俺VS

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第1話 VS案山子山




登場人物


 野崎のざき たける

 年齢 25歳

 職業 会社員

 

 保山ほやま  明人あきひと

 年齢 25歳

 職業 駄菓子屋アルバイト




第1話 VS案山子山かかしやま


  八月三十一日。この日は終わりではなく、始まりを感じたんだ。


 普段なら、終わりゆく夏という季節に悲しみを感じる日だ。ひと夏の恋、終わらない宿題、活気盛んな山と海。そんな日々とはさよならして、次に来る秋に備える。そして、少し涼しくなり、今年の終わりの始まりを感じる。去年ならそうだった。だが、今年の俺はちがう。


 ひと夏の恋とは無縁の社会人である俺は、夏の終わりを感じながらスーツに身を包み、次の日が休みなので、ビール片手に歩いていた。あ、自己紹介が遅れた。


 俺の名前は「野崎のざき たける

 K県の端っこの田舎に勤務している会社員だ。こう見えて結構、頼りにされてるんだぜ。おっと、話の途中だったな。

                    

 ふらふら帰り道を歩いてると、夜風が気持ちよかった。田舎道ってのもあって虫の鳴き声が聞こえる。これぞ日本の夏。少し遠回りしようと普段曲がらない道を曲がった。今思えばこれが運命を変えた。

 少し歩くと人気のないバス停が見えた。たしか夜の八時か九時くらいだったと思う。田舎なのでもうバスは走っていない。その横にベンチとチカチカと光る自販機が置いてあった。ベンチに腰を下ろしてビールをまた一口飲む。そして普段ならしないが、俺はそのベンチで寝てしまった。風が気持ちよくってね。ただ、田舎だから無事だったんだ。都会ではするなよ。


 夜風に揺られながら気持ちよく寝ていると、体を揺さぶられているのに気づく。

「え?死んでる?大丈夫ですか?」

目を開けると、半パンにアロハシャツを着た知らない男がいた。そう、こいつがアホの保山。いや、言い方が悪いな。こいつが、「保山ほやま  明人あきひと」とのファーストコンタクトだった。


「んにゃ・・・?ここどこぉ?」

「あぁ・・・よかった。生きてた」

 保山はそう言うとポケットからグニャグニャした棒状の物体を出してきて俺に食わせた。そう、みなさんご存じ駄菓子の「杏子ボー」だ。

「オゴッ!」

 一瞬吐き出しそうになったが、口に広がる甘い味覚に心を許したのか、優しく杏子をかみ砕く。冷静さを取り戻し保山を見ていた。

「いやー車で走っていたら、倒れててビックリしたよー」

 バス停の目の前には保山が運転して来たであろう、軽自動車が駐車してあった。

 状況が飲み込めないまま、保山を見ていると自販機に小銭を入れて飲み物を買っていた。ガコンガコンと音がする。俺の分の飲み物を買ってくれたらしい。すると、自販機の小銭口をガチャガチャといじり始めた。

「あれ!? ない! 小銭出てこない!」


 今のうちに説明しとくが、保山は不運体質なんだ。きな粉棒も一回も当たったこともなく、怪我をしていた子供を助ければ、後日不審者情報として掲示板に張り出される。不運中の不運男。

「まぁ、いいや。ジュース飲みます?」

 のはずだが、あまり本人は気にしていない。保山は俺に飲み物を渡した。それは缶の炭酸飲料だった。手に取るとキンキンに冷えてるのがわかる。アルコールで水分が抜けきった俺の体にはとてもありがたい。

 プルタブを押すと、プシュッといい音がなった。俺は吹き出る液体を逃さないように口を付ける。シュワシュワと炭酸が弾け喉を通過していく。最高。

「ぷはぁっ・・・うまい!」

 久しぶりに飲んだ炭酸飲料に夢中になっていると、視線を感じる。横を見ると、保山がまじまじと俺を見ていた。

「あ、ジュースご馳走様です・・・じゃなくて、ありがとうがざいました」

 ポケットから財布を取り出そうとした。だが、保山が首を横に振った。

「いや、お金はいらないよ」

 人差し指でプルタブをカリカリと押しながら言った。

「あんたが気持ちよさそうにジュース飲んでるからお代はいらないよ。俺も飲みたくなってきた・・・!」

 保山がプルタブを開けると中の液体が噴水の様に溢れ出し、保山の服にかかった。

「さ、最悪・・・」

 その姿を見て俺は思わず吹き出し笑った。保山もつられて笑ったんだ。


 それから俺たちは意気投合した。同い年ってのも合って仲良くなるのに時間はいらなかった。

「え!野崎もあの映画見たのかよ! 地球上で俺だけかと思った!」

「見たよ、あの映画!『ヤモリ人間VSイモリ人間』傑作だったな」

 なんと、二人とも映画鑑賞が趣味だった。しかも、結構マイナーな方の映画好き。これも運命だったのかもしれない。なら、可愛い女の子とがよかったな。

 そんなことをベンチに座りながら話していると、保山が時間を気にしだした。どうしたのかと尋ねると、「いや、今からカブトムシ取りに行く予定なんだよね」そんなことを言った。

