第3話 転生のトリセツ

「お、気付いた? うちは神様なんやけど、分かる?」


 なんでか知らないけど、目の前にギャルがいた。ギャルが、ネイルを塗りながら私を見下ろしている。


 小首を傾げると、関西弁のギャル神様(?)が「やっほ」と手を振った。


「んーと、紅葉もみじかえでちゃんで間違いないやんな? 魂センサーの調子が悪くって確認が取りにくいんよ。口頭確認で勘弁な」

「は、はぁ」

「なんや反応悪いな。もしかして、こっちの人間か。じゃけぇ、はぶるのも分かるけどな、実際のところ死んでるんよ」


 急に広島弁になってる。


 うなされてるときに見る夢みたいだ。


「あー、夢ちゃうよ! いきなりのことでしょんないけどな、夢前提で話聞かれると困るけん、ばーり現実のことと聞き」


 は、博多弁……。


「あの、私関東人です」

「なんや、つまらん人間かい」


 偏見がひどい。


「ほんでどうなん? 紅葉楓ちゃんで間違いないやんな?」


 ギャル神様が睨むように私を見る。


 毛先を巻いた金髪に、手首についたアクセサリー、耳にぶら下がる大きなピアス。それから、自分に絶対的自信を持っている人間だけが出せる、張りのある声。


「ひぃ……」


 こ、怖すぎる……。


「間違いないか、聞いとるんやけど」

「そ、そうです、けど」

「そかそか! いやー、よかったわ知らん人じゃなくて。ほら、こう見えてうち人見知りやから」


 どこが!?


 私からすればめちゃくちゃコミュ力高めに見えるんですけど!?


 めちゃくちゃ強いキャラが使う「今のはメラだ」みたいなこと!?


「そんでな関東人、あんたはさっき隕石に当たって死んだんや。でもそんな死に方さすがに可哀想やろ? だから今回は特別に、うちがあんたを転生させたる」

「え! 私死んだんですか!?」

「死ぬやろーさすがに」


 ギャル神様は、ケラケラと笑いながら、こめかみを指さした。


「脳天直撃」

「えぇ」

「やから、転生するにあたって色々話さなきゃならんことがあるから、ちょっと聞いてほしいのよ」

「いやいや! ちょっと待ってくださいよ!」


 隕石に当たって死んだから転生するって、そんな簡単に言われても信じられるわけがない。


 確かに、さっきまで星が私めがけて落ちてきていた。百歩譲ってそれで私が死んじゃったのだとしても、転生ってなに!?


「きゅ、急に死んだなんて言われても……あ、あの、私が死んだ証拠とかあるんですか?」

「あー、楓ちゃんちょっと勘違いしとんな。あんな? うちは楓ちゃんに納得してもらうためにここにいるんちゃうねん。うちの説明を聞いて、把握せな。さっきも言ったけど夢や嘘やうさんくさい神様やー言うてもラチがあかんねん。分かるな?」


 そ、そんなこと言われても。


「それに後腐れなんかないやろ、な? 楓ちゃんには家族も身よりもおらんねんから」

「どうして、それを」


 親友の美桜みおしか知らないことを、何故かギャル神様は知っていた。


 さっきも私の心を読むようなことをしてきたし、まさか本当に神様なの?


 ギャル神様は、ルーズソックスを伸ばして履き直すと、つま先を私に向けて得意げに笑った。


 ああ、浮いてるー……。


 今更気付いたけどこのギャル神様、宙に浮いている。


 あとパンツ見えてる。


「転生いうんは、まあ生まれ変わりやんな。ちょーっと違うのは、すでに現実に存在する身体に魂だけを移し替えること」

「ってことは、私はこれから、そこら辺の誰かとして、生きなければならないってことですか」

「まあそういうこと。転生先の魂の器はこっちで選んどるから、ミミズにはなったりせえへんから安心してええよ」


 ギャル神様はポーチから何やら書類のようなものを取り出した。形式は履歴書にも似ていて、顔写真も貼られている。


「ほんで、楓ちゃんの転生先はこの子、有名らしいんやけど、楓ちゃんは知っとる?」


その顔写真を見て、私はビックリした。


「も、もちろんです。アイドルの音儀おとぎ白雪しらゆきですよね? あ、去年引退したから、元アイドル、ですけど」


 アイドルに詳しくない私でも、知っているくらいに有名な子だ。私と同い年なのにすごいなーって思ってた。そして、すごく綺麗な子だ。


「え、私、この人になるんですか?」

「嬉しいやろ? 顔面偏差値バク上がりや」

「嬉しいです、悲しいことに」


 私と音儀白雪の顔面なんて、比べる必要すらない。


 音儀白雪が星なら、私はさしずめ、道ばたに落ちてる石ころだ。


「でも、もし私が音儀白雪に転生したら、元の音儀白雪はどうなるんですか?」

「心配いらへんよ、白雪ちゃんはもう死んどるから」

「え?」

「当然やろ、生きてる人間に魂移すなんてことはできへん。できるのは、死んだ者同士や」


 音儀白雪が、死んだ?


