第8話 陰キャの限界です
「人生における執念めいたものです」
帰りの車内でオーディションでの内容が芳しくなかったことを伝えると、
「足りなかったものは、それかもしれません」
エンジン音がやけにうるさく聞こえる。タイヤが地面に擦れる音と、ステップを踏むシューズの音が重なった。
「人生における執念めいたものって、なんですかそれ」
「強いて言うなら、自分の中からしか生まれない、宝物でしょうか」
「はあ」
「大丈夫ですよ、
宝物とやらの正体を、夕莉さんは結局教えてはくれなかった。
「次回のオーディションは来週ですね。場所は少し遠い場所にあるのでまたわたしが車を出します。そこの事務所はダンスの上手い子を多く採っている傾向がありますが、白雪さんの熱意があれば必ず受かります!」
「ら、来週」
まだオーディションに出なくちゃいけないんだ……。
今日みたいに、誰かに品定めされるみたいに注目の的になって。挙げ句の果てに、お前は間違っているとでも言われているかのように説教される。
正直、私はアイドルになんか興味ないし、なりたいとも思わない。
「あの、夕莉さん」
「はい、なんでしょう! 遠慮なさらず、なんでもおっしゃってください!」
「もうオーディションは受けないです」
赤信号がすでに青になっているのに、夕莉さんは動き出さなかった。後ろからクラクションを鳴らされて、ようやく夕莉さんは車を発進させた。
「……何故ですか?」
「や、やっぱり私って、アイドル向いてない気がするんです。なんていうか、他の人と比べて、資格がないっていうか」
今日一緒に審査を受けた人たちは、すごく真っ直ぐな瞳をしていた。私が声をかけた時、誰も返事をしなかったのも今思えば当然だ。
みんな、自分と戦ってたんだ。
自分の夢を叶えるために、これまでの努力を無駄にしないために、必死に試練や苦難と向き合っていた。私なんかに返事をする余裕なんか、あるはずがない。
それに対して、私は人前でまともに喋ることもできない人間だ。
「私、アイドルとかそんなにやりたいわけじゃないし。もう、オーディションとかは、いいかなって。だから、来週のオーディションはキャンセルしておいてください」
私はまだ音儀白雪に転生したばかりだ。これからやりたいこともあるし、そうだ、体育祭も控えている。美桜とも仲直りしなくちゃならないし、やらなきゃいけないことはアイドル以外にもたくさんあるのだ。
「どうしてそんなことを言うんですか」
「どうしてって、だって、そうじゃないですか。私、可愛いし、アイドル以外にも道はあるはずですよ」
「あははは!」
突然、夕莉さんは笑い始めた。
「またまたご冗談をー! なんですか? もしかして気を遣ってくださってるんですか? 気にしないでください! オーディションに掛け合うのくらい、元関係者のわたしには朝飯前ですから!」
エンジンをブオン! と吹かすとタイヤのキュルキュルとした音が車内にまで聞こえてきた。私は重力に耐えられずそのまま前の座席に額をぶつけた。
「本当、白雪さんは時々メンタル不調になりますね。自分が弱い人間だってこと、もう少し自覚した方がメンタルケアはしやすいですよ?」
「夕莉さんは運転が荒いのを自覚した方がいいですよ!?」
ぐいーんと曲がるカーブに、私の首は後ろに持って行かれる。
「三ヶ月前、白雪さんが言ったこと。わたし忘れてないですから」
夕莉さんは長い一本道に入ると、一気にスピードをあげた。
向こうに見える赤信号が、まるで道を開けるみたいに青に変わっていく。
「あなたは、アイドルをやらなければならない」
その口調は、まるでおとぎ話の世界に入り込んだかのように流ちょうで、けど、どこか演技がかっていて、夢心地のまま現実を忘れそうになる。そんな魔法のようなもの、もしくは呪いのようなものがふりかかっていた。
車が停まる。気付けば、私の住むアパートに着いていた。
「あ、あの。夕莉さん」
「なんですか?」
「実は、スマホのパスワードを忘れてしまって」
朝からずっと放置していた問題を思い出して、私は夕莉さんに聞いてみることにした。怪しまれるかもしれないけど、スマホが使えないのはやっぱり不便だ。
「もう、またですか? このあいだも口座の暗証番号忘れて大変なことになったばかりじゃないですか」
「あ、あはは」
そ、そうなんだ。音儀白雪、もしかして、忘れっぽい?
「げほっ、げほ……」
「大丈夫ですか?」
白雪さんが咳き込んだので、心配してバックミラーを見る。目元だけしか見えなかったけど、なんだか体調が悪いように見えた。
「失礼しました。ちょっとむせてしまって。パスワード0304、のはずですよ。忘れないように誕生日で設定しておくって話だったのに、まさかこれも忘れるだなんて」
「あー! そうだ、思い出した、0304! そうですね! はい!」
我ながらしらじらしい反応になってしまった。ボロが出る前に、早めに切り上げた方がよさそうだ。
「それじゃあ、また明日! は、ははは」
「明日……」
夕莉さんは何故か顔を伏せてしまったけど、すぐにパッと笑った。
「そうですね、また、明日です!」
やばい、なんか地雷踏んじゃったかな。
喋れば喋るほど墓穴を掘りそうだったので、私は夕莉さんに頭を下げてから、アパートの階段を駆け上がった。
というか、オーディション受けたくないって話、うやむやにされちゃったな……夕莉さん、分かってるのかなぁ。
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