 普段なら、断って帰るところだがアルコールも少し残っていてフワフワした状態だったからか、俺は保山の虫取りに付いていくことにしたんだ。皆は知らない奴の車に乗っちゃだめだぞ。そのまま車の助手席に乗った。

「保山、この曲知ってるか?」

 俺はスマホから曲を流した。流したのは邦ロック。洋楽もかっこいいと思うがなんて言ってるのかわからない。

「知ってる知ってる! 俺の十八番だ!」

 運転席の保山はノリノリで肩を揺らした。

「お! まじか、じゃ歌いながら行こうぜ!」

「イェイ!」

「オーイェイ! アクセルをふめーい!カブト捕まえるどー!」

 俺たちを乗せた車は案山子山かかしやまに向かった。

 一応、俺の名誉の為に言っておくが、あの時俺はアルコールが入っていたからこんなテンションだったんだ。普段はもっと冷静沈着な男なんだ。ちなみに保山はいつもテンションが高い。大丈夫飲酒運転なんてしてないよ。保山は下戸なんだ。


 車を走らせ、窓を開け夜風が当たる。日中の生暖かい風ではなく、涼しい心地よい夜風。缶ジュースを飲みながら、何事もなく二十五回目の夏が終わる。そんなノスタルジックなことを考えていた。

「なぁそう言えば案山子山って・・・」

 運転中の保山が俺に尋ねた。

「ん・・・? あっそうだったな」

 そう、あの知る人ぞ知る名作『八つ裂きスクリーム』の撮影場所なんだ。ん? 皆知らないの? ラストシーンの主人公心平が八つ裂きにされて、合体し巨大化して悪の村を倒す。これは名シーンで・・・、今はこの話はいいか。んで、俺たちは車内でこんな話をした。

「幽霊を信じるか信じないか」だ。

 保山はこの議題に対して、少し声色が変わった。

「案山子山には行方不明者が続出してるって聞くけど、やっぱそれ繋がり?」

「んーどうなんだろ。八つ裂きスタッフも何人か行方不明になったって話聞くし・・・」

「あれはデマじゃなかったのかー・・・。まぁオカルトは好きだからいいけど」

「んで、保山は幽霊は信じる派?信じない派?」

 保山は前を向いたままニヤリと笑った。

「俺は信じてる幽霊も宇宙人もネッシーもいるって!」

「ふむ。その根拠は?」

「根拠はそっちの方がワクワクするだろ! 人智を越えた存在、未確認生物、宇宙人、そしてそれを管理する秘密組織!」

 俺はそれを聞いて鼻で笑った。

「なんだよ。野崎は信じないのか?」

 正直、幽霊は信じていない。それは見たことないからだ。だから、信じない。ネットやテレビでオカルト特集や映像を見たりするのは好きだが、あくまでそれはフィクションとして楽しんでいる。

「それじゃ、ネッシーや宇宙人はいないって言うのか?」

「それはいると思う」


 すると、顔に蜘蛛の糸が顔に引っかかったような気がした。

「うわっ! この車蜘蛛いるのかよ!」

 ぺっぺっと、顔に付いた蜘蛛の糸をはがそうと悪戦苦闘しながら保山に文句を言った。

「なんだよ。カブト捕まえに行くのに虫は苦手なのかよ。わっはっは」

 茶化すように言ってきた。虫は嫌いじゃないが顔に付くのは嫌だ。

「そうじゃないけど・・・。顔は嫌だろ!」

「まぁ、そうだけど、蜘蛛だからよくない?」

 蜘蛛は益虫と言って、害のある虫などを食ってくれる。なので、日本では見つけても殺さなかったり、そのまま放置している家庭もある。保山がその家庭だ。

 顔に付いているであろう、蜘蛛の糸とわちゃわちゃと格闘していると案山子山に到着した。


案山子山かかしやま

 この山は何故か案山子だけが頻繁に増え続ける現象が起こっていた。山の頂上には大きな案山子があり、「大案山子様おおかかしさま」と祭られている。少し前には観光スポットにする計画も立ち上がり、その結果から大きな駐車場も作られた。案山子山の駐車場には湖一望できる。その景色は湖の美しさと案山子という幻想的な景色で観光客も多くなった。SNSの影響力だ。だが、ここからが問題。その年、案山子山で5人の行方不明者が出た。未だに発見できていない。それと同時に、増えていく案山子の作成者が誰だか分かっていないと言う。誰が作り、誰が何のために置いてあるのか不明だった。その噂は、SNSやニュースにも取り上げられ、一足も遠くなっていった。そんななかでも、好奇心で来るのはオカルト好きや、ユーチューバー。または俺たちみたいな奴らだった。


「さてと、カブちゃん捕まえるぞ~」

 意気揚々と保山がライトを持って、外に出た。だだっ広い駐車場には俺たちの車しかない。チカチカと駐車場の街灯が光っている。

「しかし、カブト捕まえるのも、案山子山も久しぶりだな~」

 俺は長いドライブで疲れて、グッと背伸びをした。まぁ、一時間くらいのドライブだったけどな。

「んじゃ・・・早速・・・」

 ごそごそと車の後部座席から何かを取り出した。

「はちみつ塗ってくるぜ!」

 手に持ったはちみつを俺に見せて森に入ろうとする保山。本来昆虫を捕まえる場合は、日没前に目当ての樹木に蜜を塗っておく。現在時刻は二十二時を回っていた。

「今から塗るのかよ・・・」

 そんなことをボヤいて、保山の後についていった。案山子山入口の山道から少しそれたところに、立派な樹木が生えていてそこにはちみつを塗ると言う。

 山道を歩くと、無数の案山子がこちらを見ている。色んな服を着た案山子がいた。上半身だけだが、ポロシャツを着ていたり、ワイシャツや女物の服、モノクロコーデ、スーツ。とりあえず多種多様な案山子がいた。心なしか皆悲しそうな顔をしているようだった。不気味に思った俺は先頭を歩く保山に話しかけ、話題を変えた。

「保山・・・なんでそんなにカブトムシ捕まえたいんだ?」

「子供たちに見せてあげたいんだよ」

「子供?」

 ザクザクと先頭を歩きながら話し始めた。

「俺、駄菓子屋でアルバイトしてるんだけどさ、そこの子供たちが天然のカブト見たことないんだと」

 この時初めて、保山の職業を知った。ポケットから駄菓子が出てきた理由も納得できる。

「知ってるか? 今はデパートでカブトやクワガタ買えるらしいぜ」

 保山の熱弁は続く。

「デパートでオオクワガタやノコギリクワガタ見た時はショックだったよ。黒の光沢に、大きな顎・・・まさに男のロマンだった! 昔は山に行って取ってたのに、今の子たちにとっては男のロマンは商品でしかないらしい」

「なるほど・・・そんなに言うなら、カブトだけじゃなくクワガタの方がいいんじゃないか?」

「いや、だめだ。初めての天然クワガタは刺激が強すぎる。カブトムシの方がいいだろ」

「?」

 保山には謎のこだわりがあるらしい。理解できないと思うが、聞き流してくれ。

「・・・? うん・・・そうだな!」


 そんな話をしていると、目的の樹木に着いた。数本にはちみつを塗りつけていく。作業にして十分ほどだった。ふと、下を見下ろすと車を止めた駐車場と、月明かりに照らされた湖が一望できた。

「いい景色だ」

 俺は本心でそう思った。ただ、無造作に置いてある案山子は不気味に感じる。

「うん・・・ただ、案山子が不気味に感じるな」

 保山も同じ意見だった。そのまま俺たちは静かな山に囲まれて、景色を眺めていた。ここで気づくべきだったんだ。今は八月三十一日。夏真っ盛り、生命が溢れる季節で静かな山はないと言うことに。

「うわわっ!」

 また顔に蜘蛛の糸が引っかかった様な気がして、振り落そうと顔を撫でまわす。

「また、蜘蛛の糸かよ。野崎は蜘蛛に好かれてるんだな」

「全然嬉しくない!」

「ま、機嫌直せよ。車に戻ってカップラーメンでも食おうぜ・・・あっ! そういや、虫よけスプレー忘れた・・・」

 この時、俺たちはやっと虫の気配を感じないのに気づいた。

「蚊の一匹もいない・・・」

 保山は自分の足元を眺めた。俺も蜘蛛の糸との格闘を終え、足元を見た。虫がいないんだ。蟻一匹も。

「野崎、蜘蛛は見たか?」

「ん? いや、見てない」

「糸だけ?」

「いや、糸かもわからないけど、なんか顔にフワッと・・・」

「ふ~ん・・・」

 俺たちはオカルトが好きだ。ただ、それは第三者としてだ。まさか、俺たちがその渦中になるとは考えてもいなかった。


「タスケテ」

 暗闇から男か女かわからない声が聞こえた。それと同時に、何か巨大な者が動く音がした。俺たちはその方向に視線を向けると、月明かりに照らされた二メートルほどの案山子が立っていた。そいつは半分が人間の顔でもう半分が案山子になっていて、下半身は竹でできてるオーソドックスな案山子。何を言ってるのか分からないと思うが、人間が案山子になりかけてるんだ。俺たちは目を疑った。初めて見る案山子人間を眺めていた。すると、

「タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ」

 ぶるぶると、案山子人間が震え出した。そして、震えが収まると、ぎょろっとした人間の眼球で俺たちを見て、こう言ったんだ。

「オマエニキメタ」


「う、うわぁぁぁ!」

 先に声を出したのは俺だった、それと同時に保山も我に返り二人で逃げだした。案山子人間は体から何かを発射。それは俺たちの目の前の木に刺さる、鋭く尖った藁だった。転げ落ちるように駐車場めがけて走った。ガサガサと案山子人間の音が追ってくる。無我夢中で下山していると、周りの案山子からも声が聞こえた。

「タスケテ」「クルシイ」「ココカラダシテ」

 無数の苦痛な声が聞こえた。俺は耐えられなくなってその場にしゃがみこんだ。

「やめろ・・・やめてくれ・・・」

 異変に気付いた保山が慌てて近づいてきた。

「野崎!?」

「うぅ・・・やだ・・・やめろ・・・」

「立て! 怖いのはわかるが今は逃げるんだ!」

 保山は肩を無理やりつかんで俺を立たせようとするが、しゃがみこんで動かない。すると、俺の口に何か無理やり突っ込んできた。それは、甘く口の中に広がった。

「ラムネだ。丁度ポケットに入ってたから突っ込んだぞ」

 ラムネ菓子はほろほろと口の中で溶けた。やっと冷静になり立ち上がれた。

「ありがとう・・・」

 保山はニヤリと笑った。

「やっと、元に戻ったみたいだな。とりあえず車に・・・」

 持っていたライトが消えドスッと鈍い音が聞こえた。光が消える直前、保山の胸に鋭い藁が突き刺さったのが見えた。暗闇の中声を発する。

「保山・・・?」

 返事の代わりに、山道を滑り落ちていく鈍い音が聞こえた。

「嘘・・・嘘だろ・・・」

 背後から声が聞こえた。

「ミツケタ」

 振り返ると、案山子人間が俺を見下ろしていた。暗闇の中やっと目が慣れて案山子人間の顔を見れたが、今度は笑っていた。

「ア、ア、ア、ア~~ア」

 案山子人間の口から、血が混ざった藁が触手の様に出てきた。俺の体にまとわりつく。

「何なんだよ・・・なんなんだよお前!」

 ニヤニヤと笑っているだけで、その問いに答えはなかった。

(なんで俺がこんな目に、怖い話にある祠を壊したり、誰かを陥れたりしてないのに。俺はどちらかと言うと善人だ。悪いことはしたことないのに何で・・・)

 そんなことを考えていた。すると、恐怖より怒りの方が大きくなっていった。

(今思えば、周りの案山子もこいつにやられたのか? さっきの声も助けを求めていた。なのに俺は怖がって立ち止まってしまった)

 さっきのラムネ菓子に配合されたブドウ糖が俺に冷静さを思い出させた。

(きっと彼らも俺と同じ、善人だったはず・・・。それと、俺の友達を殺ったことが許せない!)

 無数の藁の中で、俺の中の何かが外れた。


「うおおおおおおおおおお!」

「!?」

 バキバキと体に纏わりついた藁を折っていく、案山子人間は驚いたのか、にやけ顔が固まっていた。

「覚悟しろ! この案山子野郎! 俺が燃やしてやる!」

 そのまま、持っていたライトで殴りかかった。右脇に攻撃を入れてやると案山子人間は少し俺から距離をとった。

「イイゾ」「ヤッチマエ」「モヤセ」

 周りの案山子からは、苦痛の声ではなく声援の声が聞こえてきた。

「どうした? 反撃されてビビったか?」

 俺はブルースリーの様に「ホワチャ」と声を出した。だが、この挑発が奴の逆鱗に触れた。

「アア、アアアアー!」

 全身から藁の様な触手を出し、顔はめちぁくちゃ怒ってた。

「あ、やばい・・・」

 俺は勝てないと思いそのまま、駐車場へダッシュした。後ろからはさっきよりも早いスピードで俺を追いかけてくる。

 俺の作戦はこうだ。まず戦いにくい山道から離れ、見晴らしのいい駐車場で戦う。足場もコンクリートでしっかりしているので、戦いやすい。

「仇をうってやる・・・」

「ナゼニゲル」「タタカエ」「カイホウシロ」

 案山子人間に背を向けて逃げる俺に案山子たちの罵倒が飛ぶ。

「あーもう! わかった!わかった! お前らの仇も取るから、今は任せろ!」

 そんなことをしていると、駐車場に着いた。そこには保山の車がポツンと置かれていた。「ビンゴ」と、言い車に近づく。

 保山はさっき、「車に戻ってカップラーメンでも食べよう」と言った。なら、何か水を沸かすもの、火を使う何かが積まれてるはず。そいつで、案山子人間を燃やす。

これが、切り札だ。

 車に向かって走っていると、チカチカと光っていた街灯が消えた。辺りは真っ暗闇になり、隠れる場所のない暗闇に俺は残された。

 カツン

 コンクリートに木が当たる音が聞こえた。

 ライトを付けようとするが、ホラー映画お決まりの謎の力でつかない。慌てて何か武器になりそうな物を探すが見つからない。さっきの恐怖が蘇る。

「キメタオマエニエ・・・ニエニエ・・・タスケテ・・・オマエイケニエ」

 案山子人間の声が聞こえる。周囲からカツン、カツンと無数の木が当たる音が聞こえた。

「ア、アア、ア~・・・オワッチャッタ・・・」

 頭上から声がする。見上げると、笑っている顔が俺を眺めていた。無数の木の当たる音は、鳥かごの様に俺を藁で囲っていた音だった。それは鳥籠の様。今度は隙間なく藁で策を作り、少しづつ俺を中心に鳥かごを狭めていく。焦る俺を案山子人間は楽しそうに見ていた。

