第18話 元親友との帰り道
そんなような放課後があったのを、思い出す。
「早く歩いてくれるかしら、歩くのが遅いのは運動不足の証拠よ」
「す、すみません」
いや本当に、あったんです、そういうことも。
ただ今の美桜は、
なんだか雨が降り出しそうな空の下を、二人で歩く。というよりも、前を歩く美桜の隣を私が付いて行っている格好だ。
美桜は学校がある日でも休日でも、ローファーを穿いている。スニーカーは穿かないのかと聞いたこともあるけど、色付きや柄付きの靴を選ぶのがそもそも苦手らしい。
「ねぇ、枕アイドル」
美桜の踵を眺めていたら、美桜が振り返った。
「え、な、なに?」
私が返事をすると、美桜は小さくため息を吐く。
「返事するってことは、本当なのね」
「あ」
そっか、返事しちゃダメか。枕なんかしてないわよオホホ、と聞き流せばよかった。
このまま誤魔化すこともできたけど、という
「してないよ」
「どうとでも言えるわ、後からだったら」
「うん、だから……証明するよ」
事実を知らない私にとって、今できることはそれくらいしかない。
もしかしたら本当に枕営業をしていたということだって、まだないわけじゃない。
ただ、私は音儀白雪を信じたい。夕莉さんが信じた、音儀白雪を。
「これは善意で言わせてもらうけど、一度不祥事を起こしたアイドルが再びステージに立つなんて不可能よ。動画サイトで細々と個人で配信するくらいが丁度いいんじゃない?」
「た、確かに、その手もあったね。配信、配信かぁ」
盲点だった。今どき、個人チャンネルで人気を獲得するアイドルも多いと聞く。音儀白雪もチャンネルを持っていて、そこそこ登録者数もいたはずだ。ある時を機に、ピタッと更新は止まっていたみたいだけど。
「でも、アイドルがやりたいんだ私」
「アイドルならやってたじゃない。それとも、業界に入って、お金持ちの人間に媚びるのが快感になっちゃったのかしら」
「そうじゃないよ。私はもう一回、アイドルをやりたいの。アイドルになれたらそれでいいってわけでもなくって、胸を張って私はアイドルですって言えるように頑張りたい」
きっと、音儀白雪もそうしようと思っていたはずだ。だから夕莉さんに「絶対アイドルになる」って言ったのだと思う。
「変な噂なんかかき消しちゃうほどの、立派なアイドルになりたいんだ」
立ち止まっていた美桜に、追いついてしまう。美桜が私を探るように見ている。次の言葉を、待っているのだ。
「夢だから」
なら、多分これでいいはず。
「私だけじゃない、色んな人の夢が詰まってる。だから、止まれないの」
胸に手を当てて、もらった言葉を思い出す。
ずっしりとした重みが、胸からこぼれ落ちそうになった。
「夢なんて、くだらない」
美桜は私から視線を外すと、再び歩き始めた。
「夢なんか所詮、一時の高揚感が見せる妄想よ。いつまでも続くわけじゃない」
「
「夢は覚めるものでしょう。あなたも、今は自分に酔っているだけ。目が覚めたら、さっさと現実を見た方がいいわ。そうじゃないと……無駄に苦しむだけよ」
美桜はどうしてそんなことを言うんだろう。
美桜は以前、私に夢を語ってくれた。
夢を持ったことのない私には、その熱量がどこから来るのかが分からなかった。でも、今ならちょっとだけ、美桜の思いに寄り添えるって思ったのに。
「そう、なのかな……」
美桜が言うなら、そうなのかもしれない。美桜が言うことはいつだって正しい。美桜は私よりも大人で、私よりも広い視点で物事を見られる人だ。
だから、小説を書いたりできるのかもしれない。
そういえば、美桜、小説どうなったんだろう。もう新作書き始めたかな。
家に帰ったら、投稿サイトをチェックしてみよう。
「なにニヤニヤしてるの? 気持ち悪い」
「へ? あ、いやぁ」
転生してからずっと、音儀白雪のことで忙しかったから全然、美桜の小説のことが頭から抜けてしまっていた。
そうだ、美桜の小説を読めば、また違った答えが見つかるかもしれない。夕莉さんの言っていた人生における執念めいたものの、ヒントも隠れているかもしれない。
美桜の小説はいつだって、私の助けになるのだ。
「アイドルがそんなふにゃふにゃした顔してていいの? もっと表情を引き締めなさい。あなたはもうアデリアプロダクションのアイドルなんだから」
「はっ、そうだね、ごめん! キリッとした表情、キリッとした表情……」
私は思わず右頬に手を当てて、表情を作り直した。
「こんな感じでどうかな、櫻坂さん」
口角に力を入れることを意識してみた。ダンスの動画を見ていたらたまたま紹介されていた、笑っていなくても笑顔に見える表情だ。
「櫻坂さん?」
しかし美桜は、私の顔を見たまま固まってしまっている。もう一度声をかけると、美桜はハッとして、目を伏せた。
「あなたが笑顔を向けるべきはあたしじゃなくて、ファンの人たちでしょう」
「櫻坂さんはファンになってくれないの?」
「は?」
美桜が私を見上げて、口を尖らせる。
し、しまった……また生意気なことを言ってしまった。
美桜は目を細めたままだ。美桜がこの顔をするときは、だいたい、こっちの意図を探っているときだ。
みんなはこの顔を睨んでいるって勘違いするけど、別に美桜は睨んでるわけじゃない。ただ、知りたがってるだけだ。
「って、自信を付けるところから始めたいなって、次第です。はい」
「そういうこと……急に不遜なことを言い始めたから、性根からたたき直してやろうかと思ったわ」
「えっと……ちなみにどういった方法で?」
「崖から突き落とす」
「ライオンかな!?」
恐ろしいことを言い出す美桜に、私はツッコミつつも、つい笑ってしまった。
「あっは、あはは」
そんな私を、美桜は醒めた目で見つめている。
「駅まで着けば、あとはいいわね」
「うん、ありがとう櫻坂さん。助かったよ」
駅が見えてきたので、美桜とはここでお別れだ。名残惜しいけれど、なんだかすごく懐かしい時間を満喫できた気がする。
「それじゃあね、櫻坂さん」
手を振ってお別れをする。けれど、美桜は手を振り返してはくれなかった。
まぁ、そうだよね。
ちょっぴり近づけたと思ったけど、今の私は美桜に頬をぶたれたような人間なのだ。
アデリアプロダクションのアイドルだから、こうして美桜も手助けしてくれてるだけで、別に私に心を許してくれたわけじゃないんだ。
「ご、ごめんね」
なんの謝罪なのか自分でも分からなかった。
それでもつい、別れ際言ってしまうのは。
身の程も知らずに、楽しく喋ってしまってごめんなさいというような、懺悔に近いものだったのかもしれない。
「明日、四時までに事務所」
「え?」
「スタジオを紹介するんだって、さっそくレッスンも入ってるから、遅れないで」
美桜はそれだけ言うと、踵を返してしまった。
「う、うん!」
とにもかくにも、私は今日から、アイドルなんだ。
ここがゴールじゃない。
ここからが本番だ……!
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