第5話 親友と再会……のはずが
ここはどうやら二階建ての小さなアパートのようだった。
アパートを出てすぐはここがどこだか分からなかったけど、少し歩くと
このあたりは鳴河市の中でも建物が多く、遊びに出かける人はよくこの北区に来ることが多い。私も以前、ゲームの予約特典を受け取りに訪れたことがある。
駅も近いので、学校へは電車で行けば良い。思ったよりも簡単だった。
すでにICカードにお金がチャージされているようだったので、改札を抜けて車両に乗り込む。
ここまで来る間、何人もがすれ違いざま、私の顔を見ていた。
今も、斜めの座席に乗っている別の高校の女の子二人組が、私を見てひそひそと話している。
お、落ち着かないな。
私は思わず、右頬に手を添えた。特に右から見られるのが苦手である私は、頬杖をつくように顔を隠すのが癖になっている。
「ねぇ、あれって
「何してるんだろうこんなところで。って、アイドルもうやめたんだっけ」
「やめたっていうか、クビ? じゃなかったっけ。ほら、番組のプロデューサーと」
「ああ、そういえば」
聞こえないように話しているつもりなのかもしれないけど、女の子二人組の会話は、私の耳にはしっかりと入っていた。
てっきりアイドルに転生したのだから、外に出るたびチヤホヤされるものだと期待していたのに。これじゃあ
「いやああああああ! 音儀白雪! 本物!? きゃああああああ! うそーーー!!」
そんなことはなかった。
職員室に辿り着く間もなく、校門を抜けたあたりで生徒に気付かれてしまった。
いきなり叫ばれてしまったので、もそもそと歩いていた私は驚いて飛び上がってしまった。
「な、なんでここに!? 撮影!? でも、アイドル引退したんじゃ」
「あ、えっと、転入……」
「転入だってー! いやあああああああ!」
その子は周りの人たちに報告するみたいに大声で叫ぶ。
「あ、あのっ……私、職員室に行かなきゃなので!」
人だかりができる前に、私は脱兎の如く走り抜けた。
玄関ではカバンで顔を隠して見つからないようにして、なんとか靴を履き替える。それでも騒ぎを見ていた人たちは、チラチラと私を盗み見ていた。
なんとか職員室へ辿り着くと、先生たちは私を優しく迎えてくれた。
「まぁ色々事情はあるだろうけど、しっかりね」
教頭先生に肩をポン、と叩かれる。
「それじゃあ音儀さんは私が案内するね」
おそらくこの先生が、私の担任なんだろう。
……って。
「
ビックリした。私の、私が生きていた時の担任だ。
ということは私が転入するクラスって、前のクラスと同じ!?
「え? 私のこと、知っているの?」
「あっ、いえ、なんでもないです、なんでも」
しなしなと萎れていく私を、吾妻先生は不思議そうに見ていた。
吾妻先生はクラスで浮いていた私にもよく話しかけてくれた優しい先生だ。
吾妻先生は、よく学校はどう? 悩みとかない? と私を気に掛けてくれていた。
友達は多ければいいわけじゃない、という吾妻先生の言葉に何度も救われたのを、今でも覚えている。
ホームルームが始まると、廊下が一気に静かになる。私は二年一組の前で、吾妻先生に呼ばれるのを待っていた。
すでに噂は広まっているのか、教室がざわついているのが壁越しでも分かった。
「音儀さん、入ってくれる?」
「は、はいぃ」
名前を呼ばれたので返事をした、のだけど。なんだかガスが抜けてくみたいな声になってしまった。
教室に入ると、ワッと歓声があがった。
「マジ!? マジで音儀白雪じゃん!」
「顔ちっちゃ……ヤバ、アイドルって実際に見てもこんななんだ!」
「やべえええ! 白雪ちゃんキター!!」
まるでここが、一つのステージになったみたいだった。
そういえばうちのクラス、ミーハーな子が多いんだった……。音儀白雪が転入してきたということで、お祭り騒ぎになっている。
「はいはい、みんな落ち着いて。音儀さんビックリしちゃうでしょ? それじゃあ音儀さん、軽くでいいから自己紹介してもらってもいい? まぁ、この調子じゃあんまり必要ないかもしれないけどね」
席を立ってロッカーから色紙を漁る生徒を咎めながら、吾妻先生は困ったように笑った。
「え、えっと音儀白雪、です。訳あって変な時期での転入ですが、仲良くしてくれると、嬉しいです」
少し、たどたどしくなってしまったかもしれない。
私の自己紹介を聞き終えたクラスメイトは、妙な間を開けてから、少し経って「こちらこそ、よろしくー!」「わかんないことあったらなんでも聞いてね!」と言ってくれた。
なんだろう、今の間。
ちょっと気になったけど、でも。そんなことよりも、快く私を迎え入れてくれたこと自体が嬉しかった。
みんなにとっては、転入生かもしれないけど。
私にとっては、見慣れたクラスメイト。
私がずっと、浮いていた教室。
でも今は、みんなが私を歓迎してくれている。
なんだか、涙が出そうだった。
「それじゃあ、音儀さんの席はあそこね。みんなー、仲良くしてあげてね!」
席は一番後ろの窓際だった。偶然か、それとも必然か、そこは
一番後ろの窓際なんて主人公みたい! とはしゃいでいたら「左腕だけ日焼けしそう」と
――あ。
そんな昔のエピソードを思い出すのと同時、丁度教室の真ん中の席に座っている子。
美桜と、目が合った。
美桜、美桜だ。
なんだかすごく、久しぶりな気がする。まるで、悪い夢から覚めたときのような安心感があった。
私、また美桜と同じ学校に通えるんだ……!
ギャル神様との約束は忘れていない。ここで私が紅葉楓だということをバラせば、私の人生は即終了してしまう。
「よ、よろしくね」
だから私は、自分の席に向かう途中、それとなく美桜に話しかけた。
まずはさりげない挨拶から。それからちょっとずつ仲を深めていければ、また私たちは親友に——!
「は?」
だけど。
美桜は私の挨拶には返事をせず、代わりに睨み付けてきた。
憎悪と、嫌悪。それから、拒絶を宿した瞳で、鋭く私を射貫く。
「え」
私は驚いて、固まってしまった。
「どうしたの? 音儀さん」
「あ、いえ」
吾妻先生に話しかけられて、私はハッとして自分の席に向かう。
椅子に座ると、隣の席の子が、耳打ちしてきた。
「あの子、ああいう子なの。気にしないでいいよ」
「う、うん」
そのあと、前の席の子からも話しかけられた気がするけど、内容は覚えていない。
私は虚ろな気持ちのまま、ずっと美桜の背中を見つめていた。
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