第6話 一つ目の失敗
ホームルームが終わると、クラスメイトが一斉に集まってきた。
どうしてうちの学校に? とか、なんでアイドル引退しちゃったの? とか、いろいろ質問責めにされたけど、それを聞きたいのは私の方だった。
答えられるわけもなく、私は曖昧に笑いながらはぐらかした。
「でもなんか、
「分かる! テレビで見てた時はもっとクールってイメージだったから」
そう言って身を乗り出したのは、私の机によく勝手に座ってたヤンキーだった。ギャル神様とは違って髪は黒いけど、耳には大きなピアスを付けている。相変わらず威圧感のある見た目だ。
「すっごい親しみやすい! 音儀さん、なんかわかんないことあったらなんでも言ってね! うちが相談乗るから! あ、勉強意外で」
その子がペロッと舌を出すと、周りも茶化すように盛り上がった。
自分が話題の中心になるなんて経験今までしたこともなかったので、私はどうすればいいか分からなかった。助けを求めるように、つい
「あ、
私の視線に気付いたのか、集まった子の一人が「あの子はねぇ」と切り出した。
「いっつもあんな感じなの。私は群れないぞって顔してさ、自分は他とは違うと思ってるんだよ。芸能界ってそういう人たくさんいない?」
「ど、どうだろう」
それにしても、美桜の佇まいにはトゲがあるように感じる。さっきだって、私のこと、睨んできたし。
「でもあれか、
いきなり自分の名前を呼ばれて、思わず顔をあげた。
その子は、しまったという風に口元に手を当てている。周りも肩をすくませて、難しい顔をしていた。
「
今更うやむやにはできないと判断したのか、その子はあまり話したくなさそうな表情のまま、もう一度ぽつりと、私の名前を呼んだ。
「櫻坂さん、あんなだけど一人だけ友達がいたんだよ。紅葉楓っていう子なんだけど。いっつも一緒にいたよね」
「うんうん、何するにもぴったりくっついてた。姉妹みたいだったよね」
「でもその紅葉楓って子がさ、えっと……三ヶ月前に亡くなっちゃって」
さっきは死んだと言ったけど、今度は亡くなったと言い直している。その子なりに、失言だったと反省してるのかもしれない。
私的には、死んだでも亡くなったでも、どっちもでいいんだけど。
「それから櫻坂さん、ずっとあんな感じなんだ。前から近づきがたい感じではあったけど、なんていうか今は……」
「狂犬?」
「そう、それ!」
そのイメージは、たしかにピッタリな気がした。
「だから、よっぽどショックだったんだろうね。病気とかだったら、まだ諦めも付くんだけど、死因が隕石じゃね……」
「不謹慎だよ」
「あっ、やべ」
美桜について話してくれていた子の脇腹を、さっきのヤンキーが小突く。
「こいつ失言めっちゃ多いんだ。許してあげて」
「う、うん」
フォローしてくれた。私の机に勝手に座ってたヤンキー、実は良い人なのかもしれない。少しだけ、印象が変わった。
でも、そっか。隕石に直撃して死んだって、どう反応すればいいかわかんないよね。
私がみんなの立場になっても、困って話題にできないだろう。
さっきまでワイワイ賑やかだった周りも、紅葉楓の名前が出てから一気にしんみりとしてしまった。
死んでもなお誰かの気分を悪くする存在になるのは、ちょっと嫌だな。
どうせなら笑いのネタにでもしてくれた方が、私としては気が晴れるんだけど……。
お昼休みになると、クラスは再来月に控えている体育祭の話で持ちきりになった。
四限はまるごと体育祭の係決めなどに使われて、私はパネル係に立候補した。というのも、美桜がパネル係だったからだ。
体育祭実行委員になりなよ! ってクラスの子たちから勧められたけど、あんまり目立つ活動はしたくない、とそれらしいことを言ったらみんな納得してくれた。
「櫻坂さん!」
美桜がお弁当を持って立ち上がったのが見えたので、私は慌てて声をかけた。
「なに?」
「お、同じパネル係だね、一緒に頑張ろうね」
「……そうね」
あ、明らかに話しかけて欲しくない時の美桜だ。
美桜はたまに、こんな感じで調子が悪い時がある。それは悩み事があったり、前日よく眠れなかったりで原因は色々あるみたいだ。
「櫻坂さんはお弁当なの?」
「そうだけど」
櫻坂さんと口にするたびにもどかしくなる。
本当は、美桜! って呼びたい。
美桜! 私だよ! 本当は生きてるんだよ! だからそんなに悲しまないで!
言いたい。言いたいけど、ギャル神様との約束があるから、それはできない。
「さっきはごめんね」
「何が?」
「クラスの子に聞いたの。櫻坂さんのお友だちのこと。紅葉さんだっけ」
私の名前を口にした瞬間、美桜は唇を噛んで悲痛な表情を浮かべた。
あ、ま、まただ。
私の存在が、私の死が、地雷みたいになってる。
「そんなことがあったなんて知らずに、気安く喋りかけちゃってごめん」
「ホームルームの時のこと? 別に、気にしてないわ」
「そ、そっか」
最初は警戒していたみたいだったけど、私が謝罪を口にした瞬間、美桜の放つ張り詰めた空気のようなものが解かれていったように見えた。
私が死んで悲しんでくれるのはありがたいけど、それでずっとしんみりするのは、やっぱり嫌だな。
「でもさ、あれだよね。隕石に当たるなんて、珍しいよね」
せめて、笑い話にでもしてほしい。病気だったり事件に巻き込まれたりは、ちょっとやるせない気持ちになるけど。隕石だよ?
どうせなら、どんな確率だよガハハって、笑い飛ばしてくれた方が死んだ当人からしたら気が楽だった。
「死んでしんみりしちゃうのは分かるけど、友達がめちゃくちゃレアな死に方したら、それはそれで笑い話にならない? あんまりシリアスになられても、隕石に当たった本人はちょっと困っちゃうっていうか」
私は美桜に笑ってほしくて、自虐に走った。自虐は得意だ。自虐は唯一、私が他人を笑わせることのできた方法だから。
「あの、ほら! 道で転んじゃっただけなのに、すごい真剣に『大丈夫!?』って心配されるとそんな大事にしないでー! って思うでしょ? そんな感じで、きっと紅葉さんも思い詰めるよりはネタにして欲しいって思ってるよ。だって隕石だよ? 隕石に当たって死ぬってギャグかよー! って――」
だから美桜は笑っていて。私のせいでそんな辛そうな顔はしないで。
その瞬間、パチン! と渇いた音がした。
目の前が真っ白になって、何が起きたか分からなかった。
「最低」
美桜にそう言われて初めて、私は頬を打たれたのだと気付いた。
美桜は私を一瞥すると、お弁当を持って階段を降りていってしまった。
その背中は、まるで付いてくるなと言っているかのような、有無も言わせない雰囲気を纏っていて、それを追いかけることは私にはできなかった。
放課後、いろんな人たちから遊びに誘われたけど、私は全て断って真っ直ぐ家に帰ることにした。
そもそもこの身体で過ごすだけで違和感がすごいのに、休み時間になるたびに他クラスから人が集まってきて質問責めにされた。そのたびうっかり音儀白雪ではなく紅葉楓として答えてしまいそうになって、何度もヒヤリとした。
それに加えて、お昼休みの、美桜との一件。
あれ以来、美桜は一度も私に視線を合わせてはくれなかった。
完全に、嫌われた……。
そんな心労もあって、今日は真っ直ぐ家に帰ろうと思ったのだ。
「あ、
校門を出ると、一台の車が停まっていた。
窓を開けてこちらに手を振っていたのは、
迎えに来てくれたのかな?
今日はなんだか疲れたし、乗っけていってくれるならありがたい。
「乗ってください。そこのクッションは邪魔だったらどけていいですよ」
夕莉さんの車内は、なんだか優しいお花の香りがした。
「ありがとうございます夕莉さん、助かりました」
「いえいえ! 送ると言ったのはわたしですから! ただ少し、時間に余裕がないので、申し訳ないですがこのまま真っ直ぐ向かわせてもらいますね」
「あのー、ちなみに、どこへ?」
私がおずおずと聞くと、夕莉さんは大きく笑ってバックミラー越しに私を見た。
「どこって、オーディション会場に決まってるじゃないですか!」
「お、オーディション!? うわっ!」
驚いている間に、夕莉さんはアクセルをグン! と踏んだ。
ものすごい急加速に、私は首が持って行かれそうになって思わず座席にしがみついた。
こ、この人……運転が荒い!
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