第1章
第4話 転生初日、いきなりピンチ!?
目を覚ましたという実感はなかった。ただ、淡々と続く日常の一ページに突然放り込まれたかのように、私が存在していた。
ただ、寝ていたことは確かなのだろう。頭の上には枕が転がっていた。
「
「わっ!」
足元で人の声がして、思わず飛び上がった。
スーツ姿の女性が、洗濯物を干していた。
「朝ご飯はもうできています。ちょうど洗濯も終わりました。お昼のお弁当はテーブルに置いてありますので、忘れないでくださいね」
二十代後半くらいだろうか。顎下で揃えたボブカットが印象的なその女性は、まだ状況を掴めていない私の顔を見ると、ニコッと笑った。
「制服はあちらにあります。学校への道は昨日教えた通りですが、大丈夫そうですか?」
「あ、は、はい」
とりあえず返事をしておく。
しかし、喉から出た自分の声が想像以上に低くて驚いた。
喉に手を当てると、喉の太さが違う。そもそも、手の形も、指の長さも、肌の白さも。自分のものではないみたいだった。まるで、夢の中で動いている時のような違和感を覚える。
女性が部屋を出て行ったので、私はベッドから這い出して、置いてあった全身鏡の前に立つ。
そこには、まぎれもない。
夢じゃ、なかったんだ。
さっきまでギャル神様と話していた記憶はある。転生に関する説明も受けたのもしっかりと覚えている。
私……本当に、音儀白雪になっちゃった。
鏡に映った私が最初に見たのは、右頬だった。当然、今の私は音儀白雪なので、火傷の痕はない。代わりに、冗談みたいに艶のある肌と、シュッと引き締まった輪郭、それから猫みたいな目と高い鼻に、果実みたいに瑞々しい唇を手に入れた。
代わりに手に入れたもの、多すぎない!?
ペタペタと、自分の顔を触る。
これ、メイクしてないんだよね?
う、うわぁ。アイドルって、こんなに一般人と違うんだ。顔、小さすぎる……。
私はおそるおそる、シャツも脱いでみた。
ブラとパンツの色は違う、セットじゃないのかな。ブラの素材的にナイトブラなのかもしれない。ホックタイプではなかったので、軽く結ばれた紐を外す。
はらりと落ちたブラが曝け出したのは、弾力のある形のいい胸。
「お、おお」
私、今すごいものを見てるんじゃないだろうか。
だって、あ、アイドルの胸だ。それを、自分で揉んでいる。なんだこれ、すご。私のとは全然違う。
それに、胸だけじゃない。引き締まった腹筋は、少し力を入れるとぱっくりと割れた。綺麗な曲線を描くくびれの下には腰があって、そこから下半身が伸びているのだけど、その下半身が長いこと長いこと。
スタイルがいいだけじゃなくて、筋肉が引き締まっている。けど、お尻はちょっと、小さいかもしれない。
パンツは……さすがに脱ぐ気にはなれなかった。
とりあえず、服は着よう。
タンスがあったので一番小さい棚を引くと、下着が入っていた。ブラもセットのものがあったので、それを着ける。その下の棚にシャツも入っていたけど、どれも無地の物だったので適当に手に取って袖を通した。
そういえばさっき、制服かけておいたってあの人言ってたな。
どこだろう。部屋を見渡す。
音儀白雪の部屋は、案外狭かった。私の部屋より、ちょっと狭いくらいかもしれない。アイドルやってるくらいだから、もっと広いところに住んでるものだと勝手に思っていたんだけど、そうじゃないみたい。
「あ、あった制服……って、あれ!?」
ドアの横にかけてあった制服を見つける。けど、よく見たらそれは、私が通っている学校だった。あ、いや。死んだから、正確には通っていた、なんだけど。
動き慣れない自分の身体で、着慣れた学校の制服を着る。枕元には目覚まし時計があって、その横にスマホが置いてあったのでポケットに仕舞った。
リビングに出ると、テーブルの上にお弁当箱と朝食が置かれていた。二枚のベーコンが贅沢に使われたエッグトーストの横に、コンソメスープの注がれたマグカップ。なんだかホテルの朝食みたい。
「すみません、今日は時間がなくて、それしか用意できませんでした」
私がテーブルを覗き込んでいると、さっきの女性が玄関の方から顔を出した。
「あ、いえ。すごく美味しそうです。ありがとうございます」
お礼を言って頭を下げると、ガタッ! と音がした。
見ると、スーツの女性が尻餅を着いている。
「し、白雪さんが、お礼を言うなんて!?」
「え?」
「うぅっ、この
な、泣いてる……。
えっと、要するにこの人の名前は夕莉亜沙さんと言って、私……音儀白雪のマネージャーさんってことなのかな。でも、なんでマネージャーさんが料理を……?
「自分の好物ばかり食べる白雪さんの偏食を直そうと努力して苦節一年。ついに心を入れ替えてくれたのですね。わたし、嬉しいです。ぐすっ、白雪さん、これから頑張って、いろんな物を食べていきましょう。ちょっとずつでいいですから」
スーツの女性、夕莉さん? は、すごくきっちりしているという第一印象だったけど、こうやってボロボロ泣いているところを見ると、案外そうではないのかもしれない。
エッグトーストを口に運んで、咀嚼する。その一部始終を、夕莉さんが凝視してくる。ものすごく食べづらい……。
「白雪さん、口元に付いちゃってます。ちょっとじっとしていてください、今おとりしますから」
夕莉さんは私に視線を合わせるようにかがむと、ハンカチで私の口元を拭った。
夕莉さんの手首は、まるで枯れ枝のように細かった。首筋には骨が浮き出ていて、あまり健康的には見えなかった。
それでも夕莉さんは、元気いっぱいに笑っていた。もともと痩せ気味の人なのかもしれない。
「白雪さん、転入の手続きはもう済ませてあるので、学校に着いたら職員室に顔を出してください。担任の先生が案内をしてくれるはずです」
て、転入。
そういうことか。
夕莉さんはハンカチで目元を拭くと、慌ただしく玄関へと向かっていった。
「すみません! 次来られるのは明後日になりそうです。それまでしっかりと、食事を摂ってくださいね! 何かあったらすぐに連絡してください! それでは、いってきます!」
ドアの開く音がして、それからハツラツとしたスニーカーの音が、廊下に響く。ここ、マンションなのかな。狭いから、それともアパート?
いってきます、か。
そういえば、そんな挨拶もあったな。
ずっと一人で暮らしていたから、忘れてしまっていた。
最後にコンソメスープを飲み干して、食器を水に浸ける。
「ふぅ」
とりあえず、これから私は、通い慣れたあの学校に行けばいいらしい。転入の理由も分からないけど、それはこのあと、自分の目で確かめるしかないんだろう。
そしてさっきのスーツの女性は私のマネージャーさんで、名前は夕莉亜沙さん。ここはマンションかアパートで、家族は、今のところ見当たらない。夕莉さんが家事をしに来ているような口ぶりだったし、もしかしたら、音儀白雪はここで一人暮らしをしているのかもしれない。
「学校、行こう」
椅子から立ち上がったときに、スカートの丈に違和感を覚えて、少し下げる。
私と音儀白雪のスタイルは天と地ほど差があるので、いつものようにスカートを履くと長い足の大部分を露出することになってしまう。
玄関に向かうと、青いスニーカーが一組、置いてある。つま先は磨り減っていて、踵部分も黒くくすんでいた。すごい年季だ……。新しいのとか、買わなかったのかな。
私はまだ、音儀白雪に関して知らないことが多すぎる。
「そうだ、ネットで検索すればいいんじゃん」
音儀白雪の趣味嗜好くらいは出てくるはずだ。
そう思ってスマホを開く。
「ええっと」
ロック画面を解除するパスワードは……。
「わ、分かるわけなくない?」
だってこれ、音儀白雪のスマホだし。
試しに私のスマホのパスワードを打ち込んでみるけど、当然ダメだった。
私は脱力して、天を見上げた。
あの、ギャル神様。
チュートリアルくらいはあったほうがよくないですか?
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