第9話 転生一日目、終了
部屋に着くと、私は着替えもしないままベッドに身体を投げた。
「つ、疲れた……」
転校初日というだけで疲れるのに、それに加えて転生初日ときたものだ。しかも転生した先が一般人ではなく元アイドルで、さらに色々と物騒な訳あり物件。
しかも親友の
転生のことを誰かに打ち明けることもできず、今気軽に相談できそうなのは、
「そうだ、スマホ」
さっき教えてもらったパスワードを打ち込むと、あっけなくロックは解除された。
色々メッセージは着ていたけど、とりあえず今調べるべきなのは
ウィキペディアをざっと見ると、音儀白雪についてだいたいのことはわかった。
音儀白雪は幼少の頃、舞台役者を目指していた。小さな劇団出身ではあったが、そこから朝ドラの子役に抜擢されて一躍有名になった。
しかしそれ以降代表的な作品はなく、役者としての活躍は低迷していると言わざるを得なかった。それから五年後、音儀白雪はアイドルとして再びメディアに顔を出すようになった。
所属していた「モナプロ」としては珍しい、ユニットに属さないソロアイドルだった。主な活動場所は動画投稿サイトと、都内のライブハウスだ。ダンスや歌唱力には少々粗はあったが、持ち前のビジュアルで次々とファンを獲得していった。
SNSや、普段の言動などが原因で炎上することが多く、歯に衣着せない物言いの彼女に惹かれる人は多かったが、それと同じくらいにアンチも多かった。好みがハッキリ分かれるタイプといえる。
ちまたでは「ダンスも歌も下手なのにこれだけ事務所から推されてるのは妙だ。枕営業でもしているんじゃないか」なんて噂も立っていたらしい。
それでも一部のファンからは人気を博していた音儀白雪は、ソロライブなども開催し、人気は右肩上がりのようにみえた。
しかし、ついに念願のゴールデン番組出場が決定した直後のこと、音儀白雪は突然アイドルを引退したのだ。
卒業ライブなども行われず、事務所がSNSで音儀白雪の引退を発表したのみで、それ以降、音儀白雪は、私達の前に現れることはなくなった。
その後、まもなくして所属していたモナプロも事業をまとめて事務所を畳んだ。
インターネットで得た情報はこんなところだろうか。
ともかく、音儀白雪は一癖も二癖もあったアイドルらしい。
私が今朝、夕莉さんにお礼を言った時、夕莉さんはひどく感激していた。もしかしたら音儀白雪は、お礼もろくに言わないような人間だったのかもしれない。
まだ全てに目を通したわけではないが、音儀白雪の交友関係も、メッセージアプリで確認した。
やりとりをする頻度が一番高いのは、やはりマネージャーの夕莉さんだった。
夕莉さんに限っては、そもそもマネージャーではなく元マネージャーだった。音儀白雪が引退してから、後を追うように夕莉さんは事務所を辞めて現在は音楽関係の仕事に就いていたらしいが、今は退職したとのこと。
それでも家事などを担当してくれているあたり、ただのマネージャーという関係ではないようだ。もしかしたら親戚に当たる人なのかもしれない。
「枕営業……」
インターネットで調べた情報に、そういった噂もいくつか散見された。
確かに、過去のメッセージを見返すとそういった会話もないわけじゃなかった。番組のディレクターや、他事務所の社長などとも連絡を取り合っていたようで、プライベートで会う約束などもしている。「レギュラー一本でどう?」という怪しいやりとりもあったが、それに関しては音儀白雪は返信をしていない。
オーディション会場のあの反応。確かに、あれは異常だったけど、これなら合致がいく。
引退したのをきっかけに広まったのか、それとも広まってしまったから引退したのか。それは分からないけど。
ともかく、音儀白雪は全うなアイドルではなく、それを、業界の人たちは非難しているみたいだ。
それが事実かどうかはさておいて。
ベッドからなんとか這いだして、冷蔵庫からトマトジュースを取り出す。
音儀白雪は、どうやらトマトジュースしか飲まないらしい。他の飲料水などの類いは一つも置いていなかった。そういえば今朝、夕莉さんが偏食だと言っていたのを思い出した。
「トマトジュース、苦手なんだよなぁ」
パックの半分ほど飲んで、後はコップに水道水を注いで飲んだ。
だんだんと音儀白雪という人間と、その周囲の環境や人間関係が分かってきた。だけど、まだまだ分からないことも多い。
音儀白雪の業界での嫌われようはかなりのものだ。あんなの、業界的に死んでると言ってもいい。
だけど、音儀白雪が本当に枕営業などしていたかどうかは、残念ながらメッセージアプリでのやりとりを見るだけでは判断できなかった。もしかしたら、そういう直接的なやりとりは口頭か、別の端末を使っていたのかもしれないし。
私は探偵じゃないので、そこまで調べる義理はない。
でも、そんなのし上がり方をしたアイドルだったら。夕莉さんはあんな風に手助けしないと思うけど……。
「あー、ダメだ」
考えれば考えるほど頭がパンクしそうになって、私はスマホを投げた。
「勘弁してよ、音儀白雪ぃ」
私が元々陽キャのパリピの夜遊びカンゲーイみたいなタイプだったらいいよ?
でも、
そんな私が、複数の人間関係を同時にやりくりするなんてできるわけがない。
私はお風呂にも入らないで、部屋の電気を消した。
「これからどうなっちゃうんだろう、私」
音儀白雪の残した爆弾が、無数に身体にひっついている。
「とんでもない人に転生しちゃった」
この先のことを考えると、ため息しか出ないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます