第2話 忘れられないあの言葉:前編

「ねぇ、あなたって優しいね」


…えっ?

同級生の、その時思っていたいわゆる「仲良し」だったひとりから掛けられた言葉。

これまで私の性格を真正面から褒められたことのなかった私は、驚き、そして胸のときめきと、ぞわぞわするような快感を覚えた。


あのこが言った、「優しいね」ということばは、私にとって、はじめてであり、特別な言葉だった。


そう、きっとあれが、私と言葉とのほんとうの出会い。

全ての、きっかけとなったできごとなのだ。




これは、ちょうど4年前の、小学6年生の時のことである。

当時私は、多少遊ぶ人はいるが、心から「親友」と呼べる人というと首を傾げたくなる「広く、浅く」という言葉がぴったり当てはまる交友関係を築いていた。

そして当然、仲間と腹を割って話し合う、なんてこともなければ、自分の新しい一面に気づかされる、なんてこととも無縁だった。

それでも、それなりに楽しく、充実した毎日を送っていた。


「ね、今日こうえんいかない?あと二人くらい誘って、コンビニでお菓子かって」

「いーね! 行こ!」

…そう。こんな感じで。

別に親友がほしいとも思っていなかったし、小6なんて、みんなこんなもんだ、と、勝手に決めつけて安心していた。

「じゃあ、放課後4時にあそこ集合ね!」

「はーい! ぜったいおくれるなよー?」

「そっちこそね!」

こうやって表面上のやり取りを、十分に楽しんでいたのだ。


しかし。そんな私に、ひとつの小さな転機が訪れた。

きっかけは、ほんの些細な諍い。

そう、きっと、本当にどうでもいいことだった。


「ねーこのまえ、みんなで行ったデパート楽しかったね!」

「仲良し」の、ひとりが言う。

楽しそうに、私の前で。

…あれ、私、デパートなんて行ったっけ。

「え、ねえそれ、私居た?」

「あー、いなかったかも…?ほら、親友の子と二人で行ったからさ」

『親友の子と』、か。

ああ、そっか。

瞬時に理解した私は、「…そっか」と小さく返す。

まるで他人に依存しているような自分が馬鹿らしくて、

「私は、親友じゃないの?」

…とは、聞けなかった。


そのままその子と別れ、久しぶりに独りで家に帰る。

「親友」って、なに?

「親友」と「仲良し」は違うの?

「親友」としか、できないことがあるの?

…私は、親友には、なれないの?


…ああ、そうか。

そこまで考えて、私はようやく、理解した。

私は、あなたの、親友になりたい。

あなたから、必要とされたい。

誰でもいい。

私は「あなた」からの愛を、とてもとても求めていたのだ。


弱虫だと素直に認めるしかなかった私は、これまでの自分を嘲笑したくなった。

求めることを恥じて、平気なふりをしていた自分。

自分と周りの明らかな差を、これが私の生き方だなんていって、見ないようにしていた自分。

…なにやってんだろ、私。

なにひとつ、笑えない、や…。

温かく滑らかな毛布に包まって、少しだけ泣いた。

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