第7話 嫌われ者のアイドル

「今回はグループでの審査になりますけど、白雪しらゆきさんはすでに経験がお有りなので大丈夫かと思います。開始まであと三十分ありますが、念には念を、です。最終チェックをしておきましょう!」


 私はあの後、夕莉さんにオーディション会場まで連れて行かれた。


 夕莉さんは訳あってオーディション会場には入れないようなので、車の中でオーディションの予習をしている。とはいっても、私にとっては初めて聞くことばかりなのだけど。


 な、なんでこんなことに……。


 オーディションって、アイドルのってことだよね? 音儀白雪って、とっくに引退してるはずだけど。


「自己PRが主になると思いますが、これに関しては心配いりませんね。白雪さんより魅力のあるアイドルはこの世にいませんから! 胸を張って、自分の長所を伝えてください! その後、ダンスや歌の披露もあると思いますが……白雪さん、練習頑張ってましたし、きっと上手くいくはずです!」

「は、はぁ」

「これに受かればいよいよ最終審査です。白雪さんの魅力は肉眼でないと見えないものもあるので、最終審査まで行けばもうもらったも同然でしょう! つまり! この二次審査が実質的な最終審査と言っても過言ではありません!」


 私はなんとか、オーディションを辞退する方向に持って行けないか考えた。


「あの、夕莉さん……私、ダンスも歌も、できないんですけど」

「たしかに、白雪さんは他のアイドルと比べてダンスと歌唱は、少し劣っていたかもしれません。しかし、それは過去の話です。あれだけ練習したんですからきっと大丈夫です! それに、審査員の方々は今もアイドルをプロデュースしている現役のプロの方ですから、白雪さんが一生懸命アピールすれば、必ず気持ちは伝わります。アイドルはハートですよ!」


 ダメみたいだった。夕莉さんは言葉遣いこそ丁寧だけど、一度突っ走ったらもう止まれない。そんな人のようだ。


「私の代わりに、夕莉さんが出ます?」

「あはは! そんな冗談が言えるくらいなら心配いらなそうですね! こちらに過去の審査で行われた質疑応答の例がまとめられた資料があるので、時間まで目を通しておいてください」


 夕莉さんはそう言うと、水の入ったペットボトルを私に持たせた。


「頑張ってください! 白雪さん!」

「は、はい」


 ガッツポーズを作って目をキラキラさせる夕莉さん。


 私はオーディション会場に入ると、受付の人の指示に従って指定の場所へと向かった。


「お、オーディションなんて無理だってぇ……」


 私はそもそも人前に立つのが苦手だし、自分の長所よりも短所を並べる方が得意な人間だ。アイドルとは真逆の存在である私が、アイドルのオーディションに? あと百年経ったら、おとぎ話にでもなってしまいそうなほど笑える話だった。


 指定された部屋に向かうと、すでに待機所のベンチに何人かの女性が座っていた。歳は私と同じくらいの人が二人と、明らかに年上の人が一人。


 手前の人はガチガチに緊張しているのが見て取れた。その奥の人は拳を作って「大丈夫大丈夫」と何度も呟いている。一番奥にいる年上の女性は、単語帳のようなものをめくって時間ギリギリまで応答のパターンを暗記しているようだった。


「ど、どうも初めまして。よ、よろしくお願いします」


 一応挨拶をしておこうと思った。グループ審査とはいえ、一緒に頑張る仲間なんだし。それに私は音儀白雪だ。オーディションに来る新人アイドルからすれば、先輩にあたる。


 だけど、一人として返事をする人はいなかった。


 まるで私のことなんか見えていないとでもいうように、各々が、自分自身と向き合っている。


「準備ができましたら、入ってください」


 ドアの向こうから声が聞こえた。


 この場にいる全員が、息を飲んだような気がした。


 ドアをノックして、一人ずつ中へ入っていく。


「それではまず自己紹介をしてもらいます。自分の武器、それから魅力を、余すことなく伝えてください」


 最後に私が椅子に座ると、前振りもなしに審査が始まった。


 緊張していた人はふっきれたのか、とてもハキハキとした声で自分の名前を口にした。自分の武器は張りのある歌声なのだと話しているのを聞いて、そうだろうな、と私は納得してしまっていた。


 大丈夫、と何度も呟いていた人は自分への絶対的な自信と、必ずトップアイドルになってやるという強い意志。年上の女性は、どんな逆境でも諦めない粘り強さと、ライブ配信で鍛えたアドリブ力だと発表した。


「では次、78番。音儀白雪さん」

「あ、は、はい」


 私の名前が呼ばれると、退屈そうだった他の審査員も、一斉に顔をあげた。


「え、えっと」

「立って話してください」

「ご、ごめんんさい……あっ」


 慌てて立ち上がると、椅子が後ろに倒れてしまった。


「えっと、音儀白雪、です。武器は、そうですね」


 倒れた椅子を直しながら、考える。


 音儀白雪の武器、長所、そんなの一つしかない。


「顔、ですかね」

「顔?」

「ビジュアル、と言いますか」

「ふむ」

「顔がいいので、これで、戦っていこうかなと」


 そこで話は終わったのに、何故かこの場にいる全員が私を見たまま黙りこくっている。


「お、終わりです」


 私がそう言うと、審査員の人は「じゃあ次、ダンスを見せてもらいます。曲はないので、自信のあるワンフレーズをお願いします」と淡々と続けた。


 緊張していた人は、ダンスが苦手なのかあまり上手ではなかった。大丈夫と呟いていた人は、とてもキビキビ動いていて、なにより指先まで開いた躍動感のある動きからは絶対的な自信が感じられた。年上の女性は、まぁ、普通だった。


「では次、音儀さん。お願いします」

「は、はい」


 とはいっても、私はダンスなんかできやしない。そもそもダンスなんて、夏休みにおばあちゃんちの地元でやっている盆踊りに参加した時以来だ。


 緊張していた人は、自分のダンスが下手だった自覚があるのかずっと恥ずかしそうに俯いてしまっている。


 ほら、頑張るからそうなるんだよ。


 だから私はコンテストとか、そういう品定めされる場が好きじゃない。頑張って頑張って、それでダメだったら絶対に立ち直れない。なら、最初から頑張らない方がういいに決まってる。


 そう思って、私はそれっぽい動きになるようにステップを踏んで、それからくるくると回転して見せた。おばあちゃんちでやった盆踊りを思い出しながら。


 音儀白雪の武器は顔だ。顔さえよければ何をしたって許される。


「次は歌です。マイクはないので、なるべく大きな声でお願いします。それから事前に書類にも記載してあったと思いますが、資料のため音声は録音させてもらいます」

「あ、え?」


 どういうわけか、私が踊っているにも関わらず、審査員はもう次の段階に入ろうとしていた。


 歌声ということで、緊張していた人の独壇場だった。大丈夫と呟いていた人は可愛く歌うのが上手で、年上の女性は、まぁ、普通だった。


 そしてまた、私の番になる。


 歌う曲も思い浮かばなかったので、私はハミングでやり過ごした。


 その場にいる全員が、私を見ている。


 視線が集まる。


 背中に冷や汗が伝って、早く終わってくれと、それだけを願い続けた。


 歌の審査が終わると、これからの合格発表に関するスケジュールや連絡事項を伝えられ、その後すぐ解散となった。


 各々が改めて頭を下げ、退出していく。そして残るは私だけとなった時、一人の審査員が私の名前を呼んだ。


「久しぶりだね、音儀おとぎちゃん」


 初老の男性だった。きっちりと首元まで締めたネクタイと、銀縁のメガネが印象的な、とても真面目そうな人だ。


 だけど、私はこんな人知らない。おそらく生前の音儀白雪と関わりがあった人だろう。アイドルの審査員にそういった人がいるのもおかしい話ではない。


 どう返事をしようか迷っていた私を見て、初老の男性はにこやかに笑った。


「まぁ覚えてないか。キミは僕みたいな実力主義の人間には興味ないみたいだったからね。引退した後でも、キミの悪名はよく耳にするよ。それで、よくアイドル復帰しますなんて堂々と言えたものだね」

「え」


 そこで気付いた。この人、目が笑っていない。


 まるで私をバカにするように、見下すように笑っている。


「悪いけど、うちはキミみたいなアイドルを採る気はないよ」


 夕莉さんはさっき、これが二次審査だと言っていた。なら、一次審査には通ったということだ。書類審査とかなんだろうけど、じゃあなんで通したんだろう。


「もしかしたら変わったのかと、思ったのだけどね」

「あ、あの」

「キミは、一度でも何かに必死になったことがあるのかい?」


 まるで心の奥を漁られたようだった。嫌悪感がじわりと胸に広がっていく。図星、というやつだった。


 答えられなかった私を見ると、その人は呆れたような息を吐いた。


「次の人も控えている。出て行きたまえ」


 私は追い出されるように、部屋を出た。


 なんだこれ、いきなりハードモードなんだけど……!


 というか、音儀白雪、どんだけ審査員の人に嫌われてるの!? 


 一体、何をしでかしたんだか……。

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