 確かにアイドルを引退してから、名前を全然聞かなくなっていたけど。


 自分のことじゃないけど、胸がキュッと締め付けられる。


 やっぱり昔から、他人の死には慣れない。


「生き返ったって驚かれることはないから安心してな。その辺は時間軸いじってうまいことやったるわ」

「えっと、音儀白雪は事故かなにかに遭ったのでしょうか」

「それはあっちで分かる」

「あの、そもそもどうして私なんですか?」

「それもあっちで分かる」

「音儀白雪の方を生かしてあげた方がいいんじゃないですか」

「あんな、楓ちゃん」


 私が質問責めしてしまったからか、ギャル神様は突然真剣な表情になって、私ににじり寄った。


「生きてれば分かんのよ、そういうのは。虫やったら、分からんかもしれんけど、楓ちゃんは人間なんやから、自分の目で確かめる以外の方法で人の生き様見てみんと」


 まだ、今の状況を完璧に把握できたわけではない私に、ギャル神様の言葉は少し難しく感じた。


 でも、やっぱり私は納得できない。


 もし転生なんてものがあるのだとしたら、これまで死んだ人たちの魂は、この世界のあちこちに存在していることになる。そうじゃないとしても、私だけが第二の人生を送るなんて、やっぱり卑怯だって思う。


 だってこの世には、私よりも生きたいと願う人がいて、私よりも価値のある人がいる。


 私みたいな陰キャより、そういう人が転生する方がいいんじゃないかって、思ってしまう。


「倫理観の違いやな。まぁ、後ろめたさを感じるんなら、これだけ教えとこか」


 また心を読んだのか、ギャル神様が私の思考に返事をするように話す。


「自分の命がもうじき尽きること。それから、紅葉楓という同い年の女の子が自分の代わりとして生きていくこと。音儀白雪は全部知っとる。了承済みや」


 そういってギャル神様はポーチから別の書類を取り出した。


 見たこともない文字列の中に、丸っこい文字で音儀白雪の名前が記されていた。


「そんなわけで、説明終わり。楓ちゃんが第二の人生をどうするかは楓ちゃん次第やからうちは口出しせえへんけど、こーんな可愛い女の子に生まれ変われるん、神様から見てもめっちゃ幸運なんやから、ものにしない手はないと思うけどな」

「それは、そうですけど」

「生きるんは、生きようとせんと生きられへんよ」


 ギャル神様はブラウスのボタンを開けると、中から杖のようなものを取り出した。あの、ブラ見えてます。


「楓ちゃん、パンツやらブラやら、めっちゃ見るやん……」

「す、すみません……」


普段美桜の下着姿くらいしか見る機会ないから、チャンス! と思ってつい拝んじゃうんです~! ありがとうございます~!


 ああ、そういえば美桜、どうしてるかな。


 親友の顔を、ふと思い出す。


「転生すると時系列的にはどうなるんですか?」

「楓ちゃんが死んで三ヶ月後ってところやね」


 そっか。


 美桜みお、私が死んでどう思ってるんだろう。


 生まれ変わって会いに行ったら、ビックリするかな。


「ああそうや、一番大事なこと言い忘れとった。これからは音儀白雪として生きていくわけやから、自分が紅葉楓であることも、転生に関する情報も他人に漏らしたらあかんよ」


 ギャル神様の瞳に、黒い線がピンと張っている。異質な迫力に気圧されながら、おそるおそる聞いてみる。


「漏らしたら、どうなるんですか?」

「即人生終了。情報漏洩した時点で楓ちゃんには改めて、正式に死んでもらうことになるからそのつもりで」

「し、死ぬんですか」

「そうやで〜、死ぬって怖いで〜。な〜んもないんやから」


 ギャル神様はわざとらしく低い声でそう言った。

 

 あまりにも恐ろしい制約だったけど、それも納得せざるを得ない。


 転生なんていう特別待遇を受けてるわけだし。それを考えたら、妥当なのかも。


 でも、それじゃあ美桜に会って「久しぶり~!」ってすることもできないんだ。


 ちょっと寂しいな。


「ま、それさえ守ってもらえば心配せんでも大丈夫」


 ギャル神様が杖を振ると、パッと回りが明るくなる。


 光しかない、真っ白な空間。だけど足元には水面が広がっていて、その奥には宇宙やら地球やら、街ゆく人の波やらが見えている。


「転生っちゅうのはラッキーでも偶然でもないんやから。選ぶべくして選ばれた縁を大事にし、楓ちゃん」

「私、そんな報われるような人生送ってこなかったんですけどね」


 言い慣れた精一杯の皮肉を口走ると、ギャル神様はお腹を抱えてケラケラと笑った。


「時間や。そんじゃ楓ちゃん……あ、もう違うか」


 足元の水面がブワッと波打つと、私の身体は吸い込まれるように溶けていく。


「行ってらっしゃい、音儀白雪ちゃん。せいぜい頑張り」


 得意気に笑ったギャル神様の笑顔を最後に、私の意識は消えていった。


 こうして、私の第二の人生が、幕を開けるのだった。




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