第20話 揃うことのないもの
「あれ、
玄関で靴を履いていたら、クラスメイトが声をかけてきた。
「え!? な、なにが!?」
私は手でおでこを押さえて、床を見ながら言った。
「おでこ抑えて……怪我でもしちゃった?」
「え、えっと……」
私はこのまま隠し通すか、いっそのこと見せてしまうか迷っていた。
昨日の夜、ギャル神様は私の髪をごっそり切るとそのまま煙のように消えてしまって、結局私は、こけしみたいな髪型のまま置き去りにされてしまった。後ろが短いのはそこまで気にならないけど、前髪が壊滅的にダサすぎる。
赤ちゃんだって、生まれて二年も経てばもっとまともな前髪が生えそろうはずだ。
けど、一日ずっと手で隠すわけにもいかないし……。
よ、よし、試しに見せてみよう。
もしかしたら私が知らないだけで、こういうこけしみたいな髪型が、今のトレンドなのかもしれないし。
「実はちょっと切り過ぎちゃってー」
私はおそるおそる手をどかした。
「え!? そ、そうなんだ……えっと、そういうのもいいね、に、似合ってるよ」
「本当!?」
似合ってる、その一言で私は救われた気がした。
「そっかー、そっかそっか! うん、今はこういう髪型がオシャレなんだよねー!」
「え……う、うん!」
クラスメイトも必死に頷いている。
なーんだ、気にすることなかったな。
そうだよ、私は音儀白雪だよ? 似合わない髪型なんかないんだから。
「え、ダサいよそれは!」
教室に入ると、教壇の前に座っていたヤンキーが大声をあげた。
「へ?」
「音儀さんどうしちゃったの!? え!? なんか不祥事起こした!? そういう謝罪の仕方!?」
ヤンキーの声に反応して、教室にいた人たちも一斉に私を見て「え!?」と驚いていた。
「いくら音儀さんでもそれはないって、マジで!」
さすがヤンキーだ、ズカズカ言ってくる。
「で、でも、さっき似合ってるって……」
私は後ろに付いてきていたクラスメイトに聞いた。この子は、さっき似合ってるって言ってくれた。だからきっと、このヤンキーのセンスがないだけで!
「ご、ごめん、音儀さん……」
その子は目線を逸らしたあと、ボソッと「ダサイかも」と呟いた。
いや、分かってた。分かってたよ!?
でも、もしかしたらって思うじゃん! もしもに賭けようって思うじゃん!
ああ、私思い切り顔あげてここまで歩いてきちゃったけど、すれ違った人全員にあの人ダサって思われてたんだ。
「う、うわー!」
私は絶叫しながら教室を飛び出した。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
トイレの個室に飛び込んで、便器に座る。
私は頭を抱えて顔に集まる熱が冷めるのを待った。
やがてチャイムが鳴る。ホームルームの予鈴だ。
戻らなきゃ……でも、戻りたくないなぁ。鏡も見たくない。
「ど、どうしよう……」
私、これから宣材写真撮るんだよね? こんなんじゃ、人気アイドルになるどころかこけしアイドルとしてご当地の町おこしに呼ばれちゃうよ!
今からこけしキャラに転向した方がいいのかな……こけても転ばない、こけしアイドルです! って? こけしってそういうのだっけ……ああもう、わけわかんなくなってきた。
ウィッグとか買った方がいいのかな、でも踊ってる最中に吹っ飛んでったらどうしよう。この際ギャグに振り切って、こけしの着ぐるみでも着ようかな。視線も気にならなくて楽そう。って、ダメダメ! それじゃ音儀白雪かどうかも分からないじゃん!
そんなことを考えている時だった。
コン、コン、と、ドアがノックされた。
「ここに居るの?」
この声……。
「
「もうすぐホームルームが始まるわ。早く出てきなさい」
ドアをノックしたのは
「それとも、お通じが悪いのかしら」
「お通じじゃないから!」
バン、とドアを開けると、美桜が呆れたようにため息を吐いた。
「あなた、その髪、どういうつもり?」
「あ、いやこれは……勝手に切られちゃって」
「パソコンをよく壊す人も、同じことを言うわ」
美桜は私の手首を掴むと、ぐいっと引き寄せた。
思わず美桜の胸に飛び込みそうになる。
「恥ずかしいのは分かるけれど、いつまでも隠れているわけにはいかないでしょう」
「そ、それはそうだけど」
「今日の放課後、暇でしょう?」
「え?」
美桜の提案に、私は驚いた。
確かに今日は、レッスンも入っていないけど。
「なら、ちょっと付き合いなさい」
「どうでしょうか、不自然に揃ってしまった前髪は思い切って全部切ってみました。逆にサイドはそのままにしたので、トップを横に流せばセンターパートっぽくなります」
「お、おぉー!」
放課後、私は美桜の紹介でとある美容室に来ていた。
ここはアイドルや芸能人なども通う有名な美容室で、美桜もよくここに来るのだそう。
凄腕美容師さんの腕によって変貌した私の髪は、こけしから一転、見違えるほど可愛くなっていた。
す、すごい……あんな短くなっちゃった前髪も、こんな風にアレンジできるんだ。
「おでこが出ていると明るい印象を与えますし、いいイメチェンになったんじゃないでしょうか」
「そ、そうですね……!」
鼻筋がしっかりしている音儀白雪は、短いヘアアレンジもよく似合っていた。美しい印象から、少し中性的なイメージになっただろうか。い、イケメンだぁ……。
「こけしよりは数倍マシね」
散髪を終えて、翌日の土曜日、私は宣材写真を撮るために事務所に向かった。
玄関で偶然会った美桜は、私を見るとどこか安心したような口調でそう言った。
美桜からもこけしに見えてたんだ……。
「ありがとう櫻坂さん、いい美容室教えてくれて。おかげで助かったよ」
「別に、お礼を言われるほどのことじゃないわ。それにしても、曲がりなりにもアイドルを現役でやっていた人が、いきつけの美容室も持っていないなんてね」
美桜が私の顔をジッと覗き見る。
私は思わず右頬に手を当てて、視線を落とした。
「いつも、メイクさんにやってもらってたから」
適当なことを言って誤魔化す。メイクさんってメイクさんだから、髪までは切らないか。いやわかんない切らないかも。
「そう」
美桜は納得したのかしてないのか、微妙な表情を浮かべていた。
「それにしても櫻坂さん、よく私の居場所が分かったね」
「なんのこと?」
「私がトイレに隠れてたとき、すぐに見つけたでしょ? よく分かったなぁって」
まさか美桜に引っ張り出されるとは思わなかったけど、でも、おかげで助かったかもしれない。
よく考えたら、あの状態でのこのこと教室に戻る方が恥ずかしかった。美桜に手を引いてもらえたおかげで、恥ずかしさも半減したというものだ。
「……たまたまよ」
美桜は少し考えるような素振りを見せてから、もう一度、私の顔を見た。
かと思うと、そのまま何も言わずに私の横を通り過ぎてしまった。
……花?
美桜は花を一束携えていた。
どこに持って行くんだろう。
「はっ、そんなことよりもポージングの練習しなきゃ!」
宣材写真において、表情やメイクはもちろんのこと、ポージングも重要になってくる。って、社長が言ってた。
カメラマンさんもアドバイスはくれるらしいけど、やっぱり自分が一番可愛く映る角度とか、構図は知っておいた方がいいよね。
自分のことに集中しなきゃ……!
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