 俺の頬から涙が出た。


 その時、何かがこっちに近づいてくる音が聞こえた。その音は鳥かごを壊し、案山子人間を遠くに吹っ飛ばす。俺は何が起ってるのか分からずその場にへたり込んだ。その音の正体は車だった。

「よぉ。大丈夫か?」

 なんと、運転席から降りて来たのは保山だった。そのまま俺に手を差し伸べ、グっと引き上げた。そして、俺は立ち上がった。

「どうして?」

「どうやら、藁攻撃が弱かったらしい。俺の大胸筋の方が強かったみたいだな!」

 そんなことあるか? 疑問には思ったが今はそれどころではない。

「ア、アア・・・」

 力のない声で案山子人間は遠くに横たわっていた。

 俺たちは何も言わず、目を合わせるとそのまま車に乗った。ヘッドライト先には弱った案山子人間が横たわっている。

 言葉を交えなくてもわかる。今俺たち二人は何をするべきか、皆もわかるよな?そう。

 コイツを倒すことだ。

「突っ込むぞ! 掴まれ!」

 保山がハンドルを握り、アクセルを踏んだ。

 車は猛スピードで案山子人間に突っ込んでいった。

「おおおおおおおおおお!」

 俺は雄たけびを上げ、ヘッドライト先を睨みつける。案山子人間にさっきの笑顔はない。

「ヨセェェェ!」

 バコン!

 と、良い音を出し数メートル先で車は止まった。ライトがつくのを確認して、案山子人間の残骸を確認しに車から降りた。そこには、四方八方に飛び散った藁と折れた竹があった。

「やったのか?」保山がそんな言葉を口にしながら辺りを照らす。おかしい。こんなあっけなくやられるような奴だとは思えない。

「恐らくまだ、生きてる。アイツの顔を確認するまでは安心できない」


「コイツニゲルキダ」「ハヤクツカマエロ」「オオカカシ二ムカウキダ」

 周りの案山子から声が聞こえた。

「どこだ! どこにいるんだ! 教えてくれ!」

 すると、ガサガサと少し離れた草むらから音が聞こえる。そこに光をあてると案山子人間の顔に藁が数本刺さり虫の足の様になっていた。

「オ、オマエタチハ オオカカシサマ 二、二、コロシテモラウ」

 そう言い終わると、カサカサと森の中に逃げてしまった。

「まじかよ・・・まずいことになった」

 どうするか考えていると、肩を叩かれ、振り向くとキョトンとした顔の保山が立っていた。

「どうかしたか?」

 今の話を聞いていなかったらしく保山の楽観的には落胆した。俺は案山子人間が大案山子の所に行ったこと伝えた。

「まじかよ・・・で、どうする?」

「そんなの決まってる!」

 すでに、この時にはアルコールは抜けきってたと思う。でも、普段なら体験できないようなことを体験している高揚感ってのは少しあった。

「ラスボスごと燃やしちまうのさ!」

「なるほど! 天才だな!」

 だから、こんなテンションになったことは許してくれ。

 俺たちは、ガスバーナーと、ちょっとした食料をバッグに詰め、山を登ることにした。

 目指すは頂上、大案山子だ。



 意気込んで登り始めたのはいいが、普段運動しない俺には少し答えた。膝ががくがく鳴っている。そんな俺をしり目に保山はどんどんと前を進んでいく。

「どうしたんだよ! さっきまでの元気は!」

 先頭を歩く保山が振り向いて言った。さっきまでの恐怖は俺にも保山にもなかった。

「ちょっと・・・なんでそんな元気なんだよ・・・」

「夜の山歩くなんて滅多にないぞ! それに今俺たちはすごい体験をしてる真っ最中じゃないか!」

「そうだけど、ちょっと・・・スピードダウンで・・・」

 子供特有の無限体力のまま大人にしたような奴だな、と思いその場に座り込もうとした。だが、周りの案山子から、「ノロマ」「オレノホウガタイリョクアル」「コシヌケ」と、言われ、頭に来たので俺は走り出した。

「元ラグビー部舐めるんじゃねぇ!」

「うおっ!? いきなりどうした!?」

 俺たちは山頂目指して走り、ニ十分くらいで到着した。


「ヒィ~・・・着いた・・・」

 山頂に到着しその場に座り込む。遅れて保山が到着した。

「走るなら言えよな~」

 保山もその場で座り込み、辺りを見渡した。流石、元は観光名所にしようとしただけはあり、湖が一望でき絶景だ。夜空は星が輝き満月がこのだだっ広い山頂を照らしている。そして、数百メートル先には案山子人間とは比べ物にならないくらいの大きな案山子。それを囲むように十個の鳥居と無造作に置かれた案山子がある。そう、あの巨大な案山子が「大案山子おおかかし」だ。

 大案山子は下半身は竹ではなく、立派な木だ。案山子人間とは比べ物にならないほど大きく、三十メートルほどだった。そして、上半身は大きな農民の服が着せられていて、その下には藁がびっちりと詰められていた。顔は巨大な袋がかぶされていて、へのへのもへじ、と書かれていた。

「ラスボスって感じだな」

 保山がそう言うと、俺たちは息を整えて大案山子に向かって歩き出した。

 ゆっくりと大案山子に近づいていく。

「おあっ」

 すると、俺の顔に今度はが張り付いたような感覚がした。そして、半目にして顔の巣を振り払おうとする。

「また蜘蛛の糸か?」

「わからない。糸というより、今度は蜘蛛の巣っぽい・・・」

 保山が心配して顔を覗き込んだ。

「何もついてないぞ」

 蜘蛛の巣が体に付く不快感は確かにあった。だが何もない、不思議に思っていると「クルゾ」と言う声が聞こえた。瞬間「保山!」と、叫んだがもう遅い。

 俺たちの足に無数の藁が巻き付き一気に引っ張られた。そして大案山子との距離は縮んだ。大案山子の右手に俺、左手に保山が宙吊りにされている。

「うわぁぁぁ! 何だこりゃ!?」

 保山がジタバタしながら声を出した。その時、俺は引っ張られた際に頭を打ったのか意識が朦朧としていた。誰かの笑い声が聞こえる。

「オマエラマヌケイケニエ」

 遠い地上を眺めると、そこにはさっきの案山子人間の頭部が嬉しそうに俺たちを見上げていた。

「野崎! 大丈夫か!? 野崎!」

 朦朧とする意識の中で、保山が必死に名前を呼んでいた。

「愚かな人間だ」

 保山でもない案山子人間でもない声が聞こえ俺はハッとした。それは、大案山子の声だった。

「野崎・・・今、大案山子が喋らなかったか?」

「あぁ・・・喋ったな。人間がどーのこーのって・・・」

 俺たちを宙吊りにしたまま、大案山子は喋る。

「気安く口をきくな」

 今度ははっきりと聞こえた。へのへのもへじは何も変わらず俺たちを睨みつけているが、とても不機嫌なのが伝わってくる。

「お前か! ここの親玉は!!」

 保山が大声で言うと、大案山子はどこから声を発してるのか「違うオレは親玉じゃない、神だ」と、答えた。

 案山子人間とは変わって、会話がスムーズだが、少し違和感を感じる。

 そのまま、大案山子は不機嫌そうに話す。

「バカな人間たちだ。あのまま*狩り案山子*に殺されてれば、家来にしてやったものを・・・」

 恐らく狩り案山子とは、案山子人間のことだろう。

「周りの案山子はその狩り案山子にやられてそうなったのか?」

 俺の問いに、今度は激怒して返答した。

「そうだ! だが、お前ら二人によってこんな姿にされてしまった! かわいそうかわいそうかかかかわいそ」

 やっぱり、怪異なのか少し興奮すると、何か会話がおかしく感じた。

「自業自得だザマーミロ」

 そう言った保山は激しく地面に叩きつけられた。そして、大案山子の目の前に置かれ、よろよろと立ち上がり、俺に向かってサムズアップをした。無事らしい。

「周りの案山子は俺たちの味方だ。お前なんか怖くない。デカいただの木だ」

 頭にキた俺が言うと、足を持っている藁が震え出し、かなり頭にキてるみたいだ。

「ああぁぁ! あの裏切り者共! オレがオレが守ってやってるのに!」

 叩きつけられるのを覚悟していたが、震えは止まり保山の横に俺を置いた。俺はよろける保山を肩で支えた。

「よく無事だったな」

「牛乳飲んでるから・・・」

 俺の問いかけにもちゃんと返してるし大丈夫そうだ。

 間近で見る大案山子は巨大で遠くから見るより不気味で、ゆらゆらと両手の大量の藁を揺らしている。大案山子のデカさに改めて圧倒されていると「おい」と大案山子が声を発した。

「二人で殺し合え」

 声には怒りがこめられていたが、顔は何を考えてるのか分からない。聞き返すと今度は笑いをこらえながら答えた。

「生き残った方は助けてやる」

 案山子人間と大案山子は笑い出した。周りは鳥居に囲まれ、大案山子の射程距離にいる時点で詰んでいる。逃げ場がない。どうするか考えていると、保山がバッグからルナイフを出して襲ってきた。慌ててナイフを持ってる手を両手で止めた。

「止めろ保山!アイツの思う壺だぞ!」

「うるさい! 俺は死にたくないんだよ!」

 そのまま俺たちはもみくちゃになった。その姿を笑いながら大案山子たちは眺めている。

 保山を押し倒し手からナイフが離れた、それを拾おうと急いで取りに行く。持ち上げたナイフは想像していたより重く、その重量感は命を奪える重さだった。その時、保山は俺の命を本気で奪おうとしたことを実感し、恐怖心と悔しさが溢れた。

 対立する保山はさっきまでの保山とは違う。もう、駄菓子はくれない。

「なんだよ? 俺を殺る気か?」

「きっと、何か良い方法があるはずだ・・・だからこんなことは止めよう」

 今の保山に俺の言葉は届かず、今にも襲いかかってきそうだ。

「ナイフを寄こせ!」

 掴みかかって来たので、振り払おうとするが何回も右手のナイフを奪おうとする。

 保山と出会って数時間しかたっていないが、親友のような感情が芽生え始めていた。だが、その感情も消えそうだ。

「そんなに余裕ならお前が死んでくれよ!」

「保山・・・止めろ・・・止めろ・・・・・・止めろよ!」

 気づいたら俺の右手は保山の胸に突き刺さっていた。そして、赤い血が保山の胸からジワっと溢れ出す。慌ててナイフから手を放すと、保山はナイフが自分の胸から取れないように両手で押さえながらフラフラと歩き、大案山子の根本まで行くと、座り込み動かなくなった。慌てて様子を見に行くが、目は開いたままで息もしていない。素人目でもわかる。保山は死んだ。

「俺は・・・人殺しだ・・・・」


「イケニエ」

 驚いて後ろを振り返ると案山子人間の頭部があの笑顔で俺を見ていた。すると、大案山子の藁が俺の全身に巻き付き、へのへのもへじまで引っ張られ宙吊りになった。

「うわぁぁぁ!」

 叫んだが誰も助けてくれない。

「さっき助けると言ったが、気が変わった。お前もオレの家来にしてやろう」

 すると、へのへのもへじの書かれた白い布の下から血の混じった藁が大量に出てきた。それは俺の足から顔向けて張っていく。ポケットにチャッカマンが入っていたがそれで対抗できる量ではなかった。

「最高だ。この時が一番好きだ」

 上機嫌な声で大案山子が言った。恐怖で歪む俺を楽しむようにゆっくり、ゆっくりと丁寧に体を包んでいく。

 (そうか、俺は死ぬのか、親にもっと会っとけば良かったな)そんなことを考えた。

「やっと死ぬことが理解できたか。安心しろ親も守ってやる」

 俺は驚いた。今考えたことがなぜわかったのか。

「驚いたか? オレはこの状態のとき相手の思考を読むことができる。お前のことは何でも分かるぞ」

 大案山子は俺の情報を喋り始めた。

「野崎健25歳。5月生まれ。両親と妹がいるな、妹の名前は優・・・・ほう、さっきお前が殺したバカは保山明人か」

「止めろ・・・・」

 さっきのことは思い出したくなかった。

「さっきのことは思い出したくないからだろ?お前の思考を表に出してやる。感謝しろ」

 大案山子はまた楽しそうに喋る。

「あれは事故だったんだ。保山がナイフを取りに来たから仕方なく。違うぞ。野崎あれは事故ではない立派な殺人だ。お前は親友になれると思った数少ない人間を自分の意志で殺したんだ。自分可愛さにな。そんなに大切なら自分で自害すれば良かったんだ。そうすれば上手くいった保山は生きれた、今頃元気にカブトを採ってるだろう」

 大案山子は「ひっひひひひ」と笑いながら続けた。

「お前は昔から臆病者だったからな。だから、みんなお前を嫌ってる。ん?否定するなよ。知らないだけで今みたいに人を傷つけてたんだ。自分が大好きだからな。だから、くだらない映画を見て感動してんだ。そんなくだらない映画を見て同じように感動する、名前なんだっけ・・・お前が殺した・・・保山・・・クソ野郎燃えちまいな!?」

 大案山子は野崎の思考を呼んでいたので驚いた。さっきまで恐怖していたはずなのに。

「どう言うことだ?」

「俺の思考が読めるんだろ? そう言うことだ」

 地上に誰かがいる。

「ファイヤー!」

 保山だった。強大な打ち上げ花火を大案山子に向けて撃ち、大案山子の顔面に直撃し燃え移った。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「おあぁぁぁぁぁ!」

 大案山子は悲鳴を上げ、俺は藁から解放され落下しながら悲鳴を上げた。どうにか地面に着地しその場で立ち上がろうとすると、保山が手を差し伸べた。

「保山。さっきはゴメン・・・俺は取り返しのつかないことを・・・」

 保山はナイフを取り出し俺の体に3回ほど刺した。が、出血どころか痛みもなかった。

「これはおもちゃのナイフだ」

「でも、出血してたしさっきの血は!?」

「ポケットに入ってた梅ジャム!どうしても大案山子の死角で打ち上げ花火の準備したかったからな。だから一芝居うったってこと! 上手だったろ?」

 拍子抜けした俺はその場にへたり込み、保山はおもちゃのナイフの刃をカシュカシュと押し込み、笑っていた。すると、大案山子が激高しながら叫んだ。

「お前たち! お前たちだけは絶対に許さん! 肉を切り裂いて山に・・・やめろ!!」

 俺たちは用意した打ち上げ花火をバックから取り出し、火をつけ大案山子に集中砲火した。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 畜生ぉ! 畜生ぉぉぉぉ! こんなアホ共にぃぃぃ!」

 断末魔は徐々に弱くなっていった。

「いやー夏に売れなかった花火処分できて良かったわ~」

 保山が横でそんなことを言っていた。

 火は大案山子の顔から全体に移り燃え、火だるまだ。すると、

「ありがとう」「やっと解放される」「成仏できる」

 周りの案山子たちは感謝の言葉を言うと、体から綺麗な光が出た。それは、夜空に飛んで、溶けるように消えていった。この山一帯の案山子から同じ現象が発生した。地上から夜空に向かって消える光は人の魂だったのか分からないが、俺たちは見たこともない幻想的な風景に圧倒された。無数の光が夜空に向かって消えていき、光が上に登るごとに感謝の言葉が聞こえる。

「綺麗だ」

 俺がポツリと呟いた。

「あぁ・・・綺麗だ。例えるなら、オレンジジュースが出るシャワーを逆さまにしてそれを見てるみたいだ」

 保山が訳の分からない例えをする。

「何言ってんだ?」

「え? 分からない? 現実にはないかも知れないけど、オレンジジュースが出るシャワーを逆さまに・・・」

「いや、言ってる意味は分かるけど、なんで例えに例え使っちゃうかね?」

 そんな会話をしていると案山子人間がフラフラと顔だけで歩いてくる。俺たちの目の前で倒れた。すると、光が漏れ出し「ありがとう」と言った。そのまま夜空に溶けていく。

 そうか、彼も被害者だったんだ。

 俺は人間である彼の目を閉じた。そのまま、俺と保山は手を合わせて合掌した。

「始まりだ・・・」

 弱った声で大案山子が言う。

「これは始まりだ・・・お前たちの終わりのない戦いが始まるぞ・・・」

 今度は笑い出し大案山子がとんでもないことを言った。

「もはや俺には家来も何もない・・・残ったのはこの山に溜まった怨念だけだ。この怨念を爆発させお前たちも道連れにしてやる」

 そう言うと、大案山子は何か呪文のような事を唱えだした。

「おい、なんかヤバいんじゃないか?」

 保山が言った。周りはもう幻想的な風景はなくなっている。

 俺たちは顔を見合わせて言った。「逃げよう」と、そのまま駐車場に向かって走り出した。数十メートル離れた所で振り返ると、大案山子が何か言った後、大爆発した。その爆発は大案山子を中心に広がり俺たちを追って来た。

「おおおおおおおお! 嘘だろぉぉぉ!!」

「走れ! 走るんだぁぁぁ!」

 俺たちは懸命に走るが爆発に勝てるわけない。怨念って言うから何か間接的な物かと思ってたけど、これの事だったのかよ。思いっきり物理じゃないか。

山を駆けるが、俺たちは満身創痍。逃げ切れるわけない。だが、走っていると湖が見えた。

「野崎!」「保山!」

 考えていることは同じなようだ。

「飛び込むぞ!」「飛び込まないぞ!」

 俺は水が苦手なんだ。そんな俺の意見を無視して、保山が襟を掴みジャンプした。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 俺の情けない声が爆風と共に響く、湖までの距離は遠く届く訳はない。だが、爆風によって俺たちは湖に押し出された。水面をぶち破り水中に落ちた。


 俺は水中で無様にもがくがパニックになっていて思うように動けない。今思えば大案山子戦よりもピンチだったかもしれない。その時、昔誰かに言われた言葉が脳裏に浮かんだ。


「カッコ悪くても生きろ」


 冷静さを取り戻した俺は急いで水面を目指した。

「ぷはぁっ・・・溺れる! 溺れる!」

 バチャバチャともがき、爆風で飛ばされてきたであろう木にしがみついた。息を整え落ち着いた後。なぜ、昔のを思い出すんだろう。と、不思議に思えた。俺が水を苦手になった原因と死の恐怖。昔の記憶を引っ張り出そうとするが、周りに保山がいないことに気が付く。

「保山!どこだ!」

 声を出したが返事がない。静寂が湖を支配した。

「マジか・・・最後の最後に・・・」

 すると、保山が水面から上がって来た。人騒がせな奴だ。

「いるんなら返事しろよ! 死んだかと思ったぞ!」

 保山も浮かんでいる木につかまり、自信満々に何かを見せつけてきた。そう、「杏子ボー」だ。

「悪い悪い。杏子ボー水中に落としちゃって取り行ってた。野崎も食うだろ?」

 杏子ボーをくちゃくちゃと噛みながらもう一本を俺に渡した。俺は手に取り同じように食べた。甘い、甘くて歯にくっつく。でも、これで一安心だ。

 すると、遠くから車のサイレンが聞こえる。パトカーと消防車が案山子山に向かっていた。案山子山はさっきの爆発が信じられないような綺麗な焼け跡だった。案山子山のみが焼け、周りの山には飛び火していない、不思議な焼け方で既に火は消え去り、弱い火だけが燻っている。こんだけ大きな騒ぎになったんだそりゃ警察や消防は来るよな。


「とりあえず、一件落着だな」

 保山がくちゃくちゃと食べながら言い、俺は「あぁ」と答えた。


 


「と、ここまでが、俺が体験した話だ。皆は楽しんでくれたかな?」


  

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俺VS 次緑 @Arrrr04

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