を同時に映し出す。
随所に見惚れてしまうほどの壮観だが、艦長用コンソールの横で目配せするNPC、艦の武装やレーダーを統括する砲雷長がここは戦場だと忠告するように仰ぐ。
「曳航ソナーの投下完了。各部、対水上戦闘の配置整いました。トラックナンバ4001、距離21000、艦長ご指示を」
「許しも無しに他国の海を踏み荒らす船には容赦しません。対水上戦闘」
「対水上戦闘、CIC指示の目標」
「主砲、うちーかたーはじめ!」
攻撃命令を出す瞬間がたまらない。叶多は恍惚な笑みを漏らすが主砲の遠い轟音に戦闘へ意識を戻す。
それも数十秒で片付く。砲口からガスと硝煙を振り切って吐き出された砲弾が緩い放物線を描いて着弾、吸い込まれるように船体を穿孔し炸裂するも致命打には至らない。
「後部構造体に命中」
「次弾、艦尾を狙ってください」
艦尾に照準。砲手のトリガーで第二射が放たれ、不明艦の艦尾に一閃が走って足を止めた。
「敵艦の艦尾に命中。敵艦減速、機関が停止したと思われる」
「撃ち方待て」
撃沈は時間の問題だろうと叶多はスクリーンを注視しながら眉根を寄せた。
けどあまりにあっけない。後部構造体ならば艦橋は生きているわけだし、被弾したならば回避の一つくらいは取る。射撃管制レーダーが照射された時点で舵を切れた。私だったらそうしているはずなのに。
撃沈してもまだ居残る歯切れの悪さ。その答え合わせは直ぐに訪れる。
「曳航ソナーより魚雷音聴知。本艦六時方向から1本、距離2000まで接近」
後方からの予期せぬ攻撃。推測員のプレイヤー『モールス』が緊迫の帯びた声音で告げると、叶多の懸念は脅威に変わる。
愚直で不自然なまでの直進。正面の艦は注意を引きつけるための囮で、釘付けになったところを背後から急襲する。
船首のバウソーナーの弱点を突く一手。スクリュー音で死角になる背後から暗殺するように船を沈める、まさに潜水艦の長所を完全に熟知した戦い方だ。
水上艦対潜水艦の戦いでは圧倒的に後者が有利である。水中では自慢のレーダーも効かないし、水上艦よりも遥かに長い射程の魚雷を装備している。このゲームをやってるものなら口を揃えて「相手が悪い」と言うだろう。
感心しながらも、だが甘い。心の囁きを透かすように叶多は不敵に笑う。
熟練したクルーに艦長、そして操るのは潜水艦。相手にとって不足はない。
「意外に早かったですね。モールスさん、曳航ソナーを切り離してください」
「いいんですか? 予備があるとは言え」
「回収していたら回避が間に合わなくなる……各部、対潜戦闘。
忙しなく指示を飛ばすも一言一句聞き逃すことなく、船が左へ傾き始めた。
一般的に海中深く潜る潜水艦が相手では分が悪い。目視は勿論、イージス艦が持つ強力なレーダー類は濃紺の海中で意味を成さない。その上、こちらの持つ魚雷よりも射程が長く、一撃の威力が重い。海の忍者とはまさに潜水艦の驚異的な能力を示すにピッタリな異名だ。
兵器の特性やスペックだけを見ればやる前から勝負は決していた。だが不利な戦いに誰一人として不安や疑問を抱く者はいなかった。
「FAJ投射。艦橋、取舵一杯。魚雷の真横を通って振り切ります」
「マジで言ってるの艦長!?」
「大マジです。機関最大戦速、進路250。回頭し切る直前にMODを六時方向に射ち出して」
エーさんの驚嘆に至極真面目なトーンで応じて艦を反転。去り際の土産に自走式デコイを放り投げ、ジャミングのノイズで喧しい海域のすぐ真横を『はるな』は突っ走った。
魚雷や潜水艦は音を頼りにこちらを視る。ならば音を断ってしまえば相手はこちらを見ることはできない。叶多の目論んだ通り、ジャミングに突入した敵の魚雷は据えた眼を曇らせてしまい、囮魚雷に釣られて浅瀬に激突。
もし自分が潜水艦乗りだったら——艦橋から巨大な水柱と爆轟の音を目にしたエーはそんな想像が頭を過って背筋に怖気が走る。
エーの恐怖を他所に航空機の発艦を合図に叶多は攻勢を掛ける。
「対潜哨戒ヘリ『ステアトル』から『はるな』へ、艦長どこを探す?」
「イブへ、潜水艦の探索は要りません。ステアトルには攻撃を任せたいんです」
「攻撃?」
いつも寡黙でクールなパイロット『イブ』が珍しく動揺を声に出して問い返した。
「敵は多分、深追いしてこちらに向かってきてるはずです。ヘリの魚雷とアスロックで二方向から同時に仕掛けます」
「了解。タイミングだけお願い」
「任せてください」
けれど作戦を納得してくれたら実行してくれるのがイブ。
「さてお返しの時間です。アクティブソーナー、測的始め!」
船首の真下、歪な球状のバウソナーから放たれた音響波は潜水艦を波形で写し出す。
海の忍者を丸裸にした。すかさず方位と位置を口に出して魚雷の発射合図を送る。
「方位230。距離14000。イブ、敵艦の九時方向から撃ち込んで! アスロック発射!」
「うい」
「了解。アスロック、てぇー!」
前甲板を白煙に包み、対潜ミサイル『アスロック』は空に航跡雲を引きながら打ち上がった。
ロケットブースターと魚雷を組み合わせたアスロックの特徴はその俊敏さにある。潜水艦が潜む海域の近くまでは空を飛び、至近で魚雷を切り離して海中を潜航。ソーナーを頼りに敵を見つけて撃沈させる。
海面は地上との絶対的な境界線だ。地上から海面は覗けないし、逆もまた然り。
「敵艦から注水音。潜航して逃げるつもりです」
「させません! イブ」
当然ながら敵も魚雷をかわそうと潜る。その刹那、海中に爆轟が敷衍した。
「魚雷二発、着弾。海中から破砕音、撃沈したと思われます」
「アスロック、攻撃やめ。対空、対潜警戒を厳にしてください」
「了解、対潜警戒を厳となせ!」
水泡の浮く海。潜水艦撃沈の報に叶多は深く息を吐き、戦闘の緊張が一気に解かれていった。
そんな空いた心を満たすように、達成感と充足感が湧いてくる。
「ステアトル、着艦開始」
暫し敵の追撃を警戒していたものの杞憂に終わり、差し戻したイブがヘリを着艦させようとしていた。
追撃はない——ふぅと一息をついてソーナーコンソールのモールスに叶多は問う。
「ソーナー、状況はどうでしょうか?」
「潜水艦らしき音は何もありませんね。とても静かです——待ってください」
叶多に向き直って気さくに返した彼だったが、つけっぱの左耳に微かな音が混じって顔を強張らせる。
「プロペラ……いや、流動音からしてクジラか……」
ぶつぶつと呟いていたが次の瞬間、モールスはヘッドホンを投げ捨てて左耳を抑えた。
「大丈夫?」
「何かが浮上してきます……急いで退避してください!」
普段は落ち着き払っている彼が語気を強くして警告する。
「艦橋! 進路をすぐに反転させて! 全速即時退避!」
「艦長……それが」
応じたエーは艦橋で自分の見た光景に言葉を失い、規則的だった波間のリズムが変わった。
戦闘指揮所には外を眺める窓はなく、すぐにコンソールの画面を外部カメラに切り替える。
「何かが……浮いている?」
前方を捉える二台のカメラ。ほぼ180度の画角に収まり切らない何かに叶多は眼を眇めた。
「クジラのような……」
沖縄の水族館で見たことのあるシルエットに身体の模様。けれど収まり切らない程巨大な種類のなんてゲームは愚か現実にすら存在しない。
ということは新要素? いやこれはアップデートのログにもなかった。
叶多はそう予想していたが大きく裏切られる。
奴の模様に黒い筋が入るとその隙間から発光し始める。
何をするつもりだ。冷や汗が伝うと集束した光が紫電を帯びて投射された。
「総員、対ショック姿勢! 」
こういうとき、未知の敵は大体途轍もない威力の攻撃でを仕掛けてくる。戦争映画、最も宇宙人VS海軍の映画なんかは第一撃に為すすべなくやられるのが人類の常ってものだ。
水底へ引きずり込まれるように艦全体が直立にそそり立っていた。
沈むというよりも落ちるという感覚が近い。
その戦闘を最後にはるなはゲームの世界から姿を消した。
それが比喩ではないことを叶多はまだ知らなかった